時刻は流れ、ここは離宮の食堂。夕食の時間である。
シェフが腕をふるってくれたキノコ料理がテーブルに並べられているが、それを食す前にノアは挙手をして自己主張させてもらう。
「殿下、イーサンと浮気していると疑われるのが嫌だから、今日から私の護衛はフレシアさんにお願いしたいと思います」
「ん。ノアがそうしたいなら、それでいいよ」
自分の主張が通ったことには喜ぶべきなのだけれど、拍子抜けするほどあっさり通ってしまった。
有り余る意気込みをどう処分していいのかわからず、ちょっとだけ途方に暮れてしまう。
数時間前、グレイアス先生のオモシロ発言に腹筋が崩壊するほど笑ったノアは、もし仮に浮気云々という話が本当なら、それを逆手に取ってイーサンをアシェル専属の側近に戻すことができるのではないかと思いついたのだ。
そこで、女性で腕が立ち、アシェルから信頼を得ている人はいないかとグレイアスに尋ねたところ、結構身近にいた。メイドのフレシアだ。
実は彼女は、グレイアス先生の妹で、宮廷魔術師だったりもする。
もちろんフレシアには、ちゃーんと許可を得ているので、ノアの護衛になったのは彼女の意思である。
侍女のフレシアは、グレイアスと瓜二つの容姿で大層美人であるが、ちょっとだけグレイアスより背が高い。
だから宮廷魔術師として活躍していた時は、それはそれは男性にモテたそうだが、この無愛想というか、無表情というか、リアクションの薄さのせいで、男女交際にまで発展することがなかったそうだ。
そんなフレシアは、女性宮廷魔術師からのやっかみで心を病んでしまい、現在メイドとして兄の傍にいる。
ノアは女性であるが、別段お喋りを好む人種ではない。そして、フレシアとは仲良くなりたいが、交際に発展することは望んでいない。
無愛想も、無表情も、リアクションが薄いのも、個性の一つだと思っているので、きっとつかず離れずの良い関係を築けると思っていたりする。
「じゃあフレシア、今日からノアの護衛よろしく頼むね。……ということでノア、そろそろ食べようか」
「あ、はい。そうですね」
食堂のテーブルに着席して早々、護衛の件を主張してしまったせいで、未だにアシェルは食事に手を付けることができていない。
ついさっきまで、料理の数々は食欲をそそる湯気がふんわりしていたのに、今はもう消えてしまっている。
きちんと聞く姿勢を持ってくれたアシェルに対して嬉しく思いつつも、料理が冷めてしまったことが、とても申し訳ない。
だからノアは、慌ててアシェルに待ったをかける。
「すんません、フレシアさん。さっそく何ですが、魔法をお願いしても?」
「……」
無言で指パッチンをするフレシアは、グレイアスほどではないが元宮廷魔術師だ。
人並み以上に魔力が高く、無愛想で無表情であるが、ノアが何を望んでいるかは言われなくても察することができる。
そのためフレシアが指を鳴らせば、音が消える前に、目の前の料理に湯気が復活した。もちろんアシェルの分の料理も同じく。
しかし、変化があったのは料理だけではなかった。なにやら食堂全体が肌寒いのだ。
(んん?夜といえど、雨が降っているわけではないのに、急に冷えるとはこれ如何に?)
食事に手を付けず、ノアがキョロキョロと辺りを見渡していると、フレシアが静かに口を開いた。
「……殿下が暑さに弱いと伺いましたので、お部屋の温度を下げさせていただきました」
「おおっ、フレシアさんスゴイ!ありがとうございます!!」
ぱっと笑顔になったノアは、そのままの表情でアシェルに向かって口を開く。
「殿下、良かったですね!」
自分のペースで、かつ自分の手で料理を口に運ばないと美味しくいただけないと思い込んでいるノアは、無邪気さ全開でアシェルに同意を求めた。
しかしアシェルはぎこちなく「……あ、ああ」と頷くだけ。
ノアからの”あーん”が大層気に入ったアシェルは、夕食時も仮初の婚約者をなんだかんだと上手く懐柔して己の膝に乗せる気でいた。
その計画が流れたアシェルが、蟻が歩く音より小さな声で「ちっ」と小さく舌打ちしたのを、イーサンは聞き逃さなかった。
「……殿下、がっつく男は嫌われますよ」
「黙れ」
小声で側近を一喝したアシェルの声は、今回もまたノアの元には届かなかった。