テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「ま……人魚族、ですか」
「はい。
あなた方の言うラミア族とは、また異なった
亜人―――でしょう」
絵の具を溶かしたような、きれいな青い短髪の
女性は、申し訳なさそうに語る。
一応彼女には、水辺の手頃な岩に腰かけて
もらったのだが……
下半身は見事に魚のそれで、
「でもまあ、ウン」
「間違えても仕方ないのう、これでは」
「ピュウ」
同じ黒髪の―――
セミロングのアジアンチックな顔立ちの妻と、
ロングの欧米モデルふうの妻は、まじまじと
人魚の女性を見つめていた。
「確かに、水中ならアタシたちと見間違えるかも」
「水上に上半身だけ出している姿なら……
まずわからないでしょうね」
童顔の少女と、狐顔の女性―――
ラミア族の女性二名も、メルとアルテリーゼの
言う事に同意する。
「も、申し訳ありません。
こちらの調査不足だったようで」
アイゼン王国の調査隊のリーダー、
アルルートさんが深々と頭を下げ―――
他のメンバーもつられるように視線を下へと
向ける。
「いえ、亜人と友好関係を築く、という方針に
変更はありませんから。
ですが、人魚族というのはこちらも初めて
でして」
ちら、と女王と称する彼女の方へも視線を送るが、
「あの魔物を倒したほどの強者―――
手を結べるというのであれば、こちらから
お願いしたいほどです。
女王・デルタの名において、一族を必ずや
説き伏せましょう」
彼女自身は乗り気のように言っているが……
それでいて、自分の一存では決まらないと
言外に伝えてくる。
「先ほども申し上げましたが、私たちは
ウィンベル王国から―――
こちらの方々は、この湖のある国、
アイゼン王国から来ております。
私たちは彼らの手伝いとして来ておりますので、
友好の意思があるのであれば……
まずはアイゼン王国からでお願いします」
一応、彼らの顔を立て―――
交流を結ぶのであれば、アイゼン王国を優先と
伝える。
デルタ女王は少し考えて、
「そちらも何か事情があるとお見受けします。
よろしければ、私どもの拠点……
住処にご招待したいのですが、いかがでしょう」
彼女の申し出にエイミさんとタースィーさんが、
「え? 水中……ですか?」
「私たちは構いませんけど―――
呼吸が出来る場所がありませんと、その」
ラミア族は水中洞窟を住処にしているだけあって、
その潜水時間は人間と比べ物にならないほど長い。
それを聞いたデルタ女王はクス、と笑って、
「それは大丈夫です。
農作物を育てる畑や、火を使う場所も
ありますので」
あ、そのへんはラミア族と同じなのか。
さすがにあっちは畑とかは無かったけど。
「全員、そちらへ行っても?」
私が聞き返すと、彼女は調査団へ視線を送り、
「少々お待ち頂けますでしょうか。
迎えを寄越しますので―――」
水中に拠点があるとなると、人間が自力で
そこまで潜るのは難しい。
それを察したのか彼女は、その言葉のあと
水中へと没した。
「ぷはっ!」
「この移動も久しぶりだのう」
「ピュッ!」
防水性の高い、動物の毛皮を使った袋から、
人間たちが次々と出てくる。
元々はラミア族の住処に同行する子供たちのため、
考案した方法。
念のため、持って来ていて良かった。
(■78話 はじめての せいれい参照)
ちなみに調査隊は半分が地上へ残り待機。
私たちの帰還を待つ事に。
(実際は、水中移動を怖がりちょっと揉めたので、
半数だけ来る事になった)
なお、倒したヴィードラとやらは友好の証として、
人魚族に献上。
後で料理して持ってきてくれるそうだ。
「では、改めて……
お礼を申し上げます」
そこは、ぐるりと水路を巡らせたような広間で、
その近くの水から上がった場所に、イスが設置
されている。
水中移動と陸上歩行、両用に適した施設、
といったところだろう。
そしてこの様式は―――
彼女たち人魚族が、水中のみを生活の場所と
していない事を意味している。
また、ラミア族と比べては何だが……
あそこを一戸建てとするならここは宮殿。
規模も様相も桁違いだ。
そこで女王が、側近や護衛と思しき者たちと
一緒に頭を下げる。
しかし、見事なまでに女王の周囲には、男性と
思われる人物がおらず―――
「ここまでのご案内と歓待に感謝します。
あのう、ところで……
人魚族には男性が少ないのでしょうか」
ぶしつけな質問とは思うが、物見遊山で
来ているわけではない。
聞くべきところは聞いておかねば。
「ええ。シン殿のおっしゃる通り―――
私たち人魚族は、男の数が少ないのです。
この湖には一族が500人ほどおりますが、
男性は50人を超える程度しか……」
するとラミア族の二人は顔を見合わせ、
「そこはウチと同じですね」
「水中に住む亜人って、偏りが出やすいん
ですかね?」
そこで女王デルタの視線は、ふとエイミさんの
隣りの―――
グリーンの短髪をした少年に向かう。
「その、ラミア族の隣りにいる……
人間の少年ですが、どのようなご関係で?」
すると問われた当人、アーロン君が、
「僕はエイミ姉さまの専属奴隷です」
うん。その答えは正しい。正しいんだけど……
ああホラ、人魚族の皆さまが考え込んじゃってる。
そして困惑と混乱を呼び、
「に、人間の男を奴隷にしてもいいの!?」
「どゆ事!? どゆ事!?
