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「俺さ、お前が言うようにカッとなると見境なくなるとこあるし。 短気だし人の話聞かなくなるし。そうなったらマジで誰の声も受け付けたくなくなるし」
そこまで、一気に言い切った後、静かに息を吐いて吸う。
次に続いた声は少しトーンダウンされていた。
「部長にはいくら形式的に仕事ができても、そんな未熟な人間じゃいずれ使い物にならなくなるとか言われててさ〜」
真衣香の目に映るのは上体を折り真衣香に覆いかぶさるようにしてる坪井の耳元だけだ。
だから、どんな表情をしているのかが見えない。
「そのくせ、お願いされたり頼られたりしたら断れない調子いいとこもあって自分で首絞めてるし」
……わからないけれど、息遣いは少し頼りない。
「情けないじゃん、お前の中の俺のイメージってこんなのじゃないでしょ」
「……こんなのって?」
「何個も欠点があって、それを嘆いてるみたいな。 俺ってほら二課の希望の星だし優秀だし、いつも明るくて元気で優しくて何でもできてイケメンじゃんモテモテじゃん」
(自分で言ってしまえることがすごい……!)
真衣香が心の中で盛大に叫んでいることはつゆ知らず。
坪井の声は更に続いた。
「イメージ通りの俺も存在するのかもしれないけどさ、違うのも、いるんだよね」
頼りない声に真衣香の胸は言いようのない痛みを感じていた。
苦しくて、けれどどうしようもなく嬉しくて幸せな痛み。
こんな甘い痛みを真衣香は知らなかった。
「私、ずっと坪井くんは別世界の人で何でもできてみんなの人気者で……同期なのに何でこうも差があるのかなぁって思ってたよ」
「……だよね、ガッカリした? 守るとか言って口だけで守らないし情けないし」
「どうしてそう思うの?」
思ったよりも冷静な声が出て、聞き返すと坪井を息を飲み込んだ後何かを声にしようとしたようだが。
また更にそれを飲み込んでしまった。
「今もね、すごくドキドキしてるの、私」
自然と腕が動いて、俯き気味の坪井の頭を撫でた。
いつもと逆の行動になぜだか愛おしさが増す。
「どんな坪井くんを見てもドキドキする自信があるよ。 ね、好きってそう言うことなのかなぁって私思うよ」
何も言ってくれない坪井になぜか真衣香が不安を感じることはなかった。
今この瞬間、なぜだか、坪井はとても頼りなく。
まるで真衣香にしがみつく幼い子供のように思えてしまっていたからだ。
(変だよね、ついさっきまであんなにドキドキしてたくせに)
「いろんな坪井くんを隠さず見せてね。不安な時はその都度伝えるから、私が、大好きって」
真衣香が話し終わっても坪井は無言のままだし、真衣香といえば坪井の頭を撫で続ける己の手をいつ引っ込めればいいのかわからなくなっていた。
(ど、どうしよう!? 坪井くんていつもどうしてたっけ!?)
よく頭を撫でてくれる坪井を思い出すようにして頭の中をフル回転させる。
どう考えても一瞬だったように思えて、慌てて手をどけようとした。
「わ!?」
しかしその手は力強く坪井に掴まれて動かなくなる。
「もうやめる?」
「……え?」
「気持ちいーね。撫でられんのとか、どんだけぶり」
寂しそうな、どこか縋るような声に言葉を詰まらせていると「なーんてね」と、陽気な声が次には聞こえてきた。
見れば触れ合える距離にいた坪井はすでに人一人分ほどの距離をとっている。
「あー、派手にバラしといてよかった」
「派手に?って何を?」
すっかり空気を変えてしまった。
突然切り替わる声のトーンは、坪井の中でのスイッチなのだろうか。
すぐに聞き返した真衣香を見て坪井はさらりと言った。
「え? お前が俺の彼女だって」
「言ったっけ!?」
驚いて声を張り上げた真衣香を見て坪井は意地悪に口角をあげて楽しそうな声を出す。
「聞こえてるでしょ、普通に俺ら以外にも。同じフロアに二課の他の奴らも一課もいたし。てか社内なんて狭いし廊下でもこんなに騒いでちゃ明日には知れ渡ってんじゃないかなー、とか」
小野原と話すことで必死だった真衣香は失念していた。
フロア内はいくらパーテーションで区切られているとはいえ同じ空間だ。
共用の廊下なんて、もちろんのこと。
「ご、ごめん! 坪井くん知られたくなかったのに、ごめんなさい」
軽く頭を下げて、顔をあげた真衣香の目には驚き目を見開く坪井の表情
「知られたくなかったって、どっから出てきたの? 俺言ってないよね?」
「だ、だって言わなくてもいいかって、この間」
真衣香が言うと「いやいや違うから」と坪井は首を振った。
「そんなの、お前の許しが出るんなら隠したいわけないじゃん。 だって、俺基本的に思ったこと言っちゃう人間だし……」
いったん言葉を区切った坪井は、当たり前とでも言わんばかりの口調で続けた――
「まあ、何より虫除けになるでしょ? お前の日常の中で1番多いんじゃないの? 会社がさ、男との接点」