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第五十八章 七月の青
好きとか、嫌いとか。
そんな言葉さえ知らなかった頃。
僕らはまだ幼く、小さかった。
幼き日。
初夏だった。
ずっと一緒にいられると信じていた。
あの日の帰り道。
翔太💙「明日、一緒に探そう?四葉のクローバー」
涼太❤️「うん。翔くんは、何をお願いするの?」
翔太💙「……涼ちゃんが、王子様になれますようにって」
別れ際、頰を赤らめてそう言った翔くんは、次の日にはもう何処にも居なくて——。
残された花冠だけが唯一、彼がそこに居た証だった。
風の噂で、翔太が看護師を目指していると知った。
あの頃、俺は大学二年生だった。
途切れた時間が、少しだけ動き始めたそんな瞬間だった。
翔太を探すことは容易ではなかった。しかし彼を想い探すその時間ですら愛おしかった。
季節は巡り――。
あの日、突然いなくなった幼馴染は、白衣に身を包み、俺の目の前で笑っている。
それだけで十分だった。
彼が幸せならそれでいい。
もう二度と会えないと諦めかけていた時間さえ、報われたような気がした。
翔太💙「ふふっ……」
風に揺れる白詰草を見つめながら笑う横顔は、幼い頃と何ひとつ変わらない。
——変わったのは、それを見つめる俺だけなのかもしれない。
「翔太」
廊下の向こうから聞こえた低い声に、翔太はぱっと振り返った。
その笑顔が、一瞬で花が咲くように明るくなる。
俺はゆっくりと視線を向けた。
亮平💚「楽しそうだね。何してたの?」
翔太💙「えっと……白詰草綺麗だから見に来た」
蓮 🖤 「あまり連れ回すな。患者なんだから……お痔愛ください、宮舘さん」
涼太❤️「お前わざとだろ」
翔太💙「あっ、あの……二人に紹介……」
チラッと俺を見た翔太は、何かを言いかけてやめた。
その一瞬だけ視線が重なる。
俺は何も言わず、小さく笑った。
亮平💚「ねぇもうお昼だよランチ行こう」
穏やかな声に、翔太は「もうそんな時間か」とでも言いたげに空を見上げた。
蓮 🖤「翔太、行くよ」
当たり前のように翔太を呼ぶその口調に、思わず笑みが零れる。
涼太❤️「そのランチ、僕も一緒に行きたいな」
翔太💙「えっ、本当? 行こう、涼ちゃんも一緒に……」
その呼び名に、二人の空気がぴたりと止まった。
🖤💚「……涼ちゃん?」
翔太はしまったというように、小さく肩をすくめた。
亮平💚「まさか……ふたりお……お尻合いだったの?」
涼太❤️「オマエ💢」
蓮 🖤「はぁ……翔太、患者に馴れ馴れしくするな」
呆れたようにため息をつきながらも、その視線はどこか牽制するように俺へ向けられている。
蓮 🖤「今日のランチはカレーだ」
涼太❤️「……それが?」
意味が分からず首を傾げる俺に、黒豹は真顔のまま言い放つ。
蓮 🖤「痔には刺激物は勧められない」
亮平💚「あはは。確かに今日は激辛カレーの日だったね」
思わず吹き出す狼とは対照的に、黒豹は少しも表情を崩さない。
涼太❤️「病院食じゃなくて職員食堂だろ、それ」
思わずツッコむと、翔太まで肩を震わせて笑い始めた。
蓮 🖤「まぁ刺激物が良くないのは本当のことだ。翔太、行くぞ」
軽やかに靴音を鳴らして二人に駆け寄った翔太は、俺の方に振り返り腕をうんと伸ばして左右にブンブンと振った。
翔太💙「またね涼ちゃん」
蓮 🖤「翔太いい加減にしろ」
翔太💙「ごめんなさい……」
〝またやっちゃった〟と恥ずかしそうに二人の間に縮こまる翔太の後ろ姿を見送りながら、万感の思いで見上げた空は雲一つない、綺麗な青だった。
◇
◇
階段を上り、食堂へ続く渡り廊下を歩く。
不意に翔太が足を止めた。
欄干にもたれ、小さく背伸びをする。
翔太💙「あっ……」
視線の先、中庭にはまだ宮舘が立っていた。
摘んだ白詰草を手にした宮舘が、こちらに気付いて軽く手を振った。
目の前で揺れる小さなお尻。
気付けば翔太も顔の横あたりで頰を赤らめ小さく手を振っている。
——面白くない。
どうしてあんな笑顔を、自分以外にも向ける。
蓮 🖤「……翔太」
「早くしないと席がなくなるぞ」
亮平💚「顔に面白くないって書いてある」
蓮 🖤「うるさい」
亮平は昔から、こういう時だけ妙に勘が鋭い。
翔太を欄干から引き剥がすと〝その辺にしときなさい。蓮の機嫌が悪くなるよ〟と茶目っけたっぷりに笑って見せた。
翔太は〝誰に、なんで?〟などと言ってさっぱり訳がわからない様子だ。
