テラーノベル
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スマホの画面に表示された、見覚えのないアカウントからの通知。それがすべての始まりだった。
『お疲れ様です。突然の連絡失礼します。小学校の卒業から14年が経ち、今年で僕たちも26歳になります。そこで、6年4組の同窓会を企画しました。来月の土曜日、渋谷の居酒屋を予約しています。如月くんも、もし都合が良ければぜひ――』
文末に添えられた幹事の名前は「高尾」だった。
如月翔(きさらぎ しょう)は、ベッドの上で寝転がったまま、しばらくその画面をじっと見つめていた。26歳。大学を卒業して社会人になり、日々の仕事に追われる中で、小学校の頃の記憶なんて、脳の引き出しの奥深くにしまい込まれたままだった。
いや、正確には「意図的に鍵をかけて、見ないようにしていた」のかもしれなかった。
あの、学校中から忌み嫌われ、言葉の暴力と歪んだ笑顔に支配されていた、頂星小学校6年4組という名の地獄。
「同窓会、か……」
翔はふぅとため息をつき、連絡先アプリを開いた。一番上に登録されている、今でも月に一度は飲みに行く悪友――大神蹴介(おおかみ しゅうすけ)に、件のメッセージのスクリーンショットを送りつける。
『蹴介、これ来た?』
1分もしないうちに、短い返信があった。
『来た。お前行くの?』
『正直、迷ってる。みんなに会いたい気持ちもあるけど、あのクラスのノリを思い出すと、ちょっと胃が痛い』
『弥たちも行くなら、俺は行く。あいつらに聞いてみるわ』
蹴介のその言葉に、翔の胸の奥が少しだけ温かくなった。
あの卒業式から14年。翔と蹴介、そしてあの泥水の底から救い出した弥(わたる)、賢太(けんた)、翅(つばさ)の5人は、中学校も高校もバラバラになりながら、不思議と連絡を絶やすことはなかった。お互いに就職し、引っ越しを経て、会う頻度は減っても、彼らは翔にとって「人生で最も泥臭い時間を共に生き抜いた、特別すぎる戦友」だった。
数日後、蹴介から「3人とも行くってさ。俺たちも行こう」と連絡があり、翔は参加のボタンを押した。
◇
同窓会当日。渋谷の喧騒の中にある、少し落ち着いた個室居酒屋。
重い木製のドアを開けると、そこにはすでに十数人の男女が集まっていた。
「あ! 翔じゃん! こっちこっち!」
声をかけてきたのは、スーツを少し着崩した、いかにも営業職といった風貌の男――高尾だった。かつてクラスのトップオブお調子者として夏太の横で騒いでいた彼は、今ではすっかり「仕事の出来る、愛想の良い大人の男」の顔をしていた。
周りを見渡すと、かつて車のナンバーや給食のソーセージを見て下品に大爆笑していた女子や男子たちが、それぞれの席でビールやサワーのグラスを傾けている。みんな、スーツを着たり、綺麗な私服に身を包んだりして、どこにでもいる「立派な社会人」になっていた。
翔と蹴介が席につくと、少し離れた席から弥、賢太、翅の3人が「おーい」と手を振ってくれた。3人の目は、あの頃の死んだ魚のような濁りなど微塵もなく、優しく、知的な、大人の輝きを宿している。
「みんな、集まってくれてありがとう。それじゃあ、14年ぶりの再会を祝して……乾杯!」
高尾の音頭で、一斉にグラスが合わさる。
最初は、お決まりの「今何の仕事してるの?」「結婚した?」といった、ありきたりな大人の世間話から始まった。翔はシステムエンジニア、蹴介はパーソナルトレーナー、弥は地元の役所、賢太は研究職、翅はデザイン会社。それぞれの道を歩んでいることに、お互いの成長を実感して笑い合った。
お酒が進むにつれて、会話は自然と、あの「6年4組」の思い出話へと向かっていく。
翔は少し身構えた。また、あの悪ノリのような下ネタや、不快な悪口が飛び交うのではないかと、心のどこかで恐れていたからだ。
しかし、高尾がグラスを置き、少し苦笑いを浮かべながら言った言葉は、翔の予想とは全く違うものだった。
「いやさ、本当に……今振り返ると、俺たちのクラスって狂ってたよな」
その言葉に、周囲の席にいた元クラスメイトたちが、一斉にしんみりとした表情で頷いた。
