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「う~ん……
そこは何とかなんねえかなあ、シン」
「ですから私も、こうして相談に来たわけで……」
公都『ヤマト』―――
冒険者ギルド支部の支部長室で、
私はいつものギルドメンバーと、ある事について
話し込んでいた。
ギルド長はソファに深く腰掛け、両ひざをつかむ
ようにして悩み、
次期ギルド長は両腕を組み、その妻の女性も
指先をアゴにくっつけるようにしてうなる。
「シンさんのあの『1年契約』……
『公都ヤマトから離れてはならない』、
でしたっけ」
「近場ならともかく―――
今回は他国ですからね。
魔狼たちについていく、となりますと……」
あの鬼犬を倒した後―――
それをクロム様の開拓地へ運んで献上。
また、今回はあくまでも様子見のための一時帰郷
だったので……
クロム様へ、魔狼とパートナーとなった方々―――
彼らはいずれ魔狼ライダーとして開拓地へ移住する
旨を伝え、
ルクレさんとティーダ君はチエゴ国へ帰国。
公都組もいったん帰還する事になった。
そこで問題として浮上したのが……
仕事の契約である。
基本、公都『ヤマト』で私か冒険者ギルド関連で
働く人たちは、たいてい『一年契約』を結ぶ。
週四回程度の依頼を行えば毎月定額が支給され、
さらに各種手当や保障、ボーナスがつくのだが、
当然制限もあり―――
その一つに、『公都ヤマトから離れない事』
というものがあった。
もちろん、一時的な離脱は認められている。
故郷に帰ったり、私用で遠出する事は十分
考えられるからだ。
だけど今回、魔狼の故郷はクワイ国……
あの開拓地へ移住ともなれば、当然契約は
打ち切らなければならない。
「まあ仕事と恋人どっちを取るかって
言われたら、恋人を取るでしょうけど」
「あっちでも同じような契約をしてくれりゃあ
いいんだが―――
そんな余裕のあるところばかりでも無いしなあ」
ジャンさんがガシガシと頭をかきながら、
眉間にシワを寄せる。
「何かいい手は無いッスかねえ」
「せめて生活が安定するまでは……」
レイド君とミリアさんが、夫婦で考え込む。
そこまで面倒を見なければならないのか?
という考えもあるだろうけど……
これには『国策』も絡んでいて、
亜人や人外との協調路線を連合国で打ち出している
今、その最先端であるウチが水を差すような動きは
出来ないという事情もあった。
と、そこへノックの音が響き、
「どなたですか?」
「おう、ライオットだ。
入ってもいいか?」
冒険者ギルド本部長にして―――
前国王の兄、ライオネル様がやって来た。
「あ~……
なるほどねえ。
国外へ出て行くんだものなあ。
そりゃ厳しいか」
彼を加え、今回の件について改めて話し合う。
「だが、あの国際会議で―――
各国で同盟を結び、人間以外の種族にも
寛容・協調を示したのは事実だ。
そこへ来て、結婚相手が見つかったから
解雇するっていうのはちとマズイな」
「だから悩んでいるんだろうが。
何かいい考えはねぇのか?」
王族であるライさんに物怖じせず、ギルド長が
聞き返す。
「シンさん、シンさんのいた世界では、
こういう事って無かったッスか?」
「レイド、あなたねえ……
いくら何でも」
褐色肌の夫の発言を、丸眼鏡の妻が
とがめるが、
「出張や出向というのはありましたね。
海外や他国へ出向く際、所属はそのままで、
あくまでもこちらから出向いているだけ
ですよ、という感じに」
「ほう?」
興味深そうに本部長が身を乗り出してくる。
しかし、
「それでもなあ。
ゆくゆくは魔狼たちと一緒にそこに骨を
うずめるんだろうよ。
その条件だと、帰る前提って事だし―――」
と、まだ言葉を続けようとした支部長を、
片手でライさんが制し、
「いや、例外って事もあるだろ。
例えばシン、お前さんの世界で―――
出向いている最中に事故だか災害だかで、
帰れなくなった場合は?」
「それは不可抗力ですからね。
