物心ついた時、じいちゃんから弓を貰った。凄くかっこよくて早速使いたくて、父親に無理を言って狩りに連れて行ってもらった。その日、俺は獲物を仕留めた。連れていってくれた大人達は誰1人俺が仕留められるなんて思ってなくて、とても驚いていた。あんまりその時の事は覚えてないけど才能があるとか言ってた気がする。それからはよく狩りに連れていかれるようになった。断っても頑なにでどうしてか分からなくて。1人でいた時、悪魔が襲いかかってきた。それで仕留めた。その後は、毎回狩りに駆り出されるようになった。だけど狩りも好きだったけど遊びたくて。
ジーク「ねぇ、俺村で遊んでたい」
その要求は結局通らなくて、それから言わなくなった。じいちゃんはよく親父と喧嘩していた。俺の事で。子供なんだから遊ばせてやれだの、悪魔討伐の為には人手が足りてないんだの。そんなことを言い争ってた。
やっと1人で落ち着いてやれるくらい時間が出来た頃には、もう時が経ちすぎていて。ヒトは無意識に幼少期からサークルを作り始める。同年代とはもう馴染めなくなっていた。それが寂しくて。いつものように獲物を引きずって家で捌こうとしていた時だった。通りがかった家から子供の笑い声が聞こえた。
ジーク(この家に子供はいなかったはずじゃ…)
気になって高い高い窓から顔を出す。ちょっと足がずり落ちてる気がするが気にしない。中には、俺と同じくらいの子供がいて、凄く驚いていた。綺麗な服でお洒落してて、顔を黒い布で覆っていた。この家に元々住んで居た夫婦が唇に人差し指を当てる。だからてっきりお貴族様がお忍びで来てるのかなくらいに思ってた。もちろん、ちゃんと内緒にした。だってお貴族様のゴシップにはぶっちゃけ興味無い。…でもお貴族様とはいえ、同年代なら仲良くできるかななんて淡い期待を抱いた。それからは、深夜に窓から覗き込んで会話するようになった。話していて段々分かったことがある。その子の名前はアリィで、全然貴族じゃなかったこととか。じゃあなんで秘密にしなきゃいけないのかも失礼にも関わらず聞いた。
アリィ「…病気なんだ。」
そう答えていたから。まさか見つかっちゃいけないなんて知らなくて。ある日、アリィがある提案をした。
アリィ「いいもの見せてあげる。皆には内緒だよ。」
そうして閉じていた手を開くと、アリィの手のひらの上には、小さな星空が浮かんでいて凄く綺麗で気に入った。
ジーク「ねぇ、これ何?」
アリィは俺に耳打ちした。魔法、と。本来魔法というのは悪魔が使うもので絶対悪で。でもあんなに綺麗で害がないならいいじゃないかと深く考えもせず、布団に入ってもまだ思い出していた。
ジーク(また見たいなぁ)
そんなことを考えながら眠りについた。ざわざわと人の騒ぎ立てる声が聞こえる。狩人として、無理やり鍛えた気配の察知や聴力はこういう時邪魔をしてくる。何度寝返りをうっても寝付けず、仕方なく家の外に出る。
ジーク「少し運動すれば寝れ…るか…」
外に出て最初に見た光景は、火の海だった。俺の家に向かいにあった家。アリィが住んでた家が燃えていた。熱気が凄くて、上手く考えがまとまらなくて。辺りを見回す。子供は俺以外寝てるのか大人しかいない。でも誰も止めようともしない。大人の中に、親父の影を見つける。
ジーク「おや…!じ…」
あぁ。なんだアレ。なんで。親父にどういうことか聞こうとして、呼ぼうとして、そしたら親父の足元にアレがあって。…正直いまでもあまり話したくない凄惨な死体。ソレは胴体と頭が切り離されていて、まだ時間が経っていないのだろうか。僅かに動いているように見えて。それがアリィの両親の顔なんて付いてるから、訳が分からなくて。それを目の前で見ていたアリィは一体どんな気持ちだったんだろう。
凄く、どうしようもなく裏切られたようでやるせない気持ちになった。”掟”を破ったことも。”掟”を破っても何も言わない。むしろもっとやってしまえだの罵詈雑言を浴びせる大人に裏切られたようで。
狩人は命を狩る仕事で職業柄段々ヒトがどうやったら死ぬかも分かるようになる。俺達は人間だけで生きてきた訳じゃない。食われ食われつだ。だから無駄に苦しめないように、すぐに仕留める。それが命を刈り取る職業の責務で。それなのに今目の前に広がっている光景はどうだろう。抵抗したのか死体にはいくつもの傷があって。まるで楽しんで殺したような傷ばかりで。
ジーク(あ、そっか。)
ジーク「人違いか。」
誰1人こちらに気づいていない。ただ1人アリィを除いて。彼女は確かに俺を見据えていた。ただしなんの抵抗もなく。弓を構えた。2本、矢を構える。
ジーク(にしても…俺の両親に似たやつなんかいたっけ?)
