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読み終わりました。もう、ずっと胸が熱かったです。 人類が「自分たちで道を作る」と決めた瞬間、本当にぐっときました。特にツカサが教育を提案するシーン、あれは彼の成長がしっかり見えた瞬間でしたね。リウが「怖い」と素直に言ったのも、今までと違ってすごく印象に残ってます。 カラザの干渉も、またうまく絡んできましたね。でもユウたちは「必ずとは言えない」と正直に答える。その誠実さが、この物語の強さだと思います。 「一つずつ、間違えれば直しながら未来へ置いていく」――この一文が、もう本当に好きです。
第13話 月へ向かう人類
荒野の芽は、次の朝も立っていた。
細く。
弱く。
けれど、倒れてはいなかった。
ユウはその前にしゃがみ、指先で土を少し寄せた。
昨日より、土がやわらかい。
ほんの少し。
でも、確かに変わっている。
ミハルは隣でノートを開いていた。
「一日で、こんなに変わるんだね」
「全部じゃないけど」
ユウは芽を見つめた。
「変わるところは、変わる」
ツカサは少し離れた場所で、腕を組んで荒野を見ていた。
昨日までの強い目つきはそのままなのに、足元の芽を避けて立っている。
本人は気づいていないのかもしれない。
リウが岩の上に降りた。
「踏まなくなったな」
ツカサがすぐ振り向く。
「踏んでないだけだ」
「それを言っている」
「いちいち記録するな」
「もうした」
ツカサは顔をしかめた。
ミハルが小さく笑った。
その時、遠くから車の音が近づいた。
HASAの車両だった。
灰色の車体。
砂で汚れたタイヤ。
中から広報官が降りてくる。
昨日より疲れた顔をしていた。
スーツの袖には、まだ地下保管室の砂が残っている。
「来ました」
ツカサが低く言う。
「また管理か」
広報官は答えなかった。
代わりに、持っていた端末を開いた。
そこに映ったのは、巨大な建造施設だった。
高い足場。
組み上げられる円筒形の機体。
何十人もの技術者。
そして、中央に掲げられた文字。
人類月到達計画
ミハルのペンが止まった。
ユウも息をのんだ。
「もう、始めたんですか」
広報官はうなずいた。
「世界各地の研究者が集まり始めています。HASAが止めてきた計画を、再開します」
ツカサの目が鋭くなる。
「HASA主導で?」
「いいえ」
広報官は少し間を置いた。
「もうHASAだけでは動かせません。各国、民間研究者、独立技術者、旧計画の関係者。すべてが関わります」
ミハルが画面へ近づく。
「無重力空間へ出る計画……」
「はい」
広報官は端末を操作した。
別の映像が出る。
古い設計図。
凍結された有人衛星計画。
GPS類似計画。
月再訪計画。
その上に、新しい線が加えられている。
「まず、人が乗る人工天体を作ります。その次に、月へ向かう機体を組む」
ツカサが強く言った。
「やっとだ」
ユウはツカサを見た。
ツカサの目は、怒っているのに少し明るかった。
人類独立派。
月にも砂にもHASAにも従わない。
自分たちで見る。
その言葉が、今、本当に動き出していた。
リウの尾羽がわずかに揺れる。
「有楽は警戒する」
ユウはリウを見た。
「だよね」
「人間は月へ来る。隠れていた森へ近づく。こちらから見れば、侵入の始まりだ」
ミハルが息を詰める。
「でも、人間は自分で見ようとしてる」
「それも分かる」
リウの声は静かだった。
「分かることと、安心することは違う」
広報官はリウの声が聞こえていない。
けれど、ユウの表情で何かを察したらしい。
「有楽は反対していますか」
ユウは少し迷った。
「警戒してます」
広報官はうなずいた。
「当然でしょう」
ツカサが鼻で息を吐く。
「当然なら、止めるなよ」
「止めません」
広報官はツカサを見た。
「ですが、進め方を間違えれば、月と地球戦争論は本当に戦争準備へ変わります」
その言葉で、風が冷たくなった気がした。
月と地球戦争論。
最初は言葉だった。
騒ぎだった。
けれど、人類が月へ向かう計画を始めれば、ただの論では済まない。
有楽から見れば接近。
枯れ敵から見れば利用できる混乱。
HASAから見れば管理不能。
人類から見れば、奪われていた道を取り戻す一歩。
ユウは荒野の芽を見た。
芽は風に揺れている。
小さな緑。