「本当だよ。私、あの日(公開授業参観)の夜、お母さんに泣きながらビンタされてさ……。なんであんな下品な言葉を、あんなに嬉しそうに言ってたんだろうって、中学に入ってから本当に恥ずかしくて、しばらく死にたかったもん」
かつて学級委員長だった女子が、ワイングラスを見つめながら静かに呟いた。
「俺もさ、夏太(なつた)にハブられるのが怖くて、ノリに合わせてたけど……毎日学校行くの、本当はめちゃくちゃ胃が痛かったんだよね。ストップウォッチのやつとか、今思えば何が面白かったのか1ミリも分からん」
別の男子も、頭をかきながら同意する。
そこにいた全員が、あの異常な空間を「最高の思い出」としてではなく、「未熟で、残酷で、麻痺していた黒歴史」として、冷徹に、そして少しの痛みを伴って振り返っていたのだ。
高尾が、翔と蹴介、そして弥たちの席に向けて、新しく注文したビールのグラスを掲げた。
「あのさ……翔、大神。あの研究授業の時、二人が立ち上がって俺たちのことを止めてくれたじゃん。当時は夏太と一緒に『空気壊しやがって』って逆恨みしたけど、今なら分かる。あの時、お前らが命がけでブレーキを踏んでくれなかったら、俺たちの人生、マジで終わってた。……本当に、あの時はごめんな。それと、止めてくれてありがとう」
高尾は、椅子から立ち上がり、30歳手前の大人の男として、深々と頭を下げた。
それに続くように、周りの席の奴らも「私も巻き込んじゃってごめん」「本当、あの時の二人はヒーローだったよ」と、口々に謝罪と感謝の言葉を口にした。
翔は、喉の奥が熱くなるのを感じた。
自分たちがやってきた泥臭い戦いは、無駄じゃなかった。あの日、バラバラに壊れてしまったクラスの絆は、14年という時間を経て、ようやく「本当の、大人の信頼」として再生したのだ。
「頭、上げてよ高尾。俺たちも、あの時は必死だっただけだからさ」
翔が笑顔で言うと、蹴介も「まぁ、今こうしてまともな酒が飲めてるんだから、それでいいだろ」と、不敵に笑ってグラスを合わせた。
会の終盤、翔は弥、賢太、翅、そして蹴介の5人で、店の外の少し静かなバルコニーに出た。
渋谷の夜景の向こうには、夜の青空が広がっている。
「いやー、まさか高尾にあんな風に謝られるとはね」
弥が、エールビールの缶を片手に、本当に愛おしそうな「本物の笑顔」で笑った。
「でも、嬉しかったな。僕たちのあの暗闇も、ちゃんと意味があったんだなって思えたよ」
「あぁ。僕たちが今、こうやって前を向いて生きていられるのは、あの時、翔と蹴介が僕たちの手を、骨が折れるくらい強く握りしめて、泥水の底から引きずり上げてくれたからだ」
賢太が眼鏡の奥の目を細め、翅も「うん。二人がいなかったら、僕、今頃どうなってたか分からない」と、深く頷いた。
翔は、夜風に吹かれながら、隣に立つ蹴介を見た。蹴介は何も言わず、ただ嬉しそうに5人のグラスを見つめている。
4年生のあの頃から始まった、長くて不快な、歪んだ笑顔の地獄。
けれど、その泥水を潜り抜けたからこそ、僕らにはどんな綺麗事よりも強固な、本物の絆が残った。
「よし、それじゃあさ」
翔は、自分のグラスをみんなの中心に突き出した。
「僕たちの、本当の、まともな未来に――乾杯」
「「「「乾杯!!」」」」
5つのグラスが重なり、小気味よい音が夜空に響く。
耳を澄ませても、もうあの不快な雑音はどこからも聞こえてこない。ただ、大人になった親友たちの、優しく、どこまでも澄み切った本当の笑い声だけが、渋谷の街に静かに溶けていくのだった。
(完)
コメント
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読了したよ〜〜!!😭💕💕 高尾くんが大人になってちゃんと謝ってくれたシーン、もう胸がぎゅってなった…!!あの時あれだけ荒れてたクラスが、14年経ってみんな「あの頃は狂ってた」って認め合えるの、尊すぎるでしょ…🥺✨ 翔くんと蹴介くんが命がけで止めたあの研究授業の日が、ちゃんと報われてるの本当にエモすぎる!!最後の5人で乾杯するところ、声出して「よかったね…」って呟いちゃった😭💕 大人になってから取り戻せる絆ってあるんだなって、すごく温かい気持ちになれたよ!!続きも楽しみにしてるね⋆♡