どゆ事!? どゆ事!?」
「おおお落ち着きなさいっ!
我ら人魚族はうろたえない……っ」
いろいろとひとしきり口々に言葉が出た後、
女王が片手を振って場を制し、
「え? ええと?
姉さまという事はあなたは弟で……
でも人間で姉がラミア族?」
「あのすいません。
そこはちょっと込み入った事情がありまして」
そこで私は妻たちと一緒に、状況の説明に
追われる事となった。
「そ、そうですか。
エイミ殿自身が、人間とラミア族の
ハーフであると」
「はい。彼女の母親がある貴族でしたので……
アーロン君を保護する際、庇護下に置くと
いう理由で、名目上奴隷にしただけです」
そこでようやく場は静まり、彼女たちは
冷静さを取り戻す。
「も、申し訳ありませんでした……
何せ男性の確保は一族、種族に取って
死活問題でもありましたので」
デルタ女王が謝罪するように頭を下げる。
まあ気持ちはわかるけどなー……
話を聞くに、やはりというか彼女たちも極端な
男女比率になっていて―――
男たちは慢性的に不足しており、保護という名の
半強制的な監禁状態にあった。
外出や狩りなどの危険な行為は禁止で、それらは
全て女性がやる。
ラミア族とは異なり、人数的に余裕があるから
徹底して一族で男は隔離・管理されているのだろう。
そんなところへ、オスが調達可能という例を
見せられたら。
それを『購入』で解消出来るとしたら。
迷う事なくそれを選択するに違いない。
「あ、でもアーロン君とは結婚するんだよね?」
「互いに好き合っておるであろうし―――
それは自然の流れであろう」
「ピュ!」
やめてメル、アルテリーゼ。
せっかく鎮火したところにダイナマイトを
ぶち込むような真似を。
ああホラ、人魚族の皆さん目が血走ってる。
獲物を狙う狩人の目になってる。
私の焦りに気付いたのか、両隣の妻二人は
耳打ちしてきて、
「(シンー、こう言えば絶対ノってくるって)」
「(あちらとしても長年の問題を解消出来るので
あれば―――
万難を排して友好関係を結ぶであろう)」
あ、なるほど。
話をサポートしてくれていたのね。
私は頭を切り替えて、
「ラミア族だけではなく、各種族との結婚も
今は進んでおります。
ワイバーンの女王は、マルズ国の王子と
婚約しましたし……
フェンリルの女性は獣人族の少年と、
魔狼たちもすでに何組か子供も出来ております。
異種族との婚姻に抵抗が無ければ、
人魚族とも可能かと―――」
人魚族サイドがさわつき始め、その中の一人が
片手を挙げて、
「わたくしたちのような亜人ならともかく、
ワイバーンやフェンリル、魔狼がどうやって
人と結婚を?」
まあもっともな疑問だろう。
そこでこちら側の亜人たちが口を開き、
「もちろん、人の姿になってです。
一定の条件があれば、人間の姿に変化
出来るようでして」
「ちなみに、そこのアルテリーゼ様は
ドラゴンです。
子供のドラゴンもいるでしょう?」
ラミア族二人の言葉に、彼女とラッチに
視線が集中し、
「た、確かにそのような説明は受けましたが」
「では、その方とその子は本当に……」
未だ半信半疑なのだろう。
そこでアルテリーゼは天井を見上げ、
「フム、このくらいの広さであれば大丈夫かのう」
と、席を立って広い場所に移動すると、
ドラゴンの姿となり―――
人魚族たちは彼女を見上げる。
「お、おおお……!」
「確かにドラゴン様……!
