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そう思った羽理は、こういう時の必殺アイテム。
紺地に白の縦ストライプが入ったシャツワンピースをクローゼットから引っ張り出した。
肩がパフスリーブになっていて、ウェストがリボンで絞れるデザインになっているそのワンピは、着ればあっという間に〝それなり〟に可愛く見せてくれる優れものアイテムだ。
スカート丈もひざ下ぐらいで程よく肌を隠してくれるのも嬉しい。
胸元が開襟になっているから暑くないし、羽理お気に入りのよく着るアイテムだ。
ブラジャーだけはしないとまずいので、スポッとかぶるタイプの楽ちんブラをタンスから引っ張り出した。
ショーツがピンクでブラが黒。
「わー、見事にバラバラ」
我ながら終わってる!と思いながらも、誰かに見せるあてがあるわけじゃなし。
まあいっかと開き直る。
荒木羽理・二十五歳。
彼氏いない歴が三年目を超えた彼女は、別に容姿が悪いわけでも性格が悪いわけでもない。
ただ単にあの散々な別れ以後、素敵な出逢いに恵まれなかっただけの可哀想なお一人様だ。
とはいえ――。
シングル期間が長すぎて、最近は自分でもヤバいなぁと思う程度には喪女(モテない女)モードに突入気味。
いくら社内恋愛はしたくないとはいえ、今のまま会社と家の往復を繰り返していたのでは、取り返しのつかないことになるのでは?と焦りもあったりなかったり。
(あーん。倍相課長ほどの優良物件じゃなくてもいいから、私をグイグイ引っ張ってくれるようなドSで絶倫な殿方、どこかにいないかしらっ)
なんて勝手に、倍相課長の性格を自作のヒーローに重ねて妄想しつつ。
「……とりあえず腹ごしらえしよ」
まるで馬鹿な妄想はおやめなさい、とでも言うように、「グゥ」っと鳴ったお腹に催促されて、羽理は一旦恋人問題については保留することにした。
***
(えっ。なになに? 何事!?)
一日中家に引きこもっていた羽理は、アパートの七階からエレベーターで下まで降りてきたと同時、ソワソワと違和感に包まれる。
建物前を、浴衣姿の人が数名通過していくのが見えたからだ。
七階にいるとさすがに下の音は余り聞こえてこなくて気付かなかったけれど、どうやらどこかでお祭りがあるらしい。
微かにお囃子の音も聞こえてきて、羽理の中の大和魂に火が付いた。
(覗いてみよっかな♪)
コンビニ弁当も悪くないけれど、出店で何かを買い食いするのも悪くない。
そう思うと、イカ焼きや焼きもろこし、焼き鳥、焼きそば、綿菓子、リンゴ飴などなど……。祭りの定番メニューが走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
(どうでもいいけど焼きなんとか多いなっ)
思わずゴクリと生唾を飲み込んだ羽理は、綺麗目に見えるワンピースを着て来て良かった、とヘビロテアイテムに感謝した。
***
家族連れやカップルに紛れて一人ウロウロ出店巡りをしていたら、羽理はちょっぴり寂しくなってきてしまった。
無論、羽理だって彼氏が欲しくないわけじゃない。
恋愛ものを書いているのだって、結局は自分の中にある欲望を具現化させているに過ぎないわけだし。
(はぁ〜。どこかに良縁落っこちてないかなぁ)
石垣に腰掛けて焼き鳥を咥えながらそんな事を思っていたら、植え込みの影からニャーンと鳴きながら尻尾の短い小太りな三毛猫が現れた。
「あら、ミケちゃん。貴方もひとり?」
問いかけたら、猫は羽理が持つ焼き鳥に熱い視線を送ってくる。
串には最後の一切れの鳥もも肉がポツンと残っていた。
「んー。あげてもいいけど味が濃いからちょっと待ってね」
言って、串から甘ダレにまみれた鶏肉を抜き取ると、手拭き用にカバンから取り出していたティッシュで丁寧にタレを拭って猫の前に差し出した。
三毛猫は美味しそうにそれを平らげてから、羽理をじっと見上げると、ニャーンと鳴いて走り去ってしまう。
そのまま行ってしまうのかと思いきや、意味深に羽理を振り返るものだから、羽理は何だか気になって。
焼き鳥のゴミと、まだ口をつけていない焼きもろこしと焼きそばとリンゴ飴の入った包みをギュッと握ると、羽理は三毛猫の後を追いかけた。
――と、神社の裏手。
余り人気のない場所に、小さな祠があって。
その前に、小太りなお婆さんが一人、小さな台の上に何やら広げて座っていた。
(あれ? ミケちゃんは……?)
お婆さんに気を取られたせいだろうか。
追い掛けてきたはずの三毛猫を見失ってしまった羽理は、所在なくそのお婆さんと見つめ合う格好になってしまう。
「いらっしゃい」
予想に反して少し高い声音で話しかけられて、羽理はビクッと身体を跳ねさせた。
チラリと周りの様子を窺ってみたけれど、人気のない場所。
当然お婆さんと羽理しかいなくて。
「……こんばんは」
仕方なく愛想笑いを浮かべながらお婆さんに近付いたら「お守り、ひとつ買って行かニャいかね?」と誘い掛けられた。
ニャ、と聞こえた気がしたけれど、きっとずっと黙っていて急に羽理に話しかけてきたから、舌を噛んだか何かなさったんだろう、と思って。
「お守り?」
お婆さんの前に置かれた台上に視線を落とすと、招き猫デザインのキーホルダーがずらりと並べられていた。
愛らしい顔をした招き猫達はさくらんぼみたいにペアになってぶら下がっていて、各々が小判の代わりに白文字で「良縁」と書かれた真っ赤なハートを手にしている。
縁結びのお守りだからだろうか。
パッケージに『あニャたに良縁引き寄せます♥』と書かれていた。
(二匹いるのに持ってるハート、半分こずつじゃないんだ)
二つをくっつけるとハートが完成するような、いかにも〝恋人同士が一つずつ持つような仕様〟になっていないところに好感度が爆上がり。
(そんなになってても渡す相手いないしね)
それが寂しくてお守りに縋りたい羽理にとって、目の前のキーホルダーは、おひとり様にすごく配慮された形に見えてしまう。
「私、猫、大好きなんですっ」
言いながらその中のひとつを手に取ったら「八百円です」とふくふくした手を差し出された。
羽理はその手に千円札を載せると、「あ、お釣りはいいです。可愛いのを売っていただいたお礼です」とペコリと頭を下げる。
「親切ニャお嬢さんに素敵な出会いがありますように」
お婆さんが羽理のほうをじっと見つめてきて。
思いのほか吊り上がった目を糸のように細めてニヤリと笑った。
羽理は「ありがとうございます」と再度頭を下げると、手の中のお守りに向けて、「どうか……どうか……お願いしますニャ!」と殊更真剣につぶやいて、そそくさとその場を後にする。
その瞬間、羽理の背後でお婆さんの吊り目が猫の目みたいにキラリと光ったけれど、当然羽理は気付かなかった。