テラーノベル
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ーーアザミとの闘いから一月。ミオの帰宅から更に一月。季節はそろそろ弥生へと移り変わる。
だが東北地方はまだまだ寒く、この地にも定期的に雪が降り積もる。
暖かい春の訪れは、まだまだ遠い。
それでも此処は“平穏”そのものだった。
この二ヶ月間、この地に狂座含む他者の侵入の形跡は、これまで只の一度たりとも無かった。
仮初めの平穏は、何時しか本当の平穏へと変わっていく。
今までは“夢”だったと誰もが思い始める。
否、そう思い込むのは、そうしないときっと心が保てないから。
だけどこれは夢でも幻でも無い“現実”ーー着々と水面化で徐々に。それでも確実に、それぞれの“刻”は動き出していた。
***
「今日も良い天気~♪」
正午の昼下がり。ミオは村の見回り兼散歩の途中、暖かな陽射しを掌で翳しながら呟いた。
「ねぇ~コリン☆」
ミオの隣で、ひょっこりとついて来る小さな氷の精霊と共に、その足取りも軽い。
周りは、農作業に勤しむ村人達の姿。
実に平穏を保っている。
そんな中、歩きながらミオは考え事に入る。
“狂座って、ホントにここに攻めて来るのかなぁ? 全然そんな感じがしないんだけど……”
「まあ来たら来たで、私達で倒しちゃうんだけどね♪ コリン☆」
“――それにユキが居るしね☆”
ユキという新しい家族が出来てから、早一ヶ月。
ミオはユキと相変わらず、何かある度に小突き合いをしているが、彼女は正直毎日が楽しくて仕方なかった。
ミオは物心ついた頃から、ずっと姉のアミと二人きりで暮らしてきた。両親が居らずとも寂しいと思った事は無いし、それが普通だと思っていた。
だからこそ今の三人での暮らしはミオにとって、とても新鮮に映っているのかもしれない。
ミオの思考は、目には光景が映らぬまま歩を進めていく。
だからだろうか。ミオが目の前に居る人物に気付けなかったのは。
「きゃっ!」
考え事の最中の為か、目の前に人が居る事に気付かなかったミオは、そのまま正面からまともにぶつかり、弾かれる様に尻餅を付く。
「ちょっと! 気をつけなさいよね!」
明らかにミオが悪いのだが、そんなのお構い無しともいった感じで、顔を見上げながら声を荒げる。
「大丈夫かい? お嬢ちゃん」
透き通る様な中性的な声。ミオが見上げた先に映る人物。
“――この人……誰?”
左腰に差した日本刀。黒い着流しを纏うその長身の人物は、一瞬男性か女性かの判断に迷う。
“この村にこんな人いたっけ? それに……”
一瞬、魅入られてしまったかの様に、ミオの思考は状況把握に覚束無いが。
“明らかに普通じゃ無いーー”
「中々良い場所だな。此処は……」
ミオから目を離し、周りを見渡し呟くその人物。
美しい迄に靡くその長い蒼髪と、精巧な迄に整う顔の造り。無機質で爬虫類の如き、深い蒼色の瞳が印象的な人物が、ミオの眼前に佇んでいた。
「そうそう、お嬢ちゃんは知っているかな? 此処に白銀髪の男が居る筈なんだが。もしかしたら偽装している可能性も有るから、白い着流しの餓鬼と言えば分かるかな?」
辺りを見回していた蒼髪の男が、不意に思い出したかの様にミオを見下ろしながら囁く。
“――え!? それってユキの事……だよね? ユキの知り合い?”
ミオはユキとこの男がどんな関係にあるのか考察するが、まるで蛇に睨まれた蛙の様に竦み上がって声が出ない。ミオを見据える、その深い蒼色の瞳に吸いこまれるかの様に。
それを表す感情は、得体の知れぬ“恐怖゛そのものであった。
「ん? 黙ってちゃ、よく分からないな」
蒼髪の男が、へ垂れ込んで黙っているミオへ手を伸ばす。
ミオは蒼髪の男の言い知れぬ恐怖に、思わず後退るーー
“――怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!! 何だか分かんないけど……この人怖いよぉ!!”
「ひぃぃぃ!? 余所者!!」
「狂座が来たぞ!!」
周りの者達が異変に気付き、次々と叫び声を上げていく。
“――えっ!? この人が……あの狂座?
ミオは自分が感じていた恐怖の訳を、漸く理解する。聞かされていた事と、実際対峙するのとでは勝手が違う事を。
彼女は本能的に理解したのだ。
“次元が違う”という事に。
「なんだぁ? 此処は随分と騒がしい所だな」
蒼髪の男はその事態にとても面倒くさ臭そうに、それでも慌てる事無く呟く。
「それよりーー」
蒼髪の男は、再びミオを見下ろしながら囁く。
「知っているんだろう? お嬢ちゃん」
ミオの身体は恐怖により硬直し、その場から身動き一つ出来ず、蒼髪の男から目を離す事が出来ない。
「教えてくれないかな?」
“たっ、助けて……姉様、ユキ!!”
「ユキヤ、此処に居るんだろう?」
そう囁く蒼髪の男の瞳は無機質な迄に熱が無く、口許に笑みだけを浮かべる無感情なその表情は、有無を言わせぬ恐怖そのものであった。
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