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「ママー」
悠真が幼稚園に通うようになってから数週間がたった頃、初めは不安そうにしていたものの日を追う事に楽しそうな表情を見せていた。
そんな中、理仁の計らいで悠真の幼稚園での様子を見に行く事になった真彩が姿を見せるや否や、満面の笑みで悠真が走り寄ってきた。
「悠真」
「ママ! みてー! これゆうまがかいたの!」
「凄いねー上手だね」
「えへへ」
普段の送り迎えは全て朔太郎が担っているので真彩が園に来るのはごく稀な事だからか、悠真は凄く嬉しそうだ。
「姉さん、園長が色々話したいそうなんで」
「あ、うん」
「ほら悠真、次はお遊戯の時間だぞ」
「悠真、頑張ってね」
「うん!」
朔太郎に誘導された悠真を見送った真彩は園長室へ歩いて行く。
「神宮寺です、失礼します」
「いらっしゃい。待ってたよ」
悠真の通う【スメラギ幼稚園】は鬼龍組前組長である理仁の父親の知人、皇 壱哉が運営する施設。
壱哉は四十五歳とまだまだ若く、理仁にとっては兄のような存在でもある。
「悪いね、悠真の様子を見に来てるのに呼び出して」
「いえ、とんでもないです!」
「今日は少し君と二人で話をしたいと思ってね」
悠真の入園準備から入園初日まで理仁も一緒だった事が原因だったのか、壱哉は理仁抜きで話がしたいようで呼び出した事が窺える。
「話、というのは……?」
「ああ、そんなに畏まらなくていいよ。楽にしてくれて大丈夫だから。理仁から君や悠真についてある程度の話は聞いているけど、君は理仁を、鬼龍組をどこまで知っているのかなと思ってね」
「えっと……実を言うと、私が知っている事はあまりないです」
「……そうか。まぁ、理仁は自分の事を簡単に話す奴じゃないからな。鬼龍組についても同じか」
壱哉は真彩の言葉に納得したように頷いている。
「本来、俺が話すような事じゃないのは分かってるんだけど、先代とは旧知の仲で鬼龍組は俺にとっても大切な存在だ。そんな鬼龍組に君はもう深く関わっているし、今後の事を考えると、知っていた方がいい事もあると思う」
「え……っと……」
「まぁ君は理仁本人が話さない事を他人から聞きたくはないのかもしれないけど、恐らく、理仁もどのタイミングで君に話すか決めかねているとは思うんだ。だから後で俺から聞いたと言ってもいい。少しだけ聞いてくれるかな?」
「……分かりました」
壱哉の言葉に頷きはしたものの、本当に他人から詳しい話を聞いてもいいのか内心迷っていた。
そんな真彩に気付きつつも壱哉は一呼吸置いた後、理仁や鬼龍組に関する内容を話し始めた。
「全国に多くの組織が存在していて、東西南北の四区域に区切られる。鬼龍組の他、箕輪組、砂山組、俺の居る柳瀬組の四組織が東区域を取り仕切っている上位組織だ」
まず壱哉が説明を始めたのは鬼龍組の位置関係について。
「柳瀬組と鬼龍組は協力関係にあるが、箕輪組、砂山組は鬼龍組とは敵対関係にある。小耳に挟んだんだが、君は前に猿渡組の連中に絡まれたらしいね」
「あ、はい……」
「猿渡組は箕輪組の傘下組織なんだ。だから猿渡の奴らは鬼龍をよく思っていない」
「そうだったんですね」
「特に、箕輪と鬼龍は元から関係が良くないんだ。先代が死んだのも、箕輪との抗争が原因だったからな」
壱哉の話を聞けば聞く程、真彩は自分が身を置いている場所が危険な所なんだと改めて思い知る。鬼龍家に住み始めた当初も同じ事を感じはしたものの、慣れた事や平穏な日々が続いていた事ですっかり忘れかけていたのだ。
「君の存在は各方面に知れ渡っているのと同時に、悠真がいる以上これから先、人との交流は避けられないだろう。いくら朔太郎たちが付いていたとしても危険な状況に出くわす事はある。今までとは違う状況にいるという事を肝に銘じて、これからを過ごして欲しいと思ってる。俺は勿論、柳瀬組もサポートはするけど、全てを把握する事は難しいからね」
「……分かりました、気をつけます」
「それから――」
話を続けようと口を開いた壱哉だったけれど、
「園長、ちょっといいっスか」
それは朔太郎の声によって遮られた。
「どうした?」
「市の職員が見えてます」
「ああ、もうそんな時間か……すぐ行くから応接室に通しておいてくれ」
「了解しました!」
「悪いね、今日はこの辺で終わりにするよ。何かあればいつでも連絡してくれて構わないからね」
「あ、はい。わざわざありがとうございました。あの、これからも悠真の事をよろしくお願いします」
「ああ、勿論」
「それでは、失礼します」
先程何を言いかけたのか気になった真彩だけど、壱哉は予定があるようなのでそれを聞く事はせずに園長室を後にする。そして再び悠真の元へ戻った真彩は終わりまで園で過ごした後、朔太郎や悠真と共に幼稚園を出た。
「さく、こうえんいきたい!」
「仕方ねぇな、少しだけだぞ」
「うん!」
帰り際、幼稚園近くにある少し大きめの児童公園に立ち寄りたいという悠真の要求を飲んだ朔太郎と真彩はベンチに座って子供たちが遊んでいる様子を眺めていた。
「どうでしたか、園での悠真は」
「家とは違って、楽しそうだったわ。やっぱり同年代の子と過ごす時間も大切よね」
「まぁ家には大人しか居ないっスからね」
「お友達とも仲良く遊べてるみたいだし、安心した」
「それなら良かったっス」
「朔太郎くんも、だいぶ様になってたよ」
「そうっスか? まぁ、俺もそれなりに楽しんでますけどね。子供も可愛いし、やり甲斐あります」
「きっと朔太郎くんに合ってるんだよ。保育士」
「ですかね」
他愛のない話をしながら暫く過ごしていると、途中で朔太郎のスマホの着信音が鳴った。
「――っと、すみません、ちょっとそっちで電話してきます」
「うん、分かった」
朔太郎は立ち上がると少しだけ距離を取りつつ、真彩と悠真が見える位置で立ち止まって電話を掛けた。
「ママーきてー!」
「はーい」
一人ベンチに座って手持ち無沙汰だった真彩は悠真に呼ばれて砂場へ近付いていると、
「あっ!」
「大丈夫?」
砂場から遊具へ向かっていた女の子が転んだのを見掛けてすぐさま駆け寄った。