現地滞在が伸びても仕方がないと
見られます」
それを聞くと、ライさんは頭の中で高速で考えを
まとめているのか、両目を閉じて黙り込み……
十秒もすると目をカッと見開いて、
「おし、しばらくはシンの言う出向って形を
取ってくれ。
何せ開拓地だし、魔物の襲撃や災害があっても
おかしくはないだろう。
その間にクワイ国、チエゴ国を通して、
あちらに移住しても待遇を落とさないよう、
便宜を図ろう」
さすが王族。
各国とスムーズに意思疎通が出来るという、
特権を惜し気も無く使ってきた。
これで魔狼たちの問題は一段落つくだろう。
「ところで、本部長はどうして公都に
来たッスか?」
「何か王都に問題でも」
そういえばその事を聞くのをすっかり
忘れていた。
レイド夫妻の質問に彼は手を振って、
「いや、そんなんじゃねえよ。
シンに用事があって来たんだ」
「私に?」
聞き返すと、彼はフトコロから一通の
丸められた書状をテーブルの上に置いて、
「何だそりゃ?」
「アイゼン国からの書簡だ。
ウィンベル王国と最恵国待遇を結んでいる、
ライシェ国経由で来た。
まあ、読んでみてくれ」
そこで私はその書面を広げ―――
全員、目を通し始めた。
こうして諸々の問題はあったものの―――
魔狼たちの里帰りに関しては無事に終了し、
同時に、別の案件を抱え込む事になった。
「というわけでロウさん。
魔狼たちのパートナーとなる人たちは、
しばらくは公都からクワイ国の開拓地へ
『出向いている』という形を取って
もらいます。
王族も絡んでおりますので、話自体は
決定と見ていいかと」
「何から何まですまぬ、シン殿」
私の話を聞いた、漆黒の短髪を持つ男性が
頭を下げる。
冒険者ギルドでの話し合いが終わった後、
私はクワイ国の魔狼の長、ロウさんに
自宅の屋敷まで来てもらい、経過を説明していた。
「てか、アタイまでいいのかい?
そんな重要な話聞かせても」
そして彼の隣りには……
あの元盗賊の女頭、ノーラさんが座っていて、
「どうせ妻になるんだから、問題ないでしょ?」
「夫と情報共有するのは基本じゃぞ?」
「ピュウ」
メルとアルテリーゼの言葉で、彼女は少し
赤面する。
あの後、クロム様の計らいにより―――
彼女は開拓地の一員として、
『いずれこの地に住む事になる魔狼たちに
同行し、何が必要になるのか情報収集
して来て欲しい』
という任務を直々に与えられ……
公都『ヤマト』まで同行する事に。
「しかしユキさんはうまい事やったねえ」
「それだけ、惚れた男の側にいたかったので
あろう」
そう、それと引き換えというわけではないが、
ロウさんの妹、ユキさんは―――
『開拓地に移り住む魔狼たちの代表』として、
魔狼に対する住人の質問や意見調整に応える
役目となり、クロム様の元に残る事になった。
「まあ、遠くない内にまたクワイ国へ行く事に
なると思いますから……
それまでは公都でゆっくりしていってください」
すると、赤髪を逆立てたような髪型のノーラさんは
ポリポリと頬をかいて、
「ていうか、公都が元だったのか。
あの開拓地でも、急に食生活や風呂トイレが
充実したかと思ったら」
すると同じ黒髪の、セミロングとロングの妻二人が
ニヤニヤしながら、
「たいていはシンが考えたものだからねー」
「元をたどれば我が夫にたどり着くのじゃ」
「ピュッ!」
なぜかラッチまでが誇らしげに、シッポを
ピン! と立てる。
「では、我らはこのへんで……」
と言ってロウさんが席を立とうとした時、
「あ、ノーラさん。
お風呂入っていかない?」
「え? えっと?」
メルの唐突な提案に、彼女は困惑した声を
上げるが、
「ここはドラゴンも入れるようにした、
広いお風呂でのう。
魔狼たちとの共同生活において、
何らかの見本となるであろう」
アルテリーゼもまた、入浴を促す。
『広いお風呂』というワードに心を動かされた
のか、ノーラさんは彼氏である男性をチラ、
と見つめ、
「そういう事なら入らせてもらいなさい。
