「アンナ、入るよ」
ノックもしないで寮の部屋に入ってくるのは、他ならぬ兄である。残念ながら、そんなことができてしまうのは兄しかいない。ここは屋敷ではないのだからといつも言ってはいるが、なおりそうにない。
「ノックくらいした方がいいと思いますよ? ここ、学園の女子寮ですし」
「そうだね」と苦笑いだけしているあたり、直す気がないことがわかる。ずっとなのだから、これ以上言っても仕方がない。前回のお茶会で約束した通りの時間にきた兄を睨む。
「そうは言ってもねぇ?」
「私だけであれば問題ないですが、他にお客様がいれば失礼になりますからね? お母様にも教えてもらいましたよね? しっかりしてください」
うっと呻いて、兄は「ごめん」と呟く。謝ったところで直らないだろう。いつまでも部屋の外にいるわけにもいかず、中へ入ってもらう。相変わらず、お菓子を手土産に持ってくるあたり、ちゃんと心得ているようだ。この前、ローズディア公国の友人にもらった紅茶を出すことにした。
「……ジョージア様とはお話できましたか? 私のほうは、ちゃんとできましたよ!」
「もちろんだよ。この前のお茶会の帰りにばったり会ったんだ。そのまま、招待したいと話をしたよ。日にちは、どの日でも大丈夫だって」
「そうですか。こちらもいつでも大丈夫です。では、日にちは、どうしますか?」
兄と顔を見合わせながら、話をつめていく。二人の予定を聞いたうえで決めるつもりでいたのだが、どうやら、私たちの第一希望の日でよさそうで安堵する。
入れたばかりの紅茶に舌鼓している兄。とても気に入ったようで満足気だ。私も一口含んだが、香りがふわっと顔を包むかの如くいい。味も申し分なかった。
「明後日でも、家の方の準備は大丈夫だけど、性急すぎるわね。本人たちにも日にちを伝えてあるから大丈夫だと思うけど……
決めていた真ん中の日にしましょうか? こちらもゆっくり準備ができるし、相手も余裕できるものね!」
「そうだね、そうしよう。では、ジョージアへ招待状を書こうか。ここで書いてもいいかい?」
私は頷くと、便箋とペンをもって兄の前の机に置く。
「この便箋に書くの……? なんか、ものすごく女の子っぽいよ?」
「あっ……そうですね。それだと、そうですね? ちょっと待ってください……。こっちの方がいいかな……?」
薄い水色の便箋を兄に渡すと先ほどと違い満足そうだ。私は、兄から花柄の便箋を受け取るとそこに招待状を書いていく。こういうのも、実は自分で書かなくても普通は侍女が代筆してくれるものなのだが、せっせと侯爵家兄妹二人は書く。
「できた! 渾身の出来だな!」
「お兄様? 見せてください!」
できた招待状を見せろと無言の脅迫をしてみたが、私に見せる前に兄はとっとと封をしてしまった。
なんてことだ……確認ができない。
「アンナのほうはできたかい? みせて……」
私は腹いせに近寄ってくる兄の脛を思いっきり蹴とばしてやる。さっきのお返しだ。めちゃくちゃ痛かったのだろう、脛を押さえながら床に転がっている。
「私もできました。では、お互いもう相手先に持っていきましょうか?」
床で悶絶して転がっている兄を先に部屋から追い出す。兄は、私が誰に書いた招待状か確認したかったのだろう。「当日まで見せませんよ?」と悪い笑みを浮かべる私を見て、しぶしぶ帰っていった。
兄を部屋から出してから1時間ほどは、部屋で大人しくお茶を楽しんでいた。もしかしたら、兄が戻ってくるかもしれないから。兄からもらったお菓子もほうばりながらほうっと息を吐く。甘さがちょうどよく、紅茶にあい、かなりおいしい。いつも思うが、いったいどこから仕入れてくるのか持ってくるお菓子は絶品だ。有名どころのものだったり、名前も知らないお店のだったりする。今日も2袋もらったので、1袋はエリザベスのお土産に持っていこうと思う。
そろそろ行動開始!
