(いやいや、慣れちゃ駄目でしょ。というか、そういう目で見られているっていうこと理解しているわけ?つまり、グランツも、警戒心を……)
いや、そう思うのが普通だろう。彼の性格上、誰かを信用している以前の問題に、自分の中に、他人を入れないような性格をしていた。だから、他人から警戒されるのは、別に普通だと、慣れていると彼は言うのだ。その普通の人間であれば苦しい部分や、嫌だと思う部分が、グランツには欠如しているというわけだ。
「グランツ、ごめん、一言いわせて貰っていい?」
「何ですか、ステラ。改まって」
「改まっているわけじゃないけど、そういう慣れは駄目だと思う。アンタも色々あったんだろうけどさ、そういうのは、慣れるべきじゃない。人に警戒され、嫌われる人間だなんて、思いたくないとおもうよ普通は」
「ステラには関係無いでしょ」
と、グランツは冷たく突っぱねた。確かに、関係無いといえば全く関係無い。けれど、私も、そうやって人と壁を作って、そういう嫌なことに慣れてきた人間だ。そういう人間の心は、暗くて、冷たくて、何も信じられないのだ。私が、家族に対して、諦めを抱き、それが普通だと慣れてしまったように、グランツにはそうなって欲しくなかった。しかし、ここまで生きてきた中で、その考え方をすぐに変えられるわけでないことを知っているので、私は、悩んだ。
グランツの為に、この前の世界では何もしてあげられなかった気がするから。彼を、利用……という言い方はあってるのか分からないが、彼に対して、大切な護衛程度にしか思っていなかった。いや、それでも十分なのだろうが、攻略キャラとして、一番見てしまっていた人間だろう。だからこそ、今、彼と家族っぽい仲であるなら、何か彼にしてあげられることはないか、考えて行動するべきだと。
(でも、私自身が、警戒されているんだよな……)
警戒をとくにしても、彼しか知らないことを私が話せば、何故知っているといわれかねないし、難しい。やはり、記憶のある人間とない人間とが、ぶつかり合うのは難易度が高いようにも思えた。
「――でも」
そんなふうに、私が肩を落としていると、グランツは何か言いたげに、口を開いた。でも、といって、私の方を見る。彼の翡翠の瞳には、半分、エトワール……かつての私がうつっているようにも思えた。彼の好感度はチカチカと輝き、南京錠が現われる。あれを外すことができればいいが、外す為の術を私は知らない。好感度を上げれば、と思っていたが、低い好感度でもいけるのだろうか。私は、悟られないようにと首を傾げ、グランツの方を見る。
「でも、何?グランツ」
「慣れては居ても、貴方みたいなのは初めてで……そりゃ、俺だって、警戒されない方が嬉しいですよ。だから、ステラの言葉は、とても嬉しかった」
「えっ?」
「が、柄にもないですよね。こんなの……こんなの、俺じゃないというか、俺っぽくないというか」
と、グランツはいう。自分っぽくないと言うことは、どういうことだろうか。今の自分が、自分らしくない。もしくは、創り上げられた自分? とか、色んなことを考えてしまう。その一方で、エトワール・ヴィアラッテアの影響で、自身の思いすら塗り変えられて、自分っぽさが失われているのではないかとも思った。グランツについては、情報しか知り得ないので、彼が何を考え、生きているのか分からなかった。星流祭で授かった、人の心が見えるあの力があれば、便利なのだろうが、見たところでいいことだらけじゃないし、逆に、分からないからこそ、努力して歩み寄ろうと思えるのではないかと。
話がそれたな、と思いつつ、グランツは葛藤しているのだと思った。自分が信じていた自分と、今の自分の矛盾について。それはやはり彼女が関わっての影響なのではないかと思った。
「グランツっぽくない?って、私は、まだグランツの事知らないから、これからもっと知りたいなと思うんだけど」
「確かに、俺達は、日が浅い関係ではありますが、俺のことを知りたいって。良いことないですよ」
「それは、グランツが勝手に決めつけてるだけだから。知りたいから、教えて欲しい」
「……」
「もしかして、私、前にもこんなこと言ったっけ?」
私は、少しだけかまをかけてみる。私は、度々、グランツに対して、知りたいから教えて欲しいとせがんだ。彼との出会いは、彼が私に木剣を……というもので、乙女ゲームかと疑いたくなるほど、恐ろしい出会いだった。アルベドと比べたらまだマシなのだろうが、あの時から、ツンツンしていたし、人に心を見せるタイプじゃなかった。それは今も同じ。エトワール・ヴィアラッテアに対しての態度がどんなものか分からないが、きっと、そこまでメロメロベタベタではないだろう。エトワール・ヴィアラッテアもそこは分かっているはずだ。
でなければ、彼らが考えを持つという、その脳すらも操っているはずなのだ。いや、私が、洗脳魔法についてよく知らないだけ。
(ちょっと、待って、洗脳魔法ってそもそも、闇魔法よね?なのに、なんでエトワール・ヴィアラッテアが使えるの?)