まさかこの目で見れようとは」
その姿を披露した後、人間の姿になった
アルテリーゼは私の隣りに戻ってきて、
「そして我は、この人間―――
シンの妻じゃ!」
「ピュイッ!」
と、両腕を私の片腕に回してきた。
「で、では本当に他種族との結婚が」
「デルタ女王!
これは是非とも、交流を認めるべきかと!」
人魚族たちが盛り上がる中……
私は完全に空気だった調査隊、そして
リーダーであるアルルートさんに視線を向けると、
「ええと、そういう事でしたらアイゼン王国側に
友好の意思を伝えてもよろしいでしょうか?
何か要求や要望があれば―――
それも追加して伝えておきますが」
やっと本来の役目を思い出したかのように、
彼は話を切り出す。
人魚族たちは彼の話を聞いて、何やら女王と
小声で話し込み始める。
やがて話がまとまったのか、デルタ女王はこちらへ
向き直り、姿勢を正して、
「そうですか。では……
お願いがございます」
そして彼女たちから―――
『要望』が伝えられた。
二・三時間も経った頃だろうか。
地上で待機していた調査隊のメンバーは、水面が
泡立つのを見て身構えた。
しかしそれは人魚族の一団とラミア族で―――
そして運んできた袋から、話し合いに行っていた
人間たちも姿を現し、
「あ、アルルート隊長!」
「シン殿も!
それで、いかがでしたか?」
調査隊のリーダーは立ち上がると、
「あー……
調査隊の半数はこちらに残す。
俺も含め、若い方がいいだろう。
水中の施設はちゃんと空気もあり、
陸上と変わらない場所もある。
そこで人魚族との生活を体験して欲しい、
との事だ。
残りの半数は、いったん帰還してこの事を
報告せよ」
アルルート隊長の指示で―――
調査隊のメンバーは動き始めた。
「ねー、良かったのシン?
あれで」
帰りの乗客箱の中……
メルが私に問いかけてくる。
調査隊のメンバーに視線を向けると、
彼らも微妙な表情でうつむき―――
「まあ、大丈夫じゃないかなあ」
他人事のように答える事しか出来ない。
一応、向こうの要求としてはアルルート隊長が
説明した通り、
・人魚族の住処で暮らしてみる事。
・人魚族との生活を体験してみる事。
である。
ただデルタ女王の要求の中に―――
『未婚で若い方がいい』というのがあった。
曰く、その方が考えも柔軟で、異文化や
生活様式に早く慣れてくれるだろう……
そうもっともらしい理由を付けてはいたが、
つまるところ―――
『若くてイキのいいオスから寄越せ』
『結婚しているとあとあと面倒な事になるから、
出来れば未婚のヤツを』
という事だ。
『なに、食われはせんじゃろう』
「ピュ~」
伝声管から、アルテリーゼも実情をわかった上で
感想を伝えてくる。
「食べられはするかも知れませんけどね。
無理もありませんよ。
成功例を見せつけられちゃ……」
タースィーさんが、同じラミア族の少女と、
彼女にしがみつくようにしている人間の少年に
目をやる。
「まあアタシたちも……
気持ちは痛いほどわかるから~……」
アーロン君を抱きしめながら、エイミさんが
微妙な表情で答える。
「うらやましい、と言っていいのかなあ」
「隊長や他の連中、俺たちが戻るまで無事だと
いいけど」
アイゼン王国の調査隊のメンバーも、どういう
顔をしたらいいのかわからないのだろう。
複雑な表情をして……
こうして私たちは一通りの調査を終え―――
アイゼン王国の首都へと飛行を続けた。
「キャビンさん!」
「お久しぶりです、シン殿。
アイゼン王国まで来ていると、お話を
聞きましたので」
大人しそうな細目だが鋭い眼光を放つ、
二十代後半の男性と、私は再会していた。
彼は、私を暗殺しようと襲撃してきた部隊の一人。
(■126
はじめての げいげき(ひなんじょ)参照)
その後、同盟国の関係悪化を避けるため―――
『何も無かった』事にして送り返したのだが、
無事で何より。
「確か、湖に亜人族を探しに行ったと」
彼の質問に、今度は妻たちが身を乗り出し、
「ラミア族と思っていたんですが、人魚族でした」
「あ、でも友好的だったぞ」
「ピュイッ」
あの後、首都・ゼウレに戻った私たちは……
調査隊は報告をしに、私たちはメギ公爵様と
一度情報共有しようと、用意された施設で待機
していた。
そこへ、彼が訪問してきた形だ。
「公都『ヤマト』の児童預り所の子供たちも、
寂しがってましたよ。
たまには会いに行ってやってください」
「はは、機会があれば是非」
とりとめのない会話を、ラミア族の女性二名と
専属奴隷の少年はながめていたが、
「そういえば、公都でラミア族の方をお見受け
した事がありましたが―――
この首都ではご不便はありませんか?」
キャビンさんから質問されると、
「まあ、あそこは特化しているといいますか」
「比べる事自体、間違いだと思います」
その答えに、彼は苦笑いを浮かべ―――
つられてみんなも笑う。
この時私は、笑顔の下で別の事を考えていた。
今この場にいるアイゼン王国側の人間は、
キャビンさん一人……
ここで近況―――
『あの後、国に帰ってからどうなったか』
を聞いてみる事にした。
「あの時は慌ただしいお帰りでしたが、
お体の方は大丈夫でしたか?」
(訳:処罰を受けたりしましたか?)
