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――帰りの電車でひとり、これで最後にするからね。と、どこかで誰かに言い訳をしながらスマホ片手にネットを見ていた。
その画面を見ながら坪井との会話を思い返す。
『まあ、何より虫除けになるでしょ? お前の日常の中で1番多いんじゃないの? 会社がさ、男との接点』
――【社内恋愛の極意とは】
そんなタイトルで書かれた一行をタップすれば、何やらコラム記事らしきページに飛んだ。
【隠さず、騒がせ、手早く虫除け】
【なおこれを実行していいのは、騒がせた中でもしっかりと自分の彼女を守ることのできる】
【「抜け目ない男」】
【それに限るのでは】
それはよくよく見れば、『社内恋愛』とか『社内恋愛の揉め事』なんかで検索すればアレコレと出てきた中の、ひとつの文面だ。
「……抜け目ない男、かあ」
脳裏によぎる、坪井の笑顔。
(ふふ、たしかにそうかも)
そんなところも好きだな、と。
真衣香の胸は踊った。
守るとか口先だけ、と苦虫を潰すような顔で語った先程の坪井を思い出す。
けれど、そうではない、決して。
真衣香がしゃしゃり出ても出なくても、結果的に坪井は小野原や森野の悪意から真衣香を遠ざけることができたんだろう。
その後も変わらず二課のホープでいたんだろう。
しかし、真衣香はその抜け目ない男の、痛みを透けて見たくなった。
何かを見ないようにして抜け目なくなったって傷は確かに積み重なっている。
頼りなく揺れた声を、想った。
「ふふ」
すると、思わず漏れてしまった小さな笑い声は間隔のある隣に座る人には聞こえていないようだった。
(坪井くんのことばっかり、考えてる、私)
恋は盲目という。
その盲目さは、滑稽なだけなのだろうか?
真衣香は違うと思っていた。
何も見えなくなるほどの熱く深い恋があるから。
ずっと先を歩き続ける、愛、なんてものに変化できるほどの蓄えをすることができるんじゃないかって。
(……って、これも絶対優里に笑われるやつ)
真衣香は恋愛初心者だ。
真逆の坪井。
そんな彼の抜け目ない笑顔。
垣間見せる、そうじゃない顔。
いつの日か全てを知ってみたいのだけど。
想うだけではダメだと知った。
恋は育つものだと知った。
人も恋で育つと知った。
そんな一日だった。
そんな夜だった。
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