そのすぐ向こうに、乾いた地平が続く。
「リウ」
「なんだ」
「人類が月へ行くのは、だめ?」
リウはすぐには答えなかった。
岩の上で羽を整え、遠い昼の月がある方向を見た。
「だめではない」
ユウは顔を上げた。
「でも」
「月へ来る理由による」
「見るためなら?」
「警戒する」
「話すためなら?」
「警戒する」
「森を壊さないために学ぶなら?」
リウは少しだけ目を細めた。
「それでも警戒する」
ツカサが言った。
「全部警戒じゃないか」
「当然だ」
リウはツカサを見る。
「人間は月へ初めて行くと思っているかもしれない。だが有楽から見れば、人間は二度目に近づく。一度目は森を見た。HASAは隠した。次に来る人間が何をするか、簡単に信じる理由はない」
ツカサは言い返せなかった。
ミハルも黙った。
広報官が端末を閉じる。
「だからこそ、あなたたちに来てほしい」
ユウは瞬きをした。
「どこへ」
「月到達計画の公開会議です」
ツカサが眉を寄せる。
「俺たちを?」
「有楽と接触した者。人類独立派。記録者。そして、HASAの失敗を知る者」
広報官はユウを見る。
「あなたたちは、人類が何を試されているのかを知っています」
ミハルが小さく言った。
「試されてる……」
その言葉は重かった。
有楽は警戒する。
枯れ敵は利用しようとする。
HASAは隠してきた責任を抱えている。
人類は、自分たちで道を作ろうとしている。
でも、その道がまた破壊の道になるかもしれない。
カラザの声が、風の奥から聞こえた気がした。
人間は、必ず壊す。
ユウは接触種子を握った。
「行きます」
ミハルはすぐにうなずいた。
ツカサも少し遅れて言った。
「俺も行く」
リウが羽を広げる。
「わたしも中継する」
ラカが荒野の芽のそばから言った。
「わたしはここに残る。種をまいた土地を放置しない」
ユウはラカを見る。
「お願いします」
ラカは静かにうなずいた。
「月へ向かうなら覚えておけ。上へ進むことより、足元を忘れないことだ」
その言葉を胸に入れて、ユウたちは車に乗った。
向かった先は、旧HASA発射場だった。
かつて使われるはずだった場所。
けれど何十年も閉じられ、草が伸び、建物は眠っていた。
今、その場所が目を覚ましている。
門の前には人が集まっていた。
有楽派。
人類独立派。
HASA関係者。
研究者。
報道。
枯れ敵派もいる。
それぞれの旗や紙を掲げ、叫び、議論し、時に言い争っている。
その奥で、巨大な機体が組み上げられていた。
まだ未完成。
骨組みが見え、表面の板もところどころ抜けている。
それでも、人類が無重力空間へ向かおうとしている姿だった。
ミハルが見上げる。
「これが、人が乗る人工天体……」
広報官が言った。
「まずは地球の周囲へ出る。GPS類似網の基礎も同時に作る予定です」
ツカサが目を輝かせた。
「測位網ができるのか」
「はい。HASAが止めてきたものを、今度は隠さず作る」
ミハルはノートを開く。
「でも、月内部の位置も見えるようになる」
リウの声が胸元から響く。
そこだ。
ユウは接触種子を見た。
リウの姿が小さく映る。
「測位網ができたら、有楽世界が見つかる?」
「見つかる可能性が高い」
広報官が答えた。
「そのため、月側と協議が必要です」
リウがすぐ言った。
「協議という名で、位置を要求するな」
ユウは広報官へ伝えた。
広報官はうなずく。
「要求ではなく、衝突を避けるための境界設定です」
ツカサが腕を組む。
「境界って言い方も管理っぽい」
「では、近づいてはいけない場所の確認」
「それならまだ分かる」
ミハルが小さく笑った。
「言葉ひとつで違うね」
会議場は発射場の古い管制棟にあった。
大きな円形の部屋。
壁には古い計器。
新しい画面が無理やり取りつけられている。
中央の机に、人々が集まっていた。
HASAの技術者。
各国の研究者。
独立派の代表。
有楽派の代表。
枯れ敵派の代表。
そして、ユウたち。
胸元の接触種子からは、リウの姿が投影されていた。
部屋にいる全員が、その姿を見ていた。
灰色を帯びた羽。
緑と黄色の縦じまの尾羽。
深い目。
誰かが小さく言った。
「本物の有楽……」
リウの目が細くなる。
「ヨウムではない」
誰もその言葉を言っていなかったのに、何人かが慌ててうなずいた。
ミハルは下を向いて笑いをこらえた。