ジーク「…どうでもいっか。」
手を離した。止めるものが無くなった矢は真っ直ぐ飛んで行った。そして2人、心臓を貫いた。周りの慌てる声が騒々しく聞こえる。
ジーク(何で自分達がやられたら慌てるんだか。)
殺しておいて死ぬ覚悟はないなんて。所詮狩人じゃなくて残虐者だったってことだろう。炎の中、飛び込む。誰1人気づく人なんていない。
ジーク「逃げよう。」
手を差し伸べる。アリィはただ見つめてくる。足元を鎖で留められていた。
ジーク「鎖が…」
アリィ「これくらい平気だよ。」
ジーク「でも…」
アリィ「…火を押し当てて。これはきっと安い低品質物だから、そしたら熱で溶けるから。」
ジーク「そ、れは…危ないんじゃ…」
アリィは真っ直ぐにこちらを見る。あぁ本気なんだと分かった。だから時間もなくて思い切りまだ燃えてない部分を掴んで業火に包まれた部分を押し付けた。アリィは何も言わなかった。でもあんなに大事にされていたことが一目で分かるくらい綺麗な肌が段々火傷跡に染まっていくのを見て、訳も分からず、涙が出てきて。
アリィ「大丈夫だよ。」
痛くて喋るのだって相当無理してるだろうに、ずっとそう囁いていた。やがて鎖は溶けてアリィが立つ。でもやっぱり痛いのか歩きづらそうにしていて。
「なんてことをするんだ!」
怒鳴り声が聞こえる。村長の声だ。ばんっと大きな音が聞こえてきて。燃えて弱くなった木の柱が崩れこちらに倒れてくる。
村人「村長!まだジークが居ます!アイツが死んだら誰が悪魔を倒すんですか!?」
村長「目の前の、悪魔を殺せるならこの際どうでもいい!」
そんな言い争いをしている間に、もろ当たりそうだったアリィを押し退けた。アリィには一切当たってない。自分も当たってはいなかった。全身は。どうなってる。顔が熱い。痛い。前が見えない。きっと右目に当たってしまったんだろう。誰がぐいっと俺の腕を引っ張るのを感じる。
村長「肉親を殺すだなんて、悪魔と同じだろう!何を庇ってる!」
どくんと心臓が跳ねる。違う、あんなの俺の親じゃない。あれは違う人で。誰かが左足を掴む感覚がする。
「ジ…………ク……」
ああ聞き慣れた声。なんてことしたんだろう。初めて、人を殺したことも。初めてが親だったことも。親が残虐行為をしていたことも何もかもが、気持ち悪くて、吐き気がして。
それからはどうやって村から出たのか分からない。混乱していて。
ジーク「…。」
パチリと目を開ける。
アリィ「起きた?ジーク、ずっと吐いてたから何か入れないと。これそこで見つけてきたんだ。」
ジーク「…あれから何が…」
アリィ「私がジークを引っ張って行ったんだ。勝手なことしてごめん。」
ジーク「いや。…いい。…肉親を殺したんだ。どうせ俺もその内指名手配者になる。」
アリィが手を差し出す。ここらじゃ珍しい毒のない実だ。
ジーク「これ…どこに…」
アリィ「私こういうの詳しいんだ。…色々聞きたいことがあると思う。黙っててごめんね。」
ジーク「いい…。むしろ俺こそ本当にごめん、俺のせいでアリィの足も、親も…きっと俺が毎晩アリィの所に遊びに行ってたから、それで…本当にごめん…」
アリィ「足はいいって。私が頼んだんだもん。ジークのせいじゃないよ。嫌がらせしてくる人が悪いんだから。」
嫌がらせ?あれは嫌がらせの範疇ですらない。
アリィ「うーんでも皆カンカンに怒ってたなぁ。指名手配申請は時間かかるから暫く時間はあるだろうけど…。あっ、お母さんとお父さんも連れていかなきゃ」
ジーク「…は……?」
アリィ「?」
ジーク「なんで…だってアレで生きてるはず…死んだはず…」
アリィ「ごめん、よく分からないんだけど…シンダハズって何…?果物?」
あぁ。この子は”死”が分からないんだ。
アリィ「にしてもあの手品凄かったね!また見たいなぁ!…ジーク?」
ジーク「…っごめん…本当に…ごめん…」
止めどなく、目から涙が溢れてきて。止まらなくって。
アリィ「…大丈夫。大丈夫だよ。」
まるで小さな子供をあやす様に、アリィは俺を抱きしめずっと大丈夫と囁く。
許されるはずないのに、アリィの傍にいると全てが赦されるような気がして。俺は贖罪の為にずっとアリィとずっと居て色んなことを教えてるんだなんて、本当はただの建前で。実際は、赦されたくてアリィにくっついて行ってる。ただの自己満で俺のエゴで。
…本当は分かってる。アリィにもう俺は必要ないことなんて。でもその優しさに甘えてる。いっそ俺を恨んで憎んで殺してくれればどれだけ良いか。
その日が訪れるのをずっと心の底で、拒絶を示しながらも待っている。
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