私の意図を察したのか、彼は少し視線を
落としてから、
「……あー、それは大丈夫でした。
ただお偉いさんから頼まれていたお土産を
忘れたので、怒られそうになりましたけど。
それはもっと上の人が取りなして
くれましたので」
(訳:任務失敗を責められましたが、
もっと上の人(国王)が出てきて不問に
なりました)
ふむふむ、と私はうなずき、
『もっと上の人』って誰だろうなあ、と
考えていたが……
無事は確認出来たし、この話題はここまでで
いいだろう。
そう思っていると彼の方から話題を変えて、
「そういえば、王太子様の話をご存知ですか?」
「王太子様?
アイゼン王国の、ですか?」
太子といえば、王位継承第一位―――
つまりは次の王の事だ。
何かあったのだろうか。話の続きを待っていると、
「何でも、ウィンベル王国の軍人の間で最近
流行っている、『ソンシの兵法』なる本に
没頭しているらしいんですよ」
あー……
別に他国への輸出を禁じていたわけでもないし、
最恵国待遇を結んだこの国に来ていても不思議じゃ
ないけど。
するとメル・アルテリーゼが、
「確かシンが書いた本だっけ?」
「そんなに広まっているのか、アレ」
「ピュウ」
家族の言葉を聞いて―――
キャビンさんは目が点になり、
「あの書はシン殿が……?」
「いえあの、故郷にあった本を私が思い出す限り
記しただけです。
だから私が考えた事では」
わたわたしながら話すと、彼はもともと鋭い
眼光を、より一層光らせて、
「……王太子様、あの本に心酔していますからね。
もし本に関わっている者がいると知ったら、
飛んで来るかも知れません」
(訳:バレたら超面倒ですよ)
「ハハハ……
こちらはあくまでも調査に来ただけですし、
用事が済めばすぐ帰らなければなりませんので」
(訳:その前にとっとと退散しますわ)
お互い、やや疲れた表情になると、
そこにノックの音がして、
「シン殿、お待たせしました」
少しやつれた顔のメギ公爵様が、
部屋に入ってきた。
「お、お疲れ様です公爵様」
「大丈夫ですか?」
私とアーロン君が、同性として心配して声を
かける。
「あれ? お客様ですか」
キャビンさんの方へ声をかけると、彼は一礼して、
「いえ、以前公都『ヤマト』で、シン殿に
お世話になった者です。
シン殿が我が国に来たと聞きまして、
無理を言ってあいさつをしに、ここへ。
それでは失礼いたします」
すっ、と風のように退室したキャビンさんと
入れ替わるようにして―――
フラフラとブロンドの短髪をした、整った顔の
青年が備え付けのソファに腰かける。
「調査に行っている間、いろいろと対応して頂いて
ありがとうございます」
「いえ、それがわたくしの役目ですから」
妻二人が備え付けのお茶を出し、彼はそれに
口をつけ、ホッと息をつく。
「でも、今後の人魚族との接触、それに友好関係の
締結はアイゼン王国の仕事ですし」
「もうお忙しい事はないのでは?」
エイミさんとタースィーさんがメギ公爵様を
労うが、
「いえ、それがそうでもないんです。
実はウィンベル王国からある命を受けて
おりまして」
「え?」
そこで彼は、独自に任された命令について
説明し始めた。
「なるほど。
アイゼン王国におけるワイバーン騎士隊の
設立―――
同時に、範囲索敵の使える者を乗せての、
早期警戒技術の共有ですか」
「はい。亜人の調査が不調に終わった、
もしくは長引いた時にこれを切り出せと。
提供する事自体は決まっていたのですが、
どの段階で話をするかは、わたくしに一任されて
おりました」
渡す事は決まっている―――
その効果を最大限に引き出すタイミングは、
彼に任せる、という事か。
「でも、調査はあっさり終わって
しまいましたけど?」
メルが持ち前の空気クラッシュでツッコムが、
公爵様は首を軽く振って、
「いえ、むしろおかげで話はうまく進みましたよ」
と、彼はその時の事を語り始めた。
―――メギ公爵回想中―――
『人魚族との接触に成功したそうです。
調査隊の半数を残し、戻ってきたと』
彼とアイゼン王国の要人たちとの会合中に、
その報告が入り、話し合いの場はおおいに
盛り上がる。
『さすがはアイゼン王国の調査隊。
非常に優秀な人材が揃っているようですね』
『いやいや!