会議が始まった。
最初にHASAの技術者が立った。
細い女性だった。
髪を後ろでまとめ、濃い緑の作業服を着ている。
目の下に疲れがある。
「計画名は、人類月到達計画です。第一段階では有人人工天体を地球周回域へ送ります。第二段階で月接近機を組み立てます。第三段階で月表面への接触を目指します」
有楽派の代表が手を上げた。
「月内部の森を傷つけない保証は?」
技術者は答える。
「現時点で、月内部への侵入は計画に含みません」
リウがすぐ言った。
「含まないことと、できないことは違う」
部屋が静まる。
技術者は唇を結び、うなずいた。
「その通りです。だからこそ、監視と公開記録を必要とします」
人類独立派の代表が言った。
「公開記録はHASAだけが管理しない。市民側にも同時公開する」
広報官がうなずく。
「同意します」
枯れ敵派の代表が笑った。
「有楽の許可を取るのか。人類は月の顔色をうかがう家畜になったのか」
ツカサが机を軽く叩いた。
「違う。勝手に踏み込まないって話だ」
枯れ敵派の代表はツカサを見る。
「若い独立派か。ずいぶん有楽に寄ったな」
ツカサの顔が赤くなりかけたが、こらえた。
「寄ってない。見るために壊さないってだけだ」
リウが静かに言った。
「その区別ができる人間が増えれば、有楽の警戒は少し下がる」
有楽派の代表が嬉しそうに顔を上げた。
「では協力を」
「少し下がるだけだ」
リウが言うと、有楽派の代表は黙った。
ミハルがノートに書く。
有楽は甘くない。
その時、会議場の画面に砂のノイズが走った。
全員が身構える。
カラザの姿が映った。
巨大な殻。
乾いた石のような目。
触腕が砂をなぞっている。
人間よ。
月へ向かうのか。
広報官が立ち上がる。
「通信を切れ」
技術者が操作する。
しかしノイズは消えない。
カラザの声は部屋に響いた。
有楽は警戒する。
HASAは管理する。
おまえたちはまた挟まれる。
ならば、我らが道を教える。
枯れ敵派の代表が顔を上げた。
「道?」
カラザの目が代表へ向く。
乾いた月面を通れ。
緑の裏側を避けろ。
有楽の森へ近づかず、月の乾いた地を使え。
人類は、枯れを足場にすればよい。
会議場がざわついた。
一見、妥協案のように聞こえた。
月内部の森を避ける。
有楽と衝突しない。
乾いた場所を使う。
だがリウの羽が一気に広がった。
「それは枯れ敵の線だ」
ユウは息をのむ。
「どういうこと」
リウが言った。
「月面の乾いた裂け目には、古い枯れ敵の通路が残っている。人間がそこを使えば、枯れ敵は月へ戻る道を得る」
カラザは静かに言った。
道は、使う者のものだ。
ミハルの顔から血の気が引いた。
「利用しようとしてる」
ツカサが怒鳴った。
「やっぱりか!」
カラザは動かない。
人間は月へ行きたい。
我らは道を知っている。
互いに利用すればよい。
ツカサが拳を握る。
「それで月の森を挟み撃ちにする気だろ」
カラザの目が少し動いた。
有楽は森を広げる。
我らは枯れを守る。
変わらない。
ユウは立ち上がった。
「カラザ」
画面の目がユウを見る。
「ぼくたちは、月へ行く。でも、あなたたちの通路は使わない」
会議場が静まる。
カラザの声が低くなる。
人間だけで道を作れるのか。
ユウは答えに詰まった。
作れるのか。
何十年も止められていた人類に。
遅れた技術で。
GPSすらなかった世界で。
でも、ツカサが立ち上がった。
「作る」
ミハルも言った。
「作り方を公開しながら」
HASAの技術者も小さくうなずいた。
「失敗も記録します」
広報官が続ける。
「隠さない」
リウがユウの胸元から言った。
「有楽は、月の危険地図を一部提供する」
会議場がどよめく。
リウはすぐ続けた。
「ただし、森の位置を明かすためではない。触れてはならない場所を避けるためだ」
有楽派の代表が頭を下げた。
人類独立派の代表も深くうなずく。
枯れ敵派の代表は不満そうだった。
カラザは長く黙った。
やがて、触腕で砂をなぞる。
人間は試される。
ユウは画面を見た。
カラザの声が続く。
有楽の道具になるか。
HASAの管理へ戻るか。
我らの道を通るか。
それとも、自ら道を作るか。
ユウは答えた。
「自分たちで作る」
必ずか。
その問いに、ユウは一瞬だけ黙った。
そして、首を横に振った。
「必ずとは言えない」
カラザの目が冷える。
