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「ゼノンの四肢を叩き折り、ここに引きずり戻せ。奴を最下層の地下牢に繋ぎ、死ぬまで付与魔法を絞り出させてやる……!」
一方。そんなギルドの阿鼻叫喚など、俺たちの知る由もない。
「……よし、いい集中力だ」
屋敷の裏手、激しく水飛沫が舞う滝壺で、ルナの特訓は佳境を迎えていた。
ルナは激流が叩きつける岩の上に凛と立ち、周囲の冷気を一本の「針」へと極限まで凝縮させている。
彼女の意思に呼応するように
周囲には無数の影の刃が舞い、触れるものすべてを音もなく切り裂いていく。
「…………ふぅ」
一通りの演武を終えた瞬間、ルナがふらりと体勢を崩した。
全魔力を一点に集中させ、限界まで絞り出した証拠だ。
俺は影から飛び出した彼女の小さな体を、迷わず正面からしっかりと抱きとめた。
「おっと。やりすぎだ、ルナ」
「…………ぁ」
俺の胸に顔を埋める形になったルナは、一瞬で顔を耳まで赤く染めた。
以前の彼女なら、この動揺を抑えきれずに体から冷気を吹き出して俺を凍らせていただろう。
だが、今の彼女は違う。
俺の体温を確かめるように、震える小さな手で俺のシャツの裾をギュッと掴んでくる。
その信頼の重さが、腕の中に心地よく伝わってきた。
「……頑張ったな。今日はご馳走にしてやる」
俺がそう言って、労をねぎらうように彼女の背中を優しく叩くと
ルナは消え入りそうな声で、けれどはっきりと
「……ん」と返事をした。
俺は彼女を横抱き──いわゆるお姫様抱きで抱え上げ、ゆっくりと屋敷へと歩き出す。
ルナは俺の首に細い腕を回し、まるでこの世界に二人しかいないかのような
うっとりとした、そして深い悦びに満ちた表情で俺を見上げていた。
だが。
俺の鋭敏な感覚が捉えた「不快な魔力の匂い」が、この至福の平穏の終わりを告げていた。
屋敷を囲む森の境界線。
先日の端くれ共とは比較にならない
本当の『人殺し』の気配が複数、殺意を隠しもせずにこちらに向かっている。
「……ルナ、ご馳走の前に、少しだけ掃除を済ませる必要がありそうだ」
俺が口角を上げ、冷たく笑う。
すると、俺の胸元にいたルナは、怯えるどころか静かに、そして苛烈にその殺意を研ぎ澄ませた。
彼女の瞳には、かつて奴隷商の檻で震えていた時の面影など、もう微塵もない。
《……邪魔者は、私が……消す》
魔力を介して直接脳内に響く、ルナの冷徹な思念。
俺が手塩にかけて育てた「牙」が、ついに主の平穏を守るために剥かれる瞬間が、すぐそこまで迫っていた。