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「『あいして…』うー言えない…っ!言えないよ!『愛してくれますか?』なんてっ」
「はぁ!?たかがセリフだろうが!」
「恥ずかしいよ!たくさんの人がいる前で、そ、そんな」
「アホかーっ!!おまえがやりたいって言った役だろうがっ!!」
初心な優羽には、たとえ劇中だとしても、男に面と向かって『愛してくれますか?』なんて、恥ずかしいこと、言えないらしい。
そんなガキっぽいところも可愛いとは思うけど…俺としては、ぜひ面と向かって言ってほしい言葉なんだがなぁ…!
なんか…みじめでいい加減泣けてくるケド。
この場面に限らず。ぶっちゃけ、優羽の演技はあまりいいとは言えなかった。
いや、元役者の立場から言おう。
超、ド下手だ。
覚えたのを口にするのが精一杯で、セリフはほとんど棒読みだし。
もうちょっと感情をこめろと言えば、セリフが飛ぶし。
もう、目も当てられない。
って言っても、こいつは素人だし、それに『歌手』だからな。
歌の心を理解し、声に乗せて伝える。
その技量と才能にかけては並ぶものがないんだから、これでさらに畑ちがいの素質まで求めたら、罰が当たるってもんだ―――
って。
突如、俺の頭にピカリとアイディアが閃いた。
…そうだ、そうだよ。
なんで今まで気づかなかったんだ、俺…!
鬼才の作曲家サマが、聞いてあきれるぜ…!
「おい、『歌』でなら言えるのか」
「え?」
「セリフを歌詞にして歌えるか、って訊いてんだよ」
俺はホールの隅に置いてあったキーボードへ走って、思い浮かぶまま、メロディを弾き始めた。
役になりきることができないなら。
いっそ役なんか、この瞬間だけ忘れちまえ。
俺がおまえのためだけに、とびきりの曲を作ってやる。
奏でるのは、ミディアムテンポの落ち着いたメロディ。
つらい日々と、運命の出会い、初めての恋。
そして愛しい人と新たな道を歩んでいく、みずみずしいよろこび。
そんな、シンデレラのいろんな気持ちと思い出をたくさんに詰めた、あまくメロウな、ラブソング。
「わぁ…綺麗なメロディ…!即興で作れるなんて、さすがあや」
「感心してないで、セリフ乗せろ」
「う、うん…!」
目を閉じて、耳を澄まして、小鳥の歌声を重ねる優羽。
あてずっぽうに乗せるのではなく、曲の盛り上がりに合わせて歌詞を選ぶ上手さはさすがだった。
単音のメロディが歌声を乗せることによって色味を増していくと共に、指先がどんどんメロディを生み出していく。
そうすると優羽もノって、もっといい声で、高く低く、情感豊かに歌い、おまけに、この俺に指図までしてくる。
けどそれは絶妙なスパイスをあたえ、俺の想像を超えた姿に曲がどんどん進化していく。
やっぱ、こいつは本物だ。
俺はすっかり楽しくなって、とうとうと湧きあがるメロディを夢中で奏でていく。
困惑しながらも、対等に歌声をのばしていく優羽も、すごくいい笑顔を浮かべていた。
いつしか劇の練習なのも忘れて、俺たちは曲作りに没頭していた。
「すごいすごい彪斗くん!曲ができちゃったね!」
スマホに録った曲を聴き終えると、優羽がいつもは見せないようなハイテンションで飛び跳ねた。
「ふっ。俺を新進気鋭の天才作曲家サマだと忘れたか。即興なんて朝飯前だ」
「えへへ。そでした」
「よし、じゃあ雪矢に事情を話して、これを本番に使ってもらうか。俺の作曲ってのに渋るかもしれねーが、ま、たぶん了承するだろ。雪矢がオッケーしたら本格的に音入れっから、そん時はおまえも…って聞いてんのか、優羽」
優羽はスマホに録った曲を聴きながら、まだ楽しげに口ずさんでいた。
『大好きです』
『あいしています』
『ずっと一緒にいてくれますか』…
セリフじゃ『恥ずかしくて言えない』なんて言ってたのに、歌にしたらポロポロ零しやがって。
しかも、とびきり甘い声で。
別にそうじゃないってわかってるけど、自分が言われたような気になって、俺も胸を甘く焦がす…。
「気に入ったか」
「うん…。すごく、すごぉく、いい曲。なんか不思議…」
「なにが…?」
「こうやって即興で作るのは、お父さんともよくやってたことなのに…。…彪斗くんと作ると、すっごくたのしくて、何倍もわくわくして、胸がドキドキする…こんな感じ、はじめて…」
なんだろう……この気持ち…。
独り言のように呟いた優羽の声。
困惑したような掠れた声には、どこか甘く切ない響きがあって…俺の胸まで、静かに高鳴らせる…。