いつものように、エリザベスの部屋をノックすると、侍女のニナが出てくれた。
「アンナリーゼ様、ようこそおこしくださいました」
「ありがとう」と中に入ると、思い悩むエリザベスが目に入った。
「ごきげんよう、エリザベス。何かあったのかしら? 」
エリザベスも声をかけられたことで、こちらへ顔を向ける。私だと気づくと、さっきまでの欝々とした悩んでいますという表情が一変する。
「ごきげんよう、アンナ。何でもないわ。どうぞ、かけて」
客用の席を勧められるので、私はソファに座る。いつものように兄からのお菓子をニナに渡す。正面に座るエリザベスは、さっきの印象からか今も少し変な感じがする。
「エリザベス……やっぱり少し変よ? 何かあったの?」
エリザベスは、横に首を振るばかりで「特に何もない」というだけ。これ以上、しつこく聞くのは失礼だと思ったので、心待ちにしているだろう本題に入ることにした。
「そう。もし、何かあったら頼って。私、本当にあなたのことを姉だと慕っているのだから力になりたいわ。それと、これ、我が家への招待状。翌週の休日にさせてもらったけど、大丈夫かしら?」
「ありがとう。伺わせていただくわ。手土産は何がいいかしら? お好みに合うものがいいと思うから、教えてもらえると嬉しいわ」
エリザベスにお土産の話をされ、うーんと考える。ここで、これと言ってしまえば、催促しているような気持になってきた。でも、ここは、兄の中のエリザベスの株を上げるべきだ。
「そうね。もし、可能なら、エリザベスの作ったお菓子が食べたいわ! お願いできる?」
お茶を用意してくれているニナにエリザベスに目配せしている。そこに追随しておく。
「それ以外は、受け付けません。エリザベスの作ったお菓子、楽しみにしているわ!」
そこまで言えば脅迫かもしれない。二人が仕方ないと私を見てため息をついている。
「わかったわ。私とニナの合作で作りましょう。持っていくのは、当日の楽しみにしていて!」
エリザベスから言質はとった。兄へのお菓子は、エリザベスのお菓子、これに決定だ。
「ありがとう。楽しみにしているわ。そうそう、当日なのだけど……、兄の時間とは、少し時間をずらしたの。まずは、本当に私とのお茶会を楽しんでくれると嬉しいのだけど……」
緊張をほぐすという意味で私とのお茶会をセッティングしたのだが、反応はどうだろう。
「ありがとう! 当日のことを考えると、今から緊張してしまって、どうしようかとすごく悩んでいたの。話題とか、何にしたらいいのかしら……? 大混乱してたから、アンナのその気遣いはとても嬉しいわ!」
そういってくれれば、こちらとしても嬉しい。エリザベスはあの兄に緊張するのか……と思うとクスっと笑ってしまった。私からしたら、頭でっかちなだけで、そんなに魅力溢れるとは言い難い。でも、結構隠れファンはいるらしい……。たまに、「サシャ様は……」と好きなものを聞いてくる令嬢もいるのだ。いやはや、物好きも多いようだ。
もちろん、目の前にいるエリザベスもだけど……。
「兄は、基本的に博識だと思うからなんでも話題になるかな? でも、お菓子についてはいろいろ知りたいみたい。ここにも持ってくるけど、いろいろなお菓子の店を回っているみたいだから……。あとは、そうね。恋愛系の話はからっきしダメだね。でも、他はなんでも話できると思うから、無茶難題も言ってみてよ!」
「妹のアンナに親身になってもらえて、私は本当に心強いわ! 他の方達は、ご自分で知恵を絞ってらっしゃるのに……私ったら、ずるをしているみたいで……」
「そんなことないわよ? 私がエリザベスを気に入っているのだもの。ずるだなんて言わないで。私が協力したいの。他の誰でもないエリザベスにもだけど、兄に対してもね!」
二人でクスクスと笑い、その後も少し別の話で盛り上がる。こんな風に未来でもお茶会を開けているといいなと私は優しい時間を楽しんだ。
「それじゃ、来訪を楽しみにしているわ!」
エリザベスのとの時間をたっぷり楽しんで、部屋を後にした。
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