「…………でも、『私、幸せ!』なんて言ったら、嫉妬されません?」
彼の言葉に逆らいたい訳じゃないけれど、ついそう思ってしまった。
尊さんと付き合っている事は、まだ会社の人には内緒にしている。
でも結婚したら嫌でもバレるだろうし、その時は彼を狙っていた人に絶対に何か言われる。
私だって本当は、こんなに素敵な人と付き合って、お姫様みたいなデートをしたって事を色んな人に自慢したい。
けど、「自慢しやがって」とか「お前みたいなブスにイケメンは似合わねーよ」と言われないか、とても怖い。
幸せが大きいほど、その代償として強い嫉妬が待ち構えているのは、承知しているつもりだ。
「……あのさ、誰に遠慮してる訳?」
尊さんに言われ、私は目を瞬かせて彼を見る。
彼はハンドルを握って前を向いたまま、迷いなく言った。
「幸せになる事をためらうなよ。嬉しかったら『嬉しい』って言っていいんだ。お前の幸せを願ってるのは、俺や家族、友達だろ? どうでもいい奴の事より、朱里が幸せになったら喜んでくれる人の事を考えろよ」
「はい……」
そう言われ、自分が大切な人たちより、不特定多数の〝皆〟を気にしていたと気づかされた。
「まだ付き合いたてだから、俺はお前の好き嫌いを詳しく知らない。だから色んな事を逐一報告してくれると、すげぇ助かる。嬉しい事も幸せだと感じた時も、素直に言ってくれると『そうか』って安心できる。食べ物の好き嫌いや、何をされたら嫌かも知りたい。だからもっと素直に感情を表してほしい」
最後の言葉を聞き、ストンと納得した。
「……そうですね。……私、自分を押し殺すのが癖になってました」
呟くように言うと、損さんは「ん」と頷く。
「自慢しろとは言わないけど、嬉しい事があったらシェアしたいのは普通だろ。美味い飯を食ったらSNSに写真を投稿するぐらい、誰だってやってる。他人の幸せを見て僻むほうがおかしいんだから、遠慮する必要はない。どうせそいつらだって、嬉しい事があったら誰かに自慢してるんだから」
スパッと一刀両断する彼を見て、私はしばし呆然とする。
「お前を嫌う奴は、お前が何をしても嫌うんだよ。そんな奴の事を気にする時間が勿体ない。嬉しい事、幸せな事をして『おめでとう、良かったね』って言ってくれる人で周りを固めとけ。あとは気にするだけ無駄だ」
「……凄いですね。私、そういうふうに思った事なかったです」
私がしみじみと言うと、尊さんは溜め息混じりに言った。
「俺さ、もう三十二歳なワケ。そりゃ二十代の社員におっさんって言われるよ」
あ、割と気にしてる。
「三十五歳まであっという間だし、四十歳になるのもすぐだろ。気がついたら五十歳になって人生後半戦だ。ボーッとしてたら一年なんてあっという間に終わるし、いつ病気になり、事故に遭うか分からない。俺は自分の人生を生きるのに精一杯なんだよ。……ただでさえ、幸せになるためのハードルが高くできてるしな」
「……確かに」
怜香さんの事を思いだし、私は深く納得する。
「だから俺は、自分の欲望に正直に生きるようにしてる。後先考えずに行動するのとは違うけど、美味いもんは食べたいし、行きたい所には行っておく。好きな女ができたら徹底的に懐かせて、俺から離れないようにする。……その時、好きな女が素直に好意を受け取ってくれたら最高だ」
最終的に、このまじめな話が始まる前の話題に戻り、彼が何を言いたかったのかを知った。
「まぁ、それらの欲望を叶えるために、日々まじめに働いたり、健康に気を遣ったり、ジムで体力作ったり、色々してるけどな」
凄いなぁ……。
私は溜め息をついたあと、ポツポツと話す。
「尊さんって、思ってたよりずっと凄い人だったんですね。……性格悪いし、割と後先考えない爆弾人間かと思ってたけど……。そうですよね。自分ファーストに生きていかないと、人生あっという間ですよね」
「うん、まぁ、今サラッとディスられたけど。……ま、視点を変えたらもっと生きるの楽しくなると思うぞ。俺もお前も、人生が如何に理不尽かは痛感している。でも、過去ばかり振り返っていたら、目の前にある楽しい事に気付けない。それは勿体なさすぎる。お前だって俺に『もっと笑わせる』って言ってくれただろ? 二人で幸せを掴みにいこうって思っておこうぜ」
「はい」
自分の事は自信がなくても、彼を幸せにしたい想いはブレていない。
私の返事を聞いたあと、尊さんが自嘲気味に笑った。
コメント
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そうだよ!2人で幸せを掴みに行こうぜぃ(๑•̀ㅁ•́๑)✧✨2人ならできる!2人だから掴める!!!