行っておいで、ノーラ」
「あ、ありがと」
そう彼女が答え、女性陣三人は退室し、
後には私とロウさん、そしてラッチが残された。
その後しばらく、私とロウさんは雑談に
興じていたが、
「しかし、人間の女性というのは―――
よく一緒にお風呂に入るのか?」
ふと、入浴しにいった彼女が気になるのか、
彼は私に聞いてくる。
「そもそも入浴施設は男女別になっていますが、
男性・女性ともに情報交換の場になっている
事もありますね。
それにまあ……
男同士、女同士でしか話せない事もあるで
しょうし」
「そういうものか?」
群れで暮らす彼らにはピンとこないのか、
ロウさんは首を傾げるが、
「……ロウさんは兄として、ユキさんに
『女にそんな事聞かないでください』とか、
『無神経です』って言われた事は
ありませんか?」
「あー、そういう……」
いくつか心当たりがあったのか、ばつが悪そうに
彼は頭をかき、
なぜかぺちぺちとラッチがしっぽで叩くのを
私が止め―――
その後はお酒や食事の話をしながら、女性陣の
帰りを待つ事にした。
「上がったよー」
「今日もいい湯であった」
小一時間後……
体から湯気を出しながら妻二人が戻って来て、
「……あ、ども。
お風呂頂きました」
のぼせたのか、耳まで真っ赤になった
ノーラさんが二人の後ろからついてきた。
彼女はそのままロウさんのところまで行くと、
その片腕に手を回し、
「ゆ、湯冷めしないうちに帰りましょう?」
ノーラさんが彼にそう言うと、
「うん、その方がいーよー。
まだ暖かいうちに、ね……♪」
「そうそう。
女性に取って体を冷やすのは毒じゃからなあ」
メルとアルテリーゼも彼女の言葉に同意する。
「む、そうか。
ではシン殿、お邪魔した。
これで失礼する」
「お気をつけて」
こうして、ロウさんとノーラさんのカップルは、
屋敷から去って行き―――
その時の妻二人の表情から、また『女子会』を
したんだろうなあ、という空気を感じ取り、
その事について言及はしなかった。
「さてと……
次は、ラミア族の方に顔を出さないと」
独り言のようにつぶやくと、メルとアルテリーゼが
反応し、
「あー、アイゼン国から来た依頼?」
「確かラミア族に似た亜人がいるから、
調査を兼ねて来て欲しい……
という事だったかの」
「ピュッピュッ」
そう―――
ライさんが公都へ来たのは、そもそも
その件が目的だった。
アイゼン……正式にはアイゼン王国という
らしいが、その国に巨大な湖が存在し、
その湖に半人半蛇の亜人が住んでいる、
との情報があり、その調査をしたいと以前から、
ウィンベル王国側から打診していたのだ。
そしてその返事は―――
人外・亜人に対し協調路線を取っている今、
すでにラミア族と交流経験のある我々を介して、
アイゼンとしても彼らと友好関係を持ちたい、
との事だった。
「人選はどうするのー?」
屋敷内に戻り、家族と雑談がてら話す。
「出来ればニーフォウルさんに来て欲しいけど……
ラミア族の長だし、そうそう連れ出すわけにも」
「エイミさんかタースィーさん―――
が、妥当なところかのう。
ミナハさんはカップルになったばかりだしのう」
「ピューイ」
ふむふむ、と彼女たちの言葉にうなずく。
「確かに、エイミさんが適任かな。
お母さんが人間だし父親が長で―――
アーロン君という交際相手もいるし。
その護衛としてタースィーさんにも
同行してもらえれば」
こうして、具体的に話を詰めた後……
ラミア族の住む湖まで行って、まず話を通す
事になった。
「向こうへ着いたらこの手紙を渡してくれ。
ウィンベル王国代表として扱ってくれるはずだ」
数日後―――
公都『ヤマト』の冒険者ギルド支部、
その応接室で、
アイゼン王国行きのメンバーはライさんから
書面を受け取った。
「はい。ラミア族の長代理として、
アタシ、エイミと……」
ブラウンのロングヘアーに卵型の顔の、
幼さを感じさせる少女に、
「護衛として私、タースィーも参ります」