蓮 🖤「馬鹿らしい……」
亮平💚「余裕ない蓮って可愛い」
翔太💙「ずるいっ。俺は?ねぇオレは?」
亮平💚「可愛いに決まってるだろ」
歩き出した三人の足取りは軽い。
渡り廊下を吹き抜ける風に、翔太の身体がふらりと揺れた。
思わずその手を掴む。
亮平💚「俺も飛ばされちゃう」
そう言ってウインクした亮平が、今度は俺の肩をぽんと叩いた。
亮平が肩を叩き、翔太が笑う。
そんな何気ない時間が、妙に心地よかった。
——こんな日々が、少しでも長く続けばいい。
さっきまで吹いていた風の匂いが、カレーの香りへ変わる。
翔太はくすっと笑いながら、食堂の扉を押した。
翔太💙「冷やし中華一つください!」
蓮 🖤「はぁ?」
亮平💚「やだ翔太可愛い」
康二🧡「今日はないで〝カレーの日〟って書いてあるやろ」
翔太💙「え」
亮平💚「え、じゃないのよ」
ケラケラ笑いながら康二が翔太の頭をポンポンと撫でると、〝今度美味しい冷やし中華のお店連れてったる〟そう言い残し、康二は笑いながら自分の席へ向かっていった。
ラウ男🤍「食欲はあるようだね。良かった心配なさそうだ」
翔太💙「え?」
ラウ男🤍「ううん。いっぱい食べておいで」
ラウ男はそれだけ言い残すと、柔らかな笑みを浮かべたまま人混みの中へと消えていった。
何を心配していたのか。
翔太には最後まで分からないらしい。
「いっぱい食べておいで」
その言葉だけを素直に受け取った翔太は、嬉しそうにトレーを抱え直すと、並んだ料理を目移りしながら歩き始める。
康二🧡「しょっぴーこっち!」
遠くから聞こえた声に、翔太は迷うことなく顔を上げる。
翔太💙「康二!」
振り返ることもなく、小走りで駆けていくその背中を、俺は黙って見送った。
ほんの数歩前まで自分たちの隣を歩いていたはずなのに、気付けば翔太は別の輪の真ん中で笑っている。
それでも不思議と、その笑顔は誰のものでもなかった。
誰か一人に向けられたものではなく、そこにいる全員を温かく包み込むような笑顔だった。
亮平が小さく笑う。
亮平💚「……やっぱり翔太だね。笑ってる顔が一番可愛い」
俺は返事をしなかった。
返せなかった、と言った方が正しい。
自分の隣だけにいてほしい。
誰にも見せたくない。
そう思っていたはずなのに。
病院中の人間が自然と翔太に笑いかけ、翔太もまた、その一人ひとりへ同じように笑い返している。
俺の嫉妬なんて、とても子供じみていて、なんだか恥ずかしくなった。
翔太の笑顔を見ていると、その笑顔を閉じ込めることの方が、よほど残酷なことのように思えてしまう。
……翔太は、こういう奴だ。
誰か一人の隣だけで笑っていられる人間じゃない。
だから人は、あいつに惹かれる。
亮平💚「蓮」
亮平が静かに名前を呼ぶ。
亮平💚「あらっなんか成長期?」
蓮 🖤「オマエ俺の顔色読むのだけは感がいいよな」
独り占めしたい気持ちは、消えない。
きっとこれからも消えることはない。
それでも。
亮平💚「みんなに愛される子なんだね翔太は」
蓮 🖤「そうだな」
亮平💚「あらっ素直な蓮くん可愛い♡」
蓮 🖤「オマエな💢」
翔太💙「蓮、亮平早くこっち来いよ!お昼休み終わっちゃうよ」
うんと伸びた細い白い腕。
小さな手が二人を手招きしている。
無条件にその手を取ってしまう程、俺達は彼に溺れている。
亮平💚「ほっぺ真っ赤よ」
蓮 🖤「どっちが」
亮平💚「どっちも」
蓮 🖤「はぁ……参ったな」
翔太の唇に残るカレーを、人差し指で拭った亮平。
亮平💚「痛っ!」
渾身の力で足を踏まれた亮平が飛び上がる。
亮平💚「蓮、可愛くない!」
思わず吹き出した。
——白衣を脱いだその先の時間くらいは、恋人として隣にいられればいい。
それだけで十分だと思えた。
食堂の窓から見上げた空は、どこまでも澄んだ青。
今日も世界は、優しいブルーで満たされていた。
コメント
4件

たまらん、可愛い、今日絶対3人🖤❤️💚でシェアする話おかわりする!
うわ、めっちゃ良い話だった……! 幼い頃の約束と再会、そして翔太がみんなに愛されてる感じがじんわり沁みたわ。涼太の「独り占めしたいけど、それより笑顔が大事」って心境、めちゃくちゃ分かる。最後の青空の描写も綺麗で、読後感が優しい。花凜さん、この温かさズルいよ~!
#恋愛
ゆゆ

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