「でも、必ずと言えないから、記録する。監視を一か所に任せない。失敗を隠さない。月へ行く理由を、何度も問い直す」
ミハルが隣でうなずく。
ツカサも机に手を置いた。
「それが人類独立派の独立だ。誰かの道を借りて胸を張ることじゃない」
リウが少しだけ目を細めた。
「少しは聞ける言葉になった」
ツカサが小さく言う。
「また記録するんだろ」
「した」
カラザの映像が砂に崩れ始める。
最後に声だけが残った。
ならば、見よう。
人間が月へ向かう最初の足場を。
砂に沈むか。
森に絡まるか。
自分の重さに折れるか。
画面は消えた。
会議場に沈黙が残った。
その沈黙を破ったのは、HASAの技術者だった。
「計画を変更します」
全員が彼女を見る。
「枯れ敵の通路を避けるため、月接近経路を再設計します。有楽から危険地図の一部を受け取り、市民側へ同時公開。人工天体の測位網は、HASA単独管理ではなく、複数機関で相互確認」
ミハルが急いで書く。
ツカサがうなずく。
「あと、教育もだ」
技術者が見る。
「教育?」
ツカサは少し照れたように、でも強く言った。
「太陽系すら知らない人が多いまま、月へ行くな。無重力空間の基礎を、学校でも町でも公開しろ。知識を一部だけが持つから、HASAみたいになる」
広報官は静かにうなずいた。
「同意します」
ユウはツカサを見た。
「すごいじゃん」
「うるさい」
ミハルがノートに書く。
ツカサ、教育を言い出す。
ツカサがのぞきこむ。
「それ書くな」
「記録する価値ある」
「やめろ」
リウが言った。
「同意する」
「おまえまで言うな」
会議場に、少しだけ笑いが起きた。
緊張は消えない。
カラザの干渉も終わっていない。
有楽の警戒も解けていない。
けれど、人類は初めて、自分たちで道を作る話をしていた。
隠すためではなく。
征服するためでもなく。
見るために。
会議のあと、ユウたちは発射場へ出た。
未完成の機体が夕方の光を受けていた。
高い足場。
組み立て中の外殻。
作業員たちの声。
工具の音。
何十年も止められていた音が、今、戻ってきている。
ミハルは見上げたまま言った。
「本当に行くんだね。人類が月へ」
ツカサが答える。
「やっとな」
ユウは胸元の接触種子に触れた。
「リウは、怖い?」
少し間があった。
リウの声が届く。
「怖い」
ユウは驚いた。
リウがそんなにはっきり言うと思わなかった。
「でも、見ている」
「有楽も?」
「有楽も試される。人類を警戒するだけでよいのか。道を閉じるだけでよいのか。森を守るとは何か」
ユウは月の方向を見た。
昼の月は淡く、見えにくい。
でも、そこにある。
その裏側に森がある。
その森は今、人類が近づいてくる音を聞いている。
枯れ敵はその道を利用しようとする。
HASAは管理の癖と戦っている。
人類は自分の足で立とうとしている。
全部が危うい。
でも、全部が動いている。
広報官がユウの隣に来た。
「日向さん」
「はい」
「私は、HASAの過去を消せません」
ユウは広報官を見る。
男は未完成の機体を見ていた。
「ですが、これからの記録を隠さないようにはできます」
ユウは少しだけ考えてから言った。
「見ています」
広報官は苦く笑った。
「今度は、こちらが観察対象ですか」
「たぶん」
ミハルが横から言う。
「記録もします」
ツカサも言った。
「信用はしないけどな」
広報官はうなずいた。
「それで十分です」
風が吹いた。
発射場の向こうの荒野で、砂が舞う。
でも、その風の中に、昨日まいた芽のにおいが少しだけ混じっている気がした。
ユウは機体を見上げた。
人類が作る、最初の道。
遅れた道。
奪い返す道。
試される道。
カラザの声が頭に残る。
人間は、必ず壊す。
ユウは心の中で答えた。
まだ決めない。
まだ、見ている。
そして今度は、地球から月へ向けて、人類の手が伸び始める。
それが森を傷つける手になるのか。
砂に誘われる手になるのか。
それとも、初めて責任を持って触れる手になるのか。
答えはまだなかった。
ただ、未完成の機体の下で、作業員たちは次の部品を運んでいた。
小さなボルト。
細い線。
一枚の板。
種まきに似ている。
一つずつ。
間違えれば直しながら。
未来へ置いていく。
ユウはそう思った。
遠くで、月が薄く浮かんでいた。
その裏側の森が、こちらを見ている。