エイミさんよりはやや明るめの色の長髪に、
狐のような細面の女性が答える。
ロウさんとノーラさんを屋敷に招いた翌日、
私たちはさっそくラミア族の住処の湖へ。
そこで長・ニーフォウルさんと―――
妻の母エイミさん、娘エイミさん、アーロン君、
そしてロッテン元伯爵夫妻に事情を説明し、
正式にラミア族から、娘エイミさん・
タースィーさん・アーロン君が派遣される
事になった。
『我が新生『アノーミア』連邦は、
アイゼン王国と最恵国待遇を結んだ。
その連邦国の一員の血を受け継ぐ者が
出向くのも、何かの縁だろう』
と、彼女のひいお爺さんである
ディアス・ロッテン元伯爵の勧めもあり、
あっさりと選定は決まったのである。
「でもこう言っちゃなんだが―――
エイミさんは一度誘拐されかけているよな?」
「あー、確かそうッスねえ」
「よくご両親や元伯爵夫妻が認めて
くれましたね?」
ギルドメンバーが疑問を口にするが、
「あの、シンさんも同行するって言って
くださったのが良かったんじゃないかと」
エイミさんと一緒にいたグリーンの短髪の少年、
アーロン君も話に入る。
「それはあるかなー」
「自動的にメルっちもドラゴンもついていく事に
なるしのう」
「ピュッ」
それを聞いたライさんとジャンさん、
レイド夫妻が、『あー』と納得する。
「じゃあ、ワイバーン騎士隊の一人を案内役に
つけるから―――
その先導に従ってくれ。
直接アイゼン王国へ向かう事になるが、
よろしく頼む」
そして私たちはギルド支部から外に移動し―――
「シン殿!
今回、アイゼン王国までのご案内を務めます
クロウバー・メギ公爵です!
その節は本当にお世話になりました!
僕が、いえこのわたくしが初代ワイバーン騎士隊
隊長になれたのも―――
貴殿の後押しがあったからだと聞いております!
今後とも是非ご薫陶のほどを……!」
そこで先導役のワイバーンライダーの人と、
顔合わせする事になったのだが……
まだ二十代そこそこと思われる、短めの金髪に
掘りの深い顔をした美青年が、ブンブンと私に
頭を下げる。
確か、王都で行方不明になったシーガル様、
そして拉致された子供たちの救出作戦の際―――
後から手柄を横取りしようとし、それで王族である
ライさんにこっぴどく怒られたと聞いている。
(■68話 はじめての にげきり
■70話 はじめての みまわり(じょうくう)
参照)
その後、新たに作る王都の児童預かり所のため、
払わせた寄付金に応じてワイバーン騎士隊に
なっていたと聞いたけど……
そういえば、騎士団のトップは侯爵か公爵家
以上から選ばれると聞いた事がある。
新たに設立されたワイバーン騎士隊もそれに
倣っての事だろう。
「初代隊長になられたのですか。
それはおめでとうございます」
私が返礼で頭を下げると、
「よ、よしてください!
『万能冒険者』殿に頭を下げられては、
こちらの立つ瀬がありません!
どうかこれからもメギ公爵家を―――」
そこでトップオブ貴族であるライさんが、
彼の肩をつかみ、
「いい加減にしてくれ。
その隊長様がまず空に上がらないと、
誰も飛べないだろうが。
それに公爵様がこの中で一番身分が高いんだ。
あっちに行ったら、お偉いさんとの話は全部
お前さんの責任においてする事になる。
それはわかっているんだろうな?」
ライオット―――
その正体は前国王の兄、ライオネル・ウィンベル
だと知っている彼は思わず姿勢を正し、
「わ、わかった。
それでは行ってくる。
ライ……オット殿」
さすがにそれ以上の時間遅れは許されないと
察したのか、彼は急いで自分の愛騎へと
早足で去っていった。
その後ろ姿を見送る冒険者ギルド本部長は、
はあ、とため息をつき、
「まったく……
本当はシーガルのヤツが来たがっていたんだが、
あいつが隊長権限でその役を奪ったんだよ。
そういうところは直ってない。
まあ、あれが隊長やっているのも後わずか
だから、大目に見てやってくれ」
「え!?