これも貴国の『万能冒険者』がいたからこそで
あろう』
互いに通り一遍の賛辞をし合った後……
彼は大仰に対峙した要人に向かい、
『これなら、密命を話しても良さそうです』
『密命?』
相手が聞き返してくると、公爵はずい、
と顔を近付け、
『アイゼン王国における―――
ワイバーン騎士隊の設立について、です』
対面に座っていた要人たち数名は、その話に
食い付くように身を乗り出す。
『あの、ウィンベル王国が史上初めて設立した、
ワイバーン騎士隊を!?』
『ええ。
我が国と最恵国待遇を結んでいるのは、
ライシェ国なので……
そちらが先、という事になりますが。
アイゼン王国もまた海に面しており、
海の向こうのランドルフ帝国に備えるため、
索敵技術だけでも渡しておくべき、と王族含め
上層部が決断しました』
そこで彼はいったん一息入れて、
『ただ、最終決定はわたくしに任せる、と
言われておりまして……
そして、これほどまでに調査が早く終わったと
いう事―――
また、視察させて頂いた各機関を見ても、
貴国は組織だった行動・運用において、極めて
高い能力を有していると判断します。
出来れば国王へ、ワイバーンを使用した
索敵技術の導入について、進言して頂きたい』
『わ、わかりました!
今すぐに!!』
―――メギ公爵回想終了―――
「……というわけで、アイゼン王国から
範囲索敵持ちを選出し、明日にもその
早期警戒技術を見せて欲しい、という
話になりました。
遅れてしまったのは、その予定を詰めて
いたからで……」
「お、お疲れ様です」
確かに、ランドルフ帝国は海の向こうから
やってくるだろう。
先に早期警戒技術と有用性を知ってもらう事は、
悪い話ではない。
「そこで、戻って早々悪いのですが……
出来れば、アルテリーゼさんの『乗客箱』で、
視察する要人たちを運んで頂けたら―――」
恐る恐る公爵様は話を切り出すが、
「まあ構わぬぞ。
別に高速で飛べ、という事でもあるまい?」
「ピュッ!」
彼女に続き、ラッチも片手を挙げる。
賛成って事なのかな。
ワイバーンライダーは今のところ彼しかいないし、
その後ろと『乗客箱』に範囲索敵持ちを乗せて……
効果を確認する感じか。
こうして私たちは―――
翌日に備える事になった。
「おお、そなたが『万能冒険者』か!
ワシのバカ息子が迷惑かけたみたいで
スマンな!」
「は、はあ。
気にしてはいませんから……」
次の日、私とメルは『乗客箱』で―――
アイゼン王国の要人たちを乗せ、ある程度
沖へと離れた海の上空にいた。
(ラミア族組は乗せる人数を増やすため、待機と
なった)
しかし、フランクに私の肩をバンバンと叩いてくる
この老人は誰なんだろうか。
お偉いさんには違いないだろうけど……
もしかしてキャビンさんのお父さんかな?
それともその関係者?
アイゼン王国関係者が迷惑をかけた、というのは
それくらいしか思い浮かばないのだけど―――
そう考えていると伝声管から、
『シン、メギ公爵から合図があったぞ』
と、アルテリーゼの声が聞こえ、
「ここらでいいでしょう。
では、範囲索敵持ちの方はお願いします」
近くを飛ぶメギ公爵様の後ろに一人、
また、『乗客箱』にも二名の範囲索敵持ちを乗せ、
上空でその能力を試してもらう。
要人たちが見守る中、彼らは意識を集中し、
「こ、これは……!」
「す、すごい!
