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こちらの茨さん🖌️
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「シトリン様直々にお呼び出したぁ、へっへっへ、給金が増えるかもしれねえな」「ひょっとしたら、大宴会で美味い飯をたらふく食わせて貰えるかもしれねえぞ」
「へへへ、おいら王宮仕えのメイドを抱かせて貰うんだ」
「馬鹿野郎、そりゃあ無理ってもんだぜ」
シトリンに呼び出された男衆は、皮算用を立て、下卑た笑みを浮かべながら、馬鹿話に花を咲かせていた。
その中で一人だけ、冷や汗交じりに青ざめた顔で俯いている者も居た。
(とんでもねえ。こいつはきっと、お役御免 の通達に違えねえぜ。これまで王家の姫様から仕事を頂けたのがおかしいんだ。これからは宮仕えの奴らが仕事をすると言われるに決まってんだ……)
彼の名はザック。男衆の中で、一番若い二十三の若者である。
年嵩の者達は、ある意味で自分の境遇を達観し、気楽に考えている。今更現状が変わりはしないだろうと、諦めているからだ。
しかし、ザックはまだ二十代の若者。十分にやり直せる年齢だ。職人の世界では、十年修行してようやく給料が出るという仕事もあるというから、人生設計を考えて、老後の資金を稼ぐのも可能だろう。
そんな考えをしていた矢先に、王女様からのご下命で働かせて貰える事になった。
赤竜は恐ろしいが、この仕事を頑張れば、自分は王家お声がかりのものとして、より良い仕事が受けられるはずだと、淡い期待を抱いていた。
ところが、この呼び出しである。
事業が上手くいっているのなら、柄の悪い連中を雇い続ける理由は無いと、ザック本人でさえ思う。
(とはいえ、流石に本人から言わねえとバツが悪いと思ったらしいな。兄ぃ達は、下手にクビにすると暴れかねねぇからな)
ザックの脳裏に、解雇を言い渡されて激昂し、城に押し入って暴れる先達の姿が思い浮かんだ。
もし、そんな狼藉をやらかしたなら、その場で斬り捨てにされるだろうが、その程度の考慮も出来ないから、あんな年になっても日傭取りに甘んじているのだ。
そんなこんな考えているうちに、王城の門が見えてきた。
門の前には、背広姿の六十手前ほどの男が立っている。
その男は、男衆に折り目正しく頭を下げると、慇懃に挨拶をした。
「ようこそお越しくださいました。私は、シトリン姫殿下の専属侍従を務めております、ロシュフォール・ミラノと申します。本日は我が主の命により、皆様を案内させて頂きます」
ロシュフォールの丁寧な挨拶に、男衆はにわかにざわめいた。
身なりの良い、男衆の誰より年上であろう 老紳士に敬語を使われるなどと言う事は、彼らのような人種にとってはまず無い事だ。
ロシュフォールが赤竜を前に腰を抜かし、情けなく悲鳴を上げる姿を彼らが見ていたら、また別の反応を示したのかもしれないが、生憎というか、幸いというべきか、その場に居合わせた者は、男衆の中には誰も居ない。
「お……おう、今日は何の用で俺達を呼んだんでぇ」
一瞬沈黙した男達であったが、男衆の中でも最年長、五十手前の男が『ここで怯んだら男が廃る』とばかりに、敢えて粗暴な口調でロシュフォールに問いかけた。
ロシュフォールは、柔和に微笑むと、何でも無いという調子で答えを返した。
「要件については追々、シトリン姫殿下よりお話がございます。まずは、お食事とお酒ご用意しておりますので、どうぞこちらへ」
「へへへ、そうかい。それじゃ、ご相伴に預かるとするかね」
最初は緊張していた男達だが、酒が提供されると分かった途端、たちまち笑顔を浮かべた。彼らにとって、酒はを飲ませてくれるというだけで、その相手の評価はぐっと高くなる。
男衆は、案内役のロシュフォールを先頭に、ぞろぞろと城内へ入った。
ただし、正門、裏門、勝手門と格式が分けられた門のうち、一番格式の低い勝手門からである。
ロシュフォールも、身分は平民なので、城に出入りする時はこの門から出入りしている。男衆は、自分達の身分が低い事は理解しているので、特に異論を唱える事は無かった。
男衆は、当然ながら城に上がるのは初めての事で、物珍しげにあたりをキョロキョロと見回している。
「すげえな。これが城かよ」
「お偉いさんが住んでるだけの事はあるぜ」
男衆が王城の荘厳さに圧倒されているのを見て、ザックは冷ややかな目で仲間達を見やった。
(これから、クビが宣告されるかもしれねえのに、呑気な連中だぜ)
********
ロシュフォールに導かれ、城内に入った男衆は、広い部屋に通された。
男衆は、その部屋の広さと、調度品の美しさに瞠目し、思わずたじろいだ。
壁にも天井にも燭台が並び、夜だと言うのに煌々と照らされている。
床には赤い絨毯が敷かれ、三台置かれた丸テーブルに掛かったクロスは、シワ一つ無い純白だ。
壁に掛かる絵やら、台の上に置かれた陶器やら、彼らには価値を測りかねる物ばかりだが、何やら曰く付きの名品のような気がしてしまう。
(こりゃあ、宮中晩餐会でもやる部屋なんじゃねえか?)
