テラーノベル
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暗闇の中、携帯の灯りだけが俺の足元を照らしていた。
「おかしい……こんなはずじゃなかった」
タクシー運転手の警告を無視し、深夜料金をケチった結果がこの廃墟ホテルだ。表向きはリノベーション中の高級宿だったのに。
フロントは血痕まみれの絨毯と剥がれた壁紙が広がっていた。でも一番奇妙なのは——人が多いこと。しかも全員が普通じゃない。
「お兄さん! どうぞお部屋まで案内しましょう♪」
メイド服の少女が血染めの包丁を握っている。笑顔が不気味すぎる。彼女を避けて奥へ進むと……。
「夜食をどうぞ! 特別メニューです♥」
コック姿の大男が巨大な肉切り包丁を持ち上げた。鼻歌交じりにカウンターを飛び越えてくる。慌てて厨房裏口から逃げる。
廊下の端にはナイフの達人が正座していた。
「あなたも斬られたい?」
目が合った瞬間、背筋に冷や汗が流れる。彼女は立ち上がり刀を抜いた。俺は本能的に近くの部屋へ飛び込む。
「助けてくれ!」
ドアを開けると別の殺人鬼——執事姿の老人が微笑んでいた。
「ようこそ。ご希望のお部屋はどこでしょう?」
「違う! ここは何なんだよ!」
老人は静かに首を傾げた。
「お客様方々にお楽しみいただいておりますが」
その時、遠くで悲鳴が響いた。ホテル中に反響する恐怖の叫び声。まるで日常茶飯事みたいに。
「今の誰の声?」
老人は答えない。ただ柔和に笑うだけだ。
「おいおい……冗談じゃないぞ……」
このホテルで生き延びる方法はあるのか? それとも俺も次の犠牲者なのか? 考えれば考えるほど悪夢が現実味を増していく。
そして——突然、ドアが開いた。
そこには人間の首を持った人が立っていた。赤い浴衣を着た美しい女性……いや、よく見ると首が本物の人間のものだ。
「こんばんは! 新入りさんですか?」
優雅に一礼しながら、彼女は言った。
「ようこそ。『殺人鬼たちの楽園』へ」
俺は恐怖で言葉が出ない。浴衣の女は優雅に首を揺らしながら近づいてくる。その首から血が滴り落ちる様子に吐き気がした。
「大丈夫ですよ。まだ食べていないので」
「食べる⁉ 首を⁉」
彼女の笑みが深くなる。「美味しそうでしょう?」と呟いて首を掲げる。そこには確かに人間の顔がある。だが妙に冷静な目をしているのが不気味だ。
「あの……ここって何なんですか?」
「私たち専用の住処ですよ」
彼女は微笑む。
「他の人々が来る場所じゃないんです。普通の人はね」
その時再び遠くで叫び声が聞こえた。今度は複数。断末魔のような絶望的な音だ。
「また新しいお客さんが来たみたいですね」と彼女は楽しげに言う。
「助けないと!」
「どうして? わざわざ危険を冒す必要なんてありませんよ?」
そう言いながら彼女は首を掲げたまま歩き出す。どこかへ向かうつもりらしい。
「ついてきてください。面白いものが見られます」
迷っている暇はない。死ぬならせめて情報収集しようと思った俺は彼女の後についていくことにした。
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