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「どうしよう、リズちゃん。なんかまたそわそわしてきた。王太子殿下にお会いするなんて……俺ぜったい上手く喋れないよ」
「しっかりして下さい、ジェフェリーさん。セドリックさんも付き添ってくれるって言ってますし、大丈夫ですって。お茶のお代わり淹れてきましょうか?」
「いや、美味しかったけどお茶はもういいよ。ありがとうね」
ジェフェリーさんが情緒不安定になってる。せっかくのカモミールティーも、彼の動揺を完全に鎮めることはできなかったようだ。事件の詳細を伝えるにあたって、少しでも私たちが落ち着いた状態で聞けるようにとセドリックさんが気を回してくれたのに……
一通り話を終えて、セドリックさんはルーイ先生の護衛に戻った。先生の診察に付き添っていたのはミシェルさんだったけど、今はセドリックさんと交代しているのだそうだ。ミシェルさんはカレンの見張りについている。
次に殿下側からの動きがあるまで、私とジェフェリーさんは体をしっかり休ませておくようにと命じられた。部屋も用意してくれるそうで、その準備が整うのを待っているところだった。
「ねぇ、リズちゃん。レオン殿下ってどんな方なのかな。噂は色々聞いてるけど……」
ジェフェリーさんが聞いた殿下の噂というのは……容姿は美しく、頭も良い。大人より強い。そして、婚約者を溺愛しているというもの。噂の割に何も間違っていなかった。
ニュアージュの魔法使いの件がなくとも、遅かれ早かれ殿下はジェフェリーさんに接触を図っていただろう。なんせジェフェリーさんは、クレハ様が幾度もその名を口にし、親愛の情を向けている人なのだから。
けれど、いざ殿下とお会いする段取りが組まれると、ジェフェリーさんの怯えっぷりが想像以上で気の毒になってしまう。私の時は騙し打ちのような流れだったから心の準備ができなかったけど、そっちの方が逆に良かったのかもしれない。ジェフェリーさんのように、予め殿下に会うのだと教えられていたら、きっと目の前の彼と同じような状態になっていたことだろう。本来なら気軽に会話など出来るようなお方ではないのだから。
「私もレオン殿下とお会いした時は物凄く緊張しました。でも、殿下は私たちのような使用人に対しても細やかな気配りをして下さる優しい方です」
ただし怒るとめちゃくちゃ怖い。殿下の怒りが私に向けられた事はないが、クレハ様に関わりのある事柄に対しては沸点が低くなるようだ。クレハ様を大切に思って下さっている証なので嬉しいけど、感情の昂りに比例して周囲に与える影響が凄まじい。制御不能になった彼の魔法で火事が起きそうになったのを目の当たりにした。優しい方というのは偽りない本心だけど、やはりどうしても怖いという印象も消えてはくれない。
「ジェフェリーさんが聞いた噂は、私から見た印象ですと真実で間違いないかと。レオン殿下はクレハ様のことを何よりも優先にして慈しんでおられます」
「そうなんだ。お嬢様が大切にされているのなら良かった。こっちではフィオナ様の事とか色々あっただろ。お嬢様が王宮で居心地の悪い思いしてたら嫌だなって……」
「王宮での生活にも馴染んでいらっしゃいますから大丈夫ですよ。殿下の側近の方々も好意的ですし、私やジェフェリーさんと志は同じです」
「リズちゃんが言うなら間違いないね。セドリックさんにも聞いたけど、やっぱりどうしても気になっちゃってさ」
正直、自分だって落ち着かない気持ちを誤魔化して平静を保っている。主を支える立場である自分が情けないことを言ってはいられない。だって一番不安なのは渦中であるクレハ様なのだから。
殿下や『とまり木』の方が常に側にいるので、クレハ様の御身は安全だ。しかし、精神的な疲れが全く無いなんてことはあり得ない。だからこそセドリックさんは、改めて私たちにお願いをしてきたのだ。しっかりしなきゃ……
「あっ、そうだ。ジェフェリーさん、クレハ様から贈り物を預かっていたんです。今渡しますからっ……!!」
「えっ、ちょっとリズちゃん!?」
危ない。うっかり忘れるところだった。ジェフェリーさんへの贈り物……これは私たちがお屋敷を訪れることが不自然にならないよう、クレハ様に作って頂いた『訪問理由その2』だ。『その1』は旦那様と奥様へのお手紙を渡すことだった。疑いをかけられていたジェフェリーさんを労うためにも渡してあげなくては。すぐに取り出せるように封筒に入れて持ち歩いていて良かった。これから事件の捜査が始まって慌ただしくなる。今を逃したら、次に落ち着いて渡せる機会は当分巡ってこないかもしれない。
「はい、これです。どうぞ!!」
「これって……」
「クレハ様手作りのメッセージカードです」
押し花で彩られた美しいカードにはクレハ様直筆のメッセージが書かれている。ジェフェリーさんは封筒を受け取ると、慎重な手つきで中身を確認した。
「いつもありがとう。また一緒にお花を植えましょう……だってさ。押し花綺麗に出来てるね。バラで作るの難しかったでしょうに」
声が震えている。ジェフェリーさんは今にも泣き出してしまいそうだ。クレハ様の心が込もった贈り物を目の前にしては当然だろう。感極まっている彼に、私は更に追い討ちをかけた。
「その押し花に使われているバラ……王宮の温室で栽培された特別な物なんだそうですよ。女神様にも献上されていて、とても貴重なんだそうです」
「えっ!!!! このバラがあのっ……!?」
ジェフェリーさんは女神のバラを知っていた。さすが庭師さん。クレハ様もジェフェリーさんなら絶対興味あるはずと断言しておられたが、その通りだったようだ。彼の頬を一筋の雫が伝う。カードを受け取った段階で泣きそうだったけど、とうとう我慢ができずに涙腺が崩壊してしまったみたい。