テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
町全体が、彼らの存在にざわついていた。
夏休みに田舎へ来た兄弟が、あまりにも周囲と違っていたからだ。
服装や話し方ももちろん違う。
しかし何より目を引いたのは、威圧的な黒い外国車が、常に彼らを守るように近くへ停まっていたことだった。
スーツを着た大人が、あの兄弟に頭を下げていた。
ふたりが吾妻財閥の会長の息子であることは、町の誰もが知っていた。
しそね町出身で、唯一全国に名を知られているのが吾妻一家だった。住民の多くは、それを自分たちの誇りのように感じていた。
だからこそ、近所の子どもたちは兄弟に近づかなかった。
ただ遠くから、じっと眺めるだけだった。
いくら努力しても届くはずのない、ピラミッドの頂点。
それが、兄弟の立ち位置だった。
下手なことをすれば、恐ろしい報復が待っているかもしれない。
そんな未知の恐怖が、自然と子どもたちを遠ざけていた。
埃ひとつかぶっていない黒い高級外車が、その象徴のように見えた。
勇太と勇信は、川沿いで遊んでいた。
中学生の堀口ミノルは、川の向こうからふたりをじっと見つめていた。
「あづま財閥っていっても、べつに特別なわけじゃないな」
兄弟の他愛もない会話を聞いたあと、堀口はそうつぶやいた。
それから立ち上がり、ふたりへ近づいていく。
堀口は、黒い高級外車を一瞥した。
約50m離れた場所で、車は静かに停まっていた。
「ねえ、東京からきたんだよね?」
堀口は兄弟に声をかけた。
「そうですけど」
兄の勇太が言った。
「君たち、あづまグループだろ?」
「どうしてそんなことを聞くんですか」
「ちょっと気になったから」
「気にしなくていいので」
勇太が鋭い表情で言った。
「さすがあづまグループだ。あんな怖そうな車も持ってるし」
堀口を警戒したのだろう。
勇太は、まだ幼い勇信の手をつかみ、距離を取ろうとした。
「怖がる必要はないさ。ぼくはあそこの中学校に通ってる、堀口ミノルだよ」
兄弟は返事をしなかった。
警戒というより、無関心に近いと堀口は感じた。
「で、どうしてふたりはこんなところにいるんだい」
「それを知ってどうするんですか」
「どうするんですか」
幼い勇信が、兄の真似をして言った。
堀口は小さくほほ笑んだ。
「ちょっといいものを見せてあげようと思ってね」
「いいもの? おもちゃ?」
幼い勇信が興奮し、勇太の手を振り払った。
「残念だけど、おもちゃじゃない。おもちゃなんか渡したら、向こうにいる怖い車のおじさんに怒られるだろ」
「そのとおりです。だから余計なことはしないでください」
勇太が言った。
「おもちゃよりも、もっと不思議な何かさ」
「なにか?」
堀口の言葉を聞き、勇太の表情がわずかに変わった。
それまでのような大人びた対応ではない。
ただ興味を持った子どもの、純粋な顔だった。
「そう。不思議な何か」
堀口は川の水で手を洗った。
「じゃあ、今ここで見せてください」
「ここでは見せられないよ。向こうの奥に行かないと」
堀口は、工場を越えた海の方を指さした。
「知らない人について行くつもりはありません。ぼくたちを誰だと思っているんですか」
「君たちがあづまグループだから、見せてあげるって言ってんだよ。ぼくだけの秘密基地をね」
「ひみつきち?」
大きく反応したのは、勇信だった。
「秘密基地……めちゃくちゃ幼稚ですね。わらを束ねて家みたいに作って、漫画とかを隠してるだけでしょ。ぼくたちはそんなものに興味ありませんから」
やはり、このふたりは違う。
堀口はそう感じた。
豊かな物と、優れた人間たちに囲まれて育ったのだろう。
兄弟には、自然体の品位があった。
普通の家庭では見られない物質に囲まれた結果が、このふたりなのかもしれない。
「わらでできた秘密基地は、小学生でおしまいさ。ぼくは中学生だよ?」
「なんで秘密基地を見せたがるんですか。秘密だって言うなら、隠しておけばいいのに」
「君たち、友だちいないだろ? ちょっとかわいそうでね」
「誰に向かってそんなことを言っているか、わかってますか?」
勇太が堀口をじっと見つめた。
「おにいちゃん。もしかして、ぼくたちとお友だちになりたいの?」
幼い勇信が言った。
「ぼくたちは、もうすぐ東京に帰ります。父の故郷だから、少し遊びに来ただけです」
勇太が言った。
「わかってるよ。だから特別に見せてあげるって言ってるんだ。秘密だから、ここの子らには見せない。君たちはあづまグループだから、特別待遇さ」
「正直に言えば、少しは見たいです。でも、あの車が見えるでしょ? すごく怖い人が、ぼくたちを守っているので無理です」
勇太が首を回し、丘の上の黒い外車を指さした。
ちょうど運転手が車から出てきて、タバコに火をつけている。
深く煙を吸って吐きながらも、ときおり兄弟の姿を確認することを忘れない。
「その足もとの岩を渡ってこっちに来れば、車は追ってこられないと思うけど?」
堀口は、足もとの岩をコンコンと蹴った。
川から突き出た岩が、足跡のように向こう岸まで続いている。
「ねえ、ぼく行きたい! ひみつきち」
「ダメだ、勇信。知らない人についていったら、とんでもないことになるんだ」
勇太が再び警戒態勢をとった。
「ふたりには正直に話してあげよう」
堀口が言った。
「実はね、君たちと友だちになりたくて声をかけたんじゃないんだ。ぼくだけが知っているすごい秘密基地を、君たちに自慢したいだけなんだ。あづまグループも驚くような秘密を、ぼくは知ってるってね」
それは本心だった。
偶然その場所を見つけてから、堀口は何度も友人たちを誘おうかと迷った。
しかし、そこは簡単に他人へ広めてはいけない場所だった。
秘密基地が醸し出す無言の圧力を、堀口はしっかり受け止めていた。
そんなときに現れたのが、この兄弟だった。
東京から来て、数日後にはここを去る。
あづまグループなら、ぼくの秘密基地を教えてやってもいい。
あづまグループが正確に何なのかはわからない。
それでも、秘密を共有する価値はある。
堀口の中では、その計算が成立していた。
「ここまで言っても行かないなら、まあ仕方ないね」
堀口は、タバコを吸う遠くの運転手を見ながら言った。
「そんなことはありません。仕方なく、そっちに行かなければならないようですね」
勇太が足もとの岩を確認した。
21
柘榴とAI

127
191
#探偵
橘靖竜
5,431