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『……〝可愛い〟と言われるのが褒め言葉なのは分かっています。褒めてもらえるのは嬉しいです。色んなケアを頑張っていますから。……でも〝可愛い〟と言われたくない自分もいるんです。……そんなものより、私が努力している事をちゃんと認めてほしい。無駄にガリ勉してきた訳じゃないんです!』
ずっと押し込めていたものを爆発させた私は、自己嫌悪で荒れ狂っていた。
感情的になって泣き、声を荒げて主張するなんて、私の求める〝大人の女〟からかけ離れている。
絶対に、こんな女にはなりたくないと思っていたのに――。
『本音を教えてくれて、ありがとな』
六条さんにフワッと受け止められ、私はクシャリと表情を歪める。
『今まで誰かに訴えたくても、なかなか言えなかった思う。男からは〝可愛い〟って褒めてやってるのに、何が不満なんだ? って言われるだろうしな。……そんな俺も、自慢じゃないけどよく〝格好いい〟って言われる』
彼は自分を指さし、ニカッと笑う。
『……なんの自慢ですか』
私はバッグからティッシュを出し、ずびー、とかむ。
『〝格好いい〟って言われると嬉しいけど、それじゃあ俺がどれだけ仕事ができるか、そのためにどんな努力をしてるかは伝わんねーよな、って思う。だから、沙根崎の気持ちは分かるよ。むしろ俺、取引先のお偉いさんが女性だと〝枕やってんじゃないか?〟って陰で言われてる。あはは!』
『何ですかそれ!』
彼の化け物並みのリサーチ力、コミュニケーション能力を知ってる私は激怒する。
『まぁ、怒るなって。嬉しいけど。もう、そういうのは慣れてんの』
『慣れていい事じゃないでしょう! まじめにやってる仕事を侮辱されてるんですよ!?』
私はまた拳でドン! とテーブルを叩き、力説する。
『うんうん、ま~、そいつら雑魚だしな? 逆立ちしても俺に勝てないから悔し紛れに言ってるの、バレバレだから相手にする必要もない。そんな噂を聞いても、真に受けるやついないし』
六条さんは自信たっぷりに言い、そんな様子を見て気が抜けてしまう。
『……六条さんは悔しいとか、ドロドロした感情は持たないんですか?』
『あるよ? 人間だから当たり前じゃん。でも〝悔しい〟って言ったからって契約とれる訳じゃないだろ。誰にも迷惑をかけないように悔しがったあと、どうやって挽回できるか考えて、次は失敗しないようにする。……あと、足を引っ張る奴は、考えるだけ無駄だな。放っておいても自滅するから、相手にする必要ないんだよ』
『……まぁ、他人の悪口を言う人って嫌われるのが道理ですけど。……でも、不愉快でしょう』
『不愉快だけど、注意して直るもんなら、とっくにどうにかしてるよ。っていうか、陰口叩かれてるって気づいてないふりをして、ニコニコ笑顔、優しくして、ポジティブ全開で絡んでたら、とうとう根を上げて謝ってきたから面白いぜ』
『うわぁ……』
私はとんでもない化け物を前に、ドン引きして顔を引きつらせる。
『こういう事されたら、凄い嫌だろ?』
『嫌です。近づきたくないです』
私は表情を歪めたまま、コクコクと頷く。
『沙根崎の場合も、それと同じ。……お前、なんでも顔に出やすいから、相手もそれでチクッと嫌みを言ったり、からかったりするんだよ』
そう言われ、ハッとした。
『沙根崎の嫌いな〝愛想振りまき女子〟みたいに、無理にニコニコしろとは言わない。でも、嫌な事を言われても笑えるようになっておけよ。それができれば営業でも絶対に役に立つ。人間、取り乱したほうが負けなんだ。裏ではどれだけ怒っても、泣いても、悔しがってもいい。でも本音を見せるのは、ごく一部の人の前にしとけ』
『……できるでしょうか』
『やるんだよ。世の中、やらないと勝てない時がある。モノじゃなく、ヒトを相手にした時、最も警戒すべきなのが自分の感情だ。冷静さを失えば、正常な判断ができなくなるし、人を客観的に見られなくなる。感情論で人を見るんじゃなくて、相手が身を置く環境から人間関係、振る舞いや言葉遣いから、どうやって育ったかを想像し、分析する癖をつけろ。そうすれば、相手がなぜそう言っているのか理解できる』
とても大切な事を教えられている気がして、私は真剣に六条さんの話を聞いた。
『沙根崎が怒りを抱いてるのって、〝どうしてこいつは自分の事を理解してくれないんだろう〟っていう苛立ちからだろ? 相手の事が分からないからだ。人は未知に恐怖し、相手が思うように行動してくれないと、不満を抱く。そうならないように、初手から相手を分析して理解し、いつでも自分にとって条件のいい返事をさせるよう、誘導するんだ』
『……サイコパスじゃないですか』
そう呟くと、六条さんはニヤッと笑う。
『商談でも、相手に選択肢を与えるように見せかけて、どの選択も自分にとって利益があるものを用意する。それぐらいできるようにならないと、営業部のエースにはなれないぜ。沙根崎のまっすぐさは買うけど、もっと相手の上をいかないと社会で生き残れない。むしろ、純粋でまっすぐな奴ほど、すぐに病んで辞めちまうんだ』
そんな相手が過去にいたのか、六条さんは一瞬だけ憂いを帯びた表情をした。