恐らくこれは海上付近を飛ぶ鳥……
近くのワイバーンも確認出来ます!
この距離を考えますと相当遠くのものまで―――
これは索敵の革命です!!」
彼らの言葉に、おおお、と周囲から感嘆の
声が上がる。
「ふむ。これなら……
ランドルフ帝国がどこから上陸しようとしても、
すぐに探知出来るってわけか。
しかし精度を上げるのなら何体か必要だな。
交代で飛ばせば、見落としも減るだろうし」
さっき私の肩を叩いてきた、六十代くらいの老人が
窓の外を見ながら語る。
しかし、結構鋭いな……
索敵は交代制が基本だし、運用の核をついてくる。
もしかしたら軍のお偉いさんかも。
「……!?」
「な、何か海上に巨大な物体が!」
そこで、範囲索敵持ちの二名が動揺した声を出す。
要人たちが窓から海を見下ろすと、何やら
触手のようなものが見え―――
「あれは……クラーケン!?」
「伝説の魔物……
まさか本当にいたとは」
遥か上空にいるので、細かく確認は出来ないが、
確かにあの形は地球でいうところのイカ。
恐らく体長二十メートルほどはあるだろう。
「いや、まさかあんな魔物まで
見る事が出来るとは」
「船では会いたくありませんのう」
さすがにこんな上空では、恐怖も感じないだろう。
しかし、
「……!
クラーケンの周囲に感、多数!」
「これは……
何者かが戦っている……!?」
一体何が、と思っていると、
『シン!
どうやら、人魚族が戦っておるようじゃぞ!?』
「ええっ!?」
慌てて私も海面を見てみると―――
確かに、昨日会った人魚族と思しき方々が、
巨大な魔物相手に戦っていた。
「シン、ちょっとボコってきたら?」
「いやメル。
確かに助けるけど、その、言い方が」
そこで私は、『乗客箱』の天井に設置されている
天窓を開けた。
何らかの事情で、アルテリーゼの背中に移動する
時のため―――
彼女の背中まで、縄梯子のようなものが設置
してあり、それを伝ってメルと一緒に上まで移動する。
彼女がついてくるのは、万が一私が落ちたら
その救出をするためで……
何も言わずとも、そのためについてきてくれた。
二人でアルテリーゼにまたがる形になると、同じく
上空を飛んでいるメギ公爵様に片手を振って合図を
送り、下にいるクラーケンを倒す意図を伝える。
そして『乗客箱』ごと、クラーケンのいる海上に
高度を落としていき、
やがて近付くにつれて、状況もわかってきた。
人魚族たちは『風刃』や『石弾』を使って
応戦しているようだが……
あの巨体相手では分が悪い。
私は『無効化』のための条件を頭の中で
整理し始める。
巨大イカ―――
確かに、非公式ではあるが、地球でも最大の
体長はそれくらいに達すると言われている。
しかし海上でも、となると……
そうはいかない。
確かに水中は、生物の巨大化を助ける。
重力による縛りがなくなるからだ。
だが、気圧というものがあるように、水中にも
水圧というものがある。
それに耐えるようにするためには、体内を液体で
満たすのが効果的だ。
もちろんそれは水中、深海に特化したもの。
それが海面近くまで上がってくるとどうなるか。
水圧から解放された体は、水圧に耐える構造に
特化していた利点が、逆にデメリットとなり―――
液体で体内から外部に向かっていた力は、そのまま
外へと向かう。
もちろん、ゆっくりと浸透圧を調整してやれば、
海面近くでも生きる事は可能だが……
深海と同じような機動力を保つ事は、
まず無理だろう。
どちらにしろ―――
「海上で、あのように巨体で……
素早く動ける軟体生物など、
・・・・・
あり得ない」
そう私がつぶやいた途端―――
「!?」
「こ、これは……」
クラーケンの触手全てが、大きな音を立てて
海面に打ち付けられ―――
人魚族たちは、その光景に何が起こったのか
理解出来なかったが、
同時に、空から一組の男女が落下。
水柱を立てて、やがて水面に顔を出し、
「すいませーん!!
それ、まだ生きていますから!」
「とどめを刺すなり何なりしちゃって
くださーい!!」
私とメルが、手を振って人魚族に声をかける。
「シン、殿……!?」
ちょうどその場にいた人魚族の女王・デルタは、
ようやくこれが人為的に行われた事だと理解した。