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 数日経ち、約束の日。


 美濃里さんが家にやってきた。玄関のドアを開けると、大きな袋を抱えて立っている。


「もう事前に買っといたから」


 そう言って袋から取り出したのは、ピザ、ナゲット、ポテトのセット。どうやらピザ屋で注文して、直接取りに行ってきたらしい。


「特にアレルギーとかなかったよね? えびとカニのハーフピザにしたから」


 さらりとそう言う美濃里さんを前に、私は心の中で言葉を飲み込んだ。もし甲殻類アレルギーだったら完全にアウトだ。普通なら事前に確認するものじゃないのか。


 それをせずに持ってくるあたり、この人とはやっぱり感覚が合わないんだろうな――そんな考えが頭をよぎる。


 それでも、彼女は子供たちを預けてきたらしい。今日は二人きり。この部屋で美濃里さんと向かい合うのは、なんとも不思議な気分だった。


 少し前までは、こんなふうに彼女と二人きりで食卓を囲む未来なんて、想像すらしなかったのに。


 けれど――少し、怖い。


 ふと、過ぎる考え。もしかして、何かのきっかけで美濃里さんに殺されてしまうのでは、と。荒唐無稽な思考かもしれないが、完全にあり得ないとも言い切れなかった。


 前回の、あの最悪の結末――謙太が自ら命を絶ったあのルートを経験してしまったからこそ、そんな想像を振り払えない。


 念のため、部屋にある鈍器になりそうなものをしまい、刃物類も引き出しの奥へ。ベランダの鍵も二重ロックする。

 二度も高所からの死を目の当たりにするなんて、そんなの耐えられない。


 それでも、高所への恐怖は拭えなかった。鍵を確認するだけで心臓がバクバクと鳴る。今でも、あの時の光景が脳裏に焼き付いて離れないのだから。


 ピザやポテトをテーブルに並べながら、私は自分の緊張を誤魔化すように息をつく。


 美濃里さんは変わらず淡々としていて、その姿を見ていると、こちらが気を張りすぎなのかとも思えてくる。


「……とりあえず今日は酒抜きで。まずは乾杯」


 彼女が手にしていたのはノンアルコールビールだった。私もそれに倣い、グラスを手に取る。


「乾杯」


 軽くグラスを合わせ、一口。微炭酸の感覚が喉を通り抜けていく。


 えびピザを手に取って口に運ぶ。けれど、美味しいはずのそれも、どこか味気ない。


「もっとガブリっていっちゃいなよ」


 美濃里さんが軽く笑う。


 そういえば、最近はヘルシーな食事ばかりだった。朝活を始めた影響で、揚げ物やジャンクフードを口にする機会はめっきり減っていた。ピザを家で注文したのも、結婚してからは一度もなかった気がする。


 だからこそ、この味に懐かしさを覚えるはずなのに、喉を通る感覚はどこか重い。胸の奥がざわついて、食事を楽しむ気分になれない。


――だって、これから話すのは、謙太のことなのだから。


「でさ、謙太……の事だけどさ」


 その名が出た瞬間、私は無意識に息を止めた。


 ピザを頬張りながら話すような内容なのだろうか――そんな疑問が浮かぶ。


 でも、美濃里さんの表情は、いつになく真剣だった。


「本当に申し訳ない……謙太、何も梨花ちゃんに言わずに結婚しただなんて。姉として、本当に、なんと謝ればいいか……」


 彼女は手を膝の上でぎゅっと握りしめ、うつむいた。


「美濃里さん……」


「私、不妊治療を続けてしんどい思いをしてたから……もう、他の人にはそんな辛い思いをしてほしくないって思っていたの。でも、まさか梨花ちゃんまで……本当にごめんなさい」


 その声が震えていることに気づくのと同時に、彼女の両目から涙がこぼれた。


 私は咄嗟にティッシュを手渡す。彼女はそれを受け取ると、思いっきり鼻をかんだ。


「……あの子は、本当にお父さんに似ちゃったのよ」


 そう言いながら、美濃里さんはスマホを取り出し、画面を私に向けた。そこに映っていたのは、一人の男性。


――謙太に、そっくりだった。


 建築家だと聞いていた彼。結婚の挨拶の時、結婚式の時――そのくらいでしか会ったことがない。でも、こうして改めて見ると、謙太の顔立ちは父親譲りだったのだと実感する。


「……お母さんがね、いわゆる産後うつで……謙太を産んだ後に、おかしくなっちゃってね。当時は『産後うつ』って言葉もなかったから、お母さんだけじゃなくて、私たち家族もすごく困惑したわ」


 産後うつ。


 最近、会社の同期のママさんや猪狩課長も、その言葉を口にしていた。自分をコントロールできず、子育てと仕事の板挟みになり、思い悩んだ話を聞いたばかりだった。


「お母さんはね……どちらかといえば、怒りに出るタイプの人だったの」


 私の親は逆だった。父が仕事のストレスを母にぶつけ、母はいつも泣いていた。


――謙太の家庭は、また違った。


「でも、お父さんはずっと笑ってたの。お母さんがどれだけ暴れても、ずっと……ニコニコしながら宥めていた」


 笑って。宥めて。耐え続けて。


「そして、謙太も……そうだったのよ」



美濃里さんの目に、また涙が浮かぶ。


「あの子はね、みんなを笑わせようとして、わざと面白いこと言ったり、ふざけたりしてたの。あの微笑みはね、家族を支えるために、生まれたものだったのよ……」


 私は言葉を失った。


 あの、謙太の微笑みは――。


あなたはそうやっていつも微笑んでいた〜タイムループで夫がクズ認定された件〜

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