見落としていたことに今気づき、私はハッと顔を上げた。グランツはそれに驚いたように目を丸くしていたが、何だといわんばかりに私を睨み付けてきた。私は、何でもないといって着席をし、落ち着かないなあ、と自分で思いつつも、そもそも、魔法というものについての認識が甘かったと思い直した。
闇魔法が使える一般的な魔法として、洗脳魔法がある。アルベドも、それについて言及は何もしなかった。多分、私が知っているからいわなかったんだろうが、当の私はすっかり忘れていたのだ。光魔法では洗脳魔法が使えない。エトワール・ヴィアラッテアは、一応聖女だから、属性としては光魔法に震いされるだろう。では、何故洗脳を魔法を使えるのか。
グランツに聞いてみたかったが、彼は過剰に反応するから、聞こうとしても聞けない。ならば、遠回しに聞けるのは、ブライトか。
(とにかく、おかしいことが多すぎる。それを、見落としすぎてる私も私だけど……)
「ステラ」
「な、何?まだ、何か?」
「いえ。モアンさん達にも、貴族になった話はしたんですよね」
「当たり前じゃん。まあ、でも、婚約者の話はしてないかな」
「何故?」
「ちょっと理由があって」
「俺には言えない?」
「なんでそんな突っかかってくるのよ。いつも、興味なさそうにするくせに!」
まあ、こんな風にいえば、気になるのも仕方がないことだと思った。しかし、身体まで、詰め寄ってきたので、私は近い! と抗議の声を上げ、もう一度立ち上がった。グランツは、また立ったな、と思いつつ、私を見て首を傾げる。
婚約者の話をしないのは、できないというか、グランツに関わる事だし、今、グランツの目を見ても、本当に恐ろしいほど鋭くなっているから。アルベドのことが嫌いすぎて、私のことも嫌いになりかけていたなということを思いだした。そういえば、そんなふうに、この間のパーティーの日に、話を切ってきたなあと。
「やはり、闇魔法の人間の婚約者であること……何か思っているんですか。後悔とか」
「後悔はしてない。それにこれは――」
「これは?」
「ううん、何でもない。でも、そういう理由じゃないの。それに、アンタが、アルベドのこと嫌いすぎるから、話がややこしくなってるのよ」
「仕方ないじゃないですか。嫌いなものは嫌い何ですから」
と、子供が拗ねるような、怒るような言い訳をしてきたグランツに、腹が立ちつつも、こんな言い合いをしたいわけじゃないのに……と、心を落ち着かせようとしたときだった。バサバサバサと、部屋の中にまで響くぐらい、大量の鳥が一斉に羽ばたいたような音が聞えた。何? と思った時には、嫌な空気が、部屋に充満し、モアンさんが慌てて帰ってきた。
「村に、村に魔物が!ステラ、グランツ速く逃げるよ」
と、彼女は、切羽詰まったように、私達の顔を見つめてきた。