男衆は、皆一様にそのような事を考えた。
実際の所、ここは平易な広間の一つであり、明るさも調度も、ラヴァリン王国の『本気』からすると、かなり控えめである。
だが、貧乏暮らしに慣れている彼らの目には、それはそれは豪奢な物に映った。
「さあ、どうぞお入りください。本日の主賓は皆様でございますから、遠慮なさらず」
ロシュフォールが柔らかく微笑み、男衆に入室を促した。
「お……おう、入らせて貰うぜ」
男衆は正直、今すぐ逃げ出したい気分であったが、ここで逃げたら『王城に招かれたのに、尻尾を巻いて逃げ出した意気地なし』として、一生笑いものにされるのが目に見えている。
それに『俺は城に招かれて、王女殿下から飯と酒を馳走になったんだぜ』と、今後一生使えるであろう、自慢話の種を捨てるなんて勿体無い事は出来なかった。
全員、鯱張った変な動きで、どうにかこうにか席に着いたが、そこからどうした物か分からない。
彼らが普段行く店は、立ち食い立ち飲み、あるいは、カウンターの前に腰の高さほどの鉄棒を渡し、これが椅子でございと、それに尻を預けて食事をするような所ばかりである。
場末も場末な竜山亭でさえ、彼らからすると椅子があるだけマシな店なのだ。
シーツのかけられたテーブル、そこに均等な距離で並べられた椅子がある店など、滅多な事では行けない。当然、宮中でのマナーなんて知らないから、皆、困惑した表情を浮かべている。
程なくして、料理を乗せたカートを押して、しずしずとメイド達が入室してきた。
そのメイド達の所作も、粗暴な男衆からしたら、実に優美。中には、お姫様がやってきたのかと勘違いした者まで居たほどだ。
カートには、人数分の大皿。そこに、分厚いステーキと、付け合わせの芋や豆が乗っている。
宮中晩餐会なら本来、コース料理が一品ずつ提供されるはずだが、短気な男達に配慮して、一度に出した形である。
酒も大ぶりなグラスに、並々と注がれた。彼らが普段飲んでいるのは、大樽に詰められた醸造酒を、樽から直接マグに注いだような物だ。
注ぐ際に、液体と入れ替わりに外気が樽の中に入るので、劣化しやすく、酷い店だと大して売れないのに売り切るまで樽を変えず、劣化しきって酢になりかけたような物を飲ませる所さえある。
今日注がれた酒は、外気を遮断するためにガラス瓶に詰められ、コルクで栓がされた物だ。栓を抜いた瞬間から、もぎたての果実のような、爽やかな香りが漂ってくる。
普段の飲み食いより、何段も上等な内容に、男衆は嬉しさよりも戸惑いを強く感じてしまった。
いつ手を出してよいものやら、男達は手をつけられずにいると、ロシュフォールが促してくれた。
「皆さま、どうぞお召し上がりください。本日の主賓は皆様、よって本日の作法は皆様が慣れている物で結構でございます」
「よ……よし、そんじゃあ頂くとするか」
ロシュフォールの言葉を聞いて、一番年嵩の男がそう言うと、グラスを手にして、一口で中身を煽った。
酒を入れない事には、心が落ち着きそうにない。年嵩の男が酒に手をつけると、他の者達も続いて酒を煽る。そして、ほぼ同時に感嘆の溜息を漏らした。
注がれた時に感じた、もぎたての果実をかじったような、新鮮で爽やかな香り。
普段、鼻腔に針でも刺されたかのような刺激臭がする安酒ばかり飲んでいる彼らからすれば、これは劇的な体験であった。
「うめぇ………」
ほとんどの者は声を無くすくらいに感動していたが、ザックだけは正直すぎる感想を漏らした。
「お口に合ったようで何よりでございます。ほら、グラスが空いたなら、次をお注ぎしなさい」
ロシュフォールが、メイド達に指示をする。メイド達としても、今回の宴席はそもそも特殊であるし、一気飲みをするような人間に対する事はまず無いので、どうしたものかどうか迷っていた所である。
ロシュフォールが指示してくれたので、メイド達も躊躇いなくグラスを満たして行った。もちろん、溢れんばかりにたっぷりと。
それからはもう、ここは場末の酒場かと勘違いしそうな有様となった。
ガハハハと笑い、ギャーギャーと大声で喋り、中にはメイドを口説く者まで出る始末。絵に描いたような、醜い酔態を晒している。
ただ一人、ザックを除いては。
(姫様は、これを理由に俺達をクビにしようってハラなんじゃねえか)
この状況のこの男達は、誰がどう見たって、王家のご下命を受けるのはふさわしくないと思うだろう。
あの壁に掛かっている絵。アレを描いた作家に『酒に酔い、醜く酔態を晒す男達を描け』と命じたら、おおよそこんな風に仕上がるのではないかと思える。
つまりは、美味い酒を飲ませてわざと酔わせ、クビにする理由を作ろうとしているのではないかと、ザックは邪推していた。
宴席がいよいよ狂乱に域に入り始めた時、会場に凛として、澄んだ声が響いた。
「皆様、お楽しみのようで何よりですわ」
男達が、ダミ声で大騒ぎしていても、良く通る美声を発したのは、この宴席の主人にして、彼らの雇い主。ラヴァリン王国第三王女、シトリン・ドゥ・サフィニアであった。