ク、クビですか!?」
ライさんはそれを聞いて苦笑いしながら、
「いや、そもそも騎士団は跡取りはなれないんだ。
次男とか三男とかで構成されている。
ただクロウバーは騎士団に入った後、跡継ぎが
急死してな。
それで公爵家の方から彼を戻してくれって
要請が来ているんだ。
初代ワイバーン騎士隊・隊長の名誉を引っさげて
当主になるんだし、後任は多分シーガルだろう。
まあ混乱はしないと思う」
そう話し合っている私たちの前で、彼が乗った
ワイバーンが空へ羽ばたき、
「それじゃ、行ってきます」
「おう、気をつけてな」
一緒に来ていたギルドメンバーの方々に
手を振ると、アルテリーゼの『乗客箱』へと
乗り込んた。
「……しかし、あちらにいた時にも聞きましたが、
ラミア族は別地域の同族との交流はしないんで
しょうか」
飛び立ってからしばらくして―――
雑談混じりに私は、エイミさん・タースィーさんに
率直な疑問をたずねる。
「聞いた事はないですね。
ただ、パックさんのお話では、どうも私たちは
温度変化に弱い種族のようですので、
活動場所も限定されるのでは、と言って
ました」
「長老たちもあの場所は相当長く住んでいた
みたいで、いったん快適な場所を見つけたら、
そこから離れるのは難しいのでは、と」
ふむう、と納得しながらうなずく。
確かに彼女たちは当初、熱いお風呂は
ダメだったし―――
子供たちも夏の暑さにやられていた記憶がある。
それだけに一度、生活に適した場所を見つけたら、
そこから動けなくなるのだろう。
「そういえば、アーロン君はもう
ラミア族との生活には慣れた?」
エイミさんにしがみつくようにしている、
身分上は彼女の奴隷の少年に声をかける。
「はい。水中と言っても人間の暮らしと
ほとんど変わりありませんし……
地上には伯爵家の別荘もありますから」
かなり当初から優先的に技術移転していたし、
生活水準は相当なものになっているだろうな。
洞窟の中で火は大丈夫かとも思っていたが、
そこは彼らの知恵で―――
調理場は大きい場所で、上に無数の通気孔が
存在し、
さらにその先の地上は木々が生い茂っており、
煙は葉っぱに阻まれ目立たないという。
水魔法の温度をある程度制御出来る人がいれば、
お湯から料理出来るのであまり火も使わない。
焼く料理さえ控えれば、ほとんど地上の生活と
遜色ないらしい。
「んー、じゃあ特に問題とかはなさそう?」
メルが何気なく話を振ると、ラミア族の
二人は目を反らし、
「あー……
えっと、人間を入れて男の比率が上がり
ましたので。
男女共に、前の世代にとてもうらやまし
がられたり……とか?」
「まあ私も既婚ですので、複雑といえば
複雑ですけど」
『それは何と言ったらいいか……』
「ピュウ」
伝声管から、アルテリーゼもちょっと言葉が
見つからないという感じで伝えてくる。
「そ、そうですか。
ところでアラクネのアウラさんの糸は
もうご覧になりましたか?」
「あ、見ました見ました!
アレ、魚を捕まえる道具にも使って
いるんですよね?」
「あの釣竿とかいう魔導具、こちらの湖でも
使えたら、なんて」
こうして微妙な空気を振り払うように、何とか
他の話題や雑談を振り―――
アイゼン王国へと空路を進んでいった。
「ここですか……
大きい、なんてものじゃありませんね」
「ウチの湖の3倍はありそう」
「探すだけでも一苦労しそうですが」
私とエイミさん、タースィーさんは目の前の
湖に圧倒されていた。
アイゼン王国に到着後、出迎えや王家への
折衝は全て公爵様に押し付け―――
もとい、代表責任者にお任せし……
一日の休養を取った翌日、私たちは現場へと
やって来ていた。
ラッチとアーロン君は王宮に預かってもらうという
話も出たが、見合いや婚姻の話が出ても厄介に
なるので、同行させている。
「ド、ドラゴンに運ばれたのは初めてです。
まさか噂が本当だったとは―――
そ、そしてここがアイゼン王国でも一番大きな
湖であります」
案内人に、アイゼン王国からも調査隊を
組んでくれたのだが……
空を飛ぶのは初めてだったのか、彼らの顔色は
真っ青だ。
「大丈夫ですか?
