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街での騒動から数日後
俺は『リステア』の街中で
数人のガラの悪い連中に絡まれていた若手の女性冒険者を、見かねて助け出したことがあった。
だが、その女性
治癒師のリーゼというらしいが、彼女はやけに恩義を感じやすい義理堅い性格だったらしい。
助けた当日は丁重に断って屋敷へ戻ったのだが
翌日、彼女はなんと手作りのパイを抱え、俺の隠居先であるこの屋敷を突き止めて訪ねてきたのだ。
「ゼノン様! 先日は本当にありがとうございました! これ、ほんの気持ちですが……焼きたてなんです!」
森の静寂を切り裂くような、快活で甲高い声が玄関ホールに響き渡る。
俺は困惑しながらも、扉を開けて彼女を迎え入れた。
「わざわざ悪かったな。だが、客人は久しぶりだからな。そう手厚くもてなしてはやれないんだ」
「いえいえ! どうしても直接お礼を言いたかっただけですので、お気になさらず……!」
リーゼは人懐っこい笑顔を浮かべ
遠慮という言葉を知らない様子で、ずかずかと屋敷の中に入ってきた。
その瞬間
和やかだった屋敷の空気が、まるで断頭台の上のそれのように一変した。
それまで窓から明るく差し込んでいた陽光が、何らかの巨大な影に遮られたかのように途端に薄暗く陰り始める。
室内の温度がじわりと、それでいて確実に下がり続け
肌にまとわりつくような重く冷徹な魔力が空間を支配し始めた。
「……あれ? 急にどうしたんでしょう? 魔力反応が不安定なような……なんだか、寒気が……」
リーゼが怪訝そうに首を傾げ、自分の腕をさすった
そのとき
俺の背後、何の予兆もなく、スッとルナが影から染み出すように姿を現した。
彼女は音もなく一歩前に出ると、俺の腕を折れんばかりの力で強く掴んだ。
そして、リーゼを奈落の底へと射抜くような、氷点下の冷たい瞳で激しく睨みつけた。
「…………ッ」
その瞳に宿っているのは、かつて俺が救い出した時の無垢な怯えではない。
そこにあるのは、俺という存在に対する絶対的な独占権を主張する
純粋で、そしてどこか狂気じみた執着だった。
ルナの足元から、漆黒の影がまるで意思を持つ生き物のようにドロリとうねり始めた。
それは屋敷の床を、壁を、天井を侵食し、逃げ場を奪うように黒い触手を伸ばしていく。
「ルナ。落ち着け。この人はただの客人だ。俺に害をなす者じゃない」
俺が静かに、落ち着かせるように諭しても、今日のルナの殺気は一向に収まる気配を見せない。
それどころか、俺がリーゼを「客人」と呼んだことが気に入らなかったのか、冷気はさらにその密度を増していく。
リーゼは顔面蒼白になり、ガタガタと膝を震わせながら、一歩、また一歩と後ずさる。
戦う術を持たない治癒師である彼女にも
ルナが全身から放っている「排除」という名の明確な殺意が、生存本能レベルで伝わっているのだろう。
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