コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「わたしね、思ったの」
「…なにを?」
「これからも、彪斗くんの曲で歌えたらいいな、って。彪斗くんと歌にふれていたいな、って…」
「歌えるよ。何曲だって、作ってやる」
「…ほんと?」
「ああ。忘れたのか?おまえは、俺のもんだろ。俺の作ったものしか、歌わせない。他のやつが作った曲なんか、絶対歌わせないからな。どんな大御所のでも、ヒットメーカーのでも…」
ちらり、と脳裏に、雪矢の顔が浮かんだ。
ち。なんでこんないい雰囲気の時に、あいつなんか思い出すんだ。
…いや。強がったって、しゃあねぇ、かな。
いい加減認めるしかない。
ほんとは気になって仕方なかった。
優羽は雪矢のことをどう思ってんのか、って。
雪矢は女の扱いがとにかく上手くて、節操がない。
優羽もそんな雪矢の本性にはなんとなく気づいてはいたようで、前は『俺のほうがずっとやさしい』と言ってくれたが。
今回の雪矢は本気だ。
きっとアイツも俺と同じく優羽に初めての恋をしたんだろう…。
あいつは俺とちがって、自分の気持ちを真っ直ぐに、しかも巧みに伝えられるムカつくやつだ。
気を緩ませたら、すぐに盗られちまう…。
誰にも渡したくない。
俺だけのものだ。
なのに、あの光景、とは―――。
さっき優羽と雪矢がふたりっきりになっていたのを見てしまった瞬間、不安は一気に膨れ上がってしまった。
あの時、雪矢は優羽になにを言っていたんだ。
なにをしたんだ??
「優羽」
俺は、奪われそうな宝に手を伸ばすように、優羽の頬を手の平で覆った。
「…っ」
が、拍子に、びくりとその肩が震えた。
「…どうした?」
「ううん…」
目を凝らすと、チークで気づかなかったが、左頬だけ赤みが強くみえる気がした。
「…もしかして、叩かれた頬が痛むのか?」
俺は茫然としながら続けた。
「…わりぃ、気がつかなかった…。乱暴にしすぎた…」
「…大丈夫だよ。ちょっと、びっくりしただけだから…」
微笑んで見せる優羽だけど。
気づいちまった俺には、もうそんな健気な強がりを見るのが苦しかった。
「誰にやられたんだ?」
「……」
「…玲奈か」
動揺したように、頬が微かに強張った。
「はぁ。やっぱり、な…」
ほんと、どうしようもねぇ。
と、俺は心の中で、自分に叱りつけた。
玲奈のことは俺も気にかけていたし、最近様子がおかしいってことも、寧音からこっそり聞かされて、『私は最近忙しいんだから、優羽ちゃんのこと、しっかり守ってあげてよね』と、口うるさく言われていた。
寧音のヤツ。優羽のこの顔を見たら、キーキーうるせぇだろうな。
でも、今日ばっかりは…そうだな、あのクソガキに、おもっくそ叱られても仕方ねぇ。
くそ…。
なんのために、みっともなく毎日報告を強要してんだ。
なんのために、甲斐甲斐しく迎えに行ってるんだよ。
なさけねぇ。さんざん俺様でいときながら、肝心な時はこれかよ…。
「ごめんな…。俺のせいで、つらい思いさせて」
「彪斗くん…」
「俺は…きっと今、ツケがまわってるんだ。面白くない毎日にうんざりして自棄っぱちに過ごして、いい加減な恋愛しかしてこなかったツケが、さ」
どんなことをしても、きちんと払うつもりではいる。
けど、代償が優羽に行っちまうのは、がまんならねぇ。
優羽が傷つくのは、自分が傷つくよりもつらいことだから。
「おまえにとって、玲奈のことはまったくいわれのない、降りかかった火の粉なのに、守ってやれなくて、ほんとに、ごめんな…。…頬を叩かれて…その後もひどいことされたのか?」
「ううん…。ちょうど通りかかった雪矢さんが助けてくれたの」
「……」
そうか。ここで雪矢、か…。
「ふぅん。雪矢がね。それはナイスタイミングだ。あとで礼でも言っとかなきゃな」
優羽はちょっと苦笑した。
「もう、彪斗くんったら保護者みたいなこと言って…。わたしがお礼言ったから、たぶん大丈夫だよ」
「そ。『助けてくださってありがとうございました、王子さま』って?雪矢のヤツ、さぞかし満足だっただろうな。
それで?あのあと、キスでもされたのか?」
「キス…!?そ、そんな…!そんなことしてないよっ…!」
「そ」
俺はふい、と踵を返すと、ボタンを外してシャツを寛げ始めた。
「どうしたの彪斗くん…。…なに…怒ってるの…?」
「べつに。怒ってなんかねぇよ。てか、いい加減しゃべってねぇで練習やらね?例の、一番の問題のヤツ」
「あ…」
「さっき歌ってドレスのもだいぶ慣れただろ。コルセットも慣れると、背筋が伸びてちょうどいいんじゃね?」
対して俺はラフな格好になると、シャツを腕まくりしながら優羽に近づいた。
そして、ぐいっと腰を引き寄せる。
「さて始めるか。おまえが大の苦手の、ダンスレッスン」
もう日数も無いし、今日は厳しくいくか…?
ニヤリ、と俺は冷淡に口端を歪めてみせた。