少し休んでからでも」
二十代後半くらいと思われる若者―――
確かアルルートという名前だったか。
彼がこの調査隊のリーダーだと言っていたが、
首を左右に振って、
「いえ、平気です。
それではさっそく、目撃情報が多い場所へ
移動しましょう」
そして彼は部下に指示を出し、歩き始めた。
「ここです……
この辺りで、そこのお嬢さんたちに似た、
亜人が現れるとの事で」
調査隊のメンバーは二人のラミア族の女性を見て、
状況を説明する。
向こう岸まで十キロメートルはありそうな
その湖畔で、私たちは周囲を見渡し―――
「いないねー」
「まあいるのは水中であろう?」
「ピュッ」
家族が口々に感想を漏らし、
「アタシたちと同じ種族であるのなら、
同様に水中洞窟を住処にしていると
考えられますが」
「水中って調査した事は」
エイミさんとタースィーの質問に調査隊の
メンバーはきょとんとして、
やがて言葉の意味がわかった順から、
首を左右に振った。
まあ普段なら水場どころか、住んでいる集落から
出る事自体が危険な世界。
そこは仕方がないだろう。
「申し訳ありません。
そもそも、この湖にはヴィードラという
魔物が出る噂がありまして」
「ヴィードラ?」
エイミさんの隣りにいたアーロン君が
聞き返すと、
「その、ここには亜人と共に―――
泳ぐのが早い四足歩行の獣のような
魔物がいると言われているのです。
ですから、情報があっても調査が進まなかった
わけでして……」
調査隊の一人が申し訳なさそうに語る。
「となると、シン」
「まずくないか?」
メルとアルテリーゼが同時に聞いてくる。
そういえば自分は魔力が無く……
それでいて成人男性ほどの体格がある。
だから魔物や獣から見れば、リスクゼロで
食いでのある獲物として―――
「エイミ姉さま、アレ何?」
「えっ」
アーロン君の言葉にエイミさんを始め、全員が
湖へと視線を向ける。
すると海のように大きく水面が波立ち、
「うおおっ!?」
「な、何だ!?」
水中から巨大な何かが飛び出したかと思うと、
私たちの後方へ着地する。
「……カワウソ!?」
そこには、地球でいうところのカワウソに良く似た
獣がいた。
しかしその体長はシッポを入れるとゆうに
八メートルほどもあり、
その顔は肉食のそれで、水から上がった全身の
水滴と共に、ダラダラと牙の間からヨダレを
垂らす。
「ででで、出たあ!!」
「こ、こいつがヴィードラか!?」
調査隊がパニックになる一方で、
「なんだ、ヒュドラじゃないのか」
フラグ回収が早過ぎるとも思ったが、まずは
相手が哺乳類系の魔物である事に安堵し、
「でも見事に、水場へ追い詰めるように
飛んできたねえ」
「そこそこ知恵はある、という事か」
冷静に妻二人が分析する。
そして調査隊の面々を見ると―――
「だっ、誰か攻撃魔法を!!」
「火球くらいしか使える者がおりません!
水中から出てきた魔物に効果は薄いかと……!」
「く、くそう!
せめて弓矢を持ってきていれば!」
ほどよく混乱してくれているので……
能力を使う分には問題ないだろう。
私は彼らの喧騒に紛れてぼそっと、
「それだけの巨体で―――
水陸ともに動ける哺乳類など、
・・・・・
あり得ない」
万が一水中に逃げられても厄介なので、
私は条件を追加して『無効化』させる。
「ギッ!? ギィイイイーーーッ!?」
多分、四肢全てが体重によって折られたのだろう。
激痛による叫びをあげて、ヴィードラとやらは
地面へとうつ伏せに倒れ込んだ。
「……へっ?」
「い、一体何が」
目を丸くして驚いている調査隊を横目に、
「メル、とどめを。
その後はアルテリーゼ、血抜きのために
湖まで引っ張って」
「りょー」
「ならばドラゴンの姿となって―――」
妻二人が私の指示に従おうとしたところ、
「エイミ姉さま」
「え? また何か……」
彼女の専属奴隷の声で、また全員が
湖の方へ振り向くと、
「……私たちが長年手を焼いていた、あの魔物を
易々と倒すとは。
この湖に住まう一族の女王として―――
心よりお礼を申し上げます」
そこには、上半身を水面から出した、
青い短髪の女性がいた。