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翌日から、私とヒサギさんのふたりは放課後になるたび、あの神社のふもとまで、毎日のようにジャッカロープを探しに行った。
ヒサギさんが魔法を使うことができるのは、どうやら秘密にしておかなければならないことだったらしい。
「ママに怒られちゃうから、絶対に言わないでね!」
ヒサギさんは念を押すように、そう私に両手を合わせた。
つまるところ、私とヒサギさんのふたりの秘密、というわけだ。
これまで小説や漫画とかでしか見たことのなかったような、そんな不思議なこと、言ったって誰も信じてくれないだろうけれど、ふたりだけの秘密っていうのがなんだか特別な気がして、もちろん私は誰にも言うつもりなんてなかった。
あの日以来、ジャッカロープはなかなか姿を現さなかった。
そもそも“世界中の人が探し回っている”ほどの珍獣なのだから、当たり前の話かもしれない。
二日連続で見かけたことが奇跡だったのだ。
今日もヒサギさんと私は物陰に隠れて、いつ現れるとも知れないジャッカロープを待ち続けていた。
ヒサギさんは家から持ってきたという古めかしい望遠鏡|(何となくラップの芯で作った工作に見える)を覗きながら、あちらこちらキョロキョロと山の木々の間を探し続けていた。
「ねぇ、もう一週間くらい経つけど、本当にまだいるのかなぁ」
私はため息交じりに、ヒサギさんに声をかける。
「ヒサギさんが追いかけちゃったから、どこか別の場所に逃げちゃったってことはない?」
するとヒサギさんは望遠鏡を覗き込んだままで、
「大丈夫だよ。お母さんが子供の頃にも見かけたって言うんだから、きっとずっとこの山に住んでたんだよ。私が追いかけたくらいで、巣の場所を変えてまで逃げてくなんて思えないもん」
「ホントに? 根拠でもあるの?」
「ないよ」
ほぼ即答。
ヒサギさんは望遠鏡から目を離して私に顔を向けると、
「でも、確かにまだ警戒してるのかも知れないね」
「だったら、しばらく様子を見るのはどう? これだけ毎日同じところで見張り続けてても仕方ないし」
「そうだね」
とヒサギさんは頷いて、一歩足を踏み出しながら、
「よし! じゃぁ、やっぱり山の中を直接探そう!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
私は慌ててヒサギさんの腕を掴んだ。
「え? なに?」
きょとんと首を傾げるヒサギさんに、私は声を大にして、
「今、言ったでしょ? しばらく様子を見てから、また探しにくればいいって」
するとヒサギさんは、あぁ、なるほど、と頷きながらも、
「私、待てない!」
逆に私の手首を引っ張って、山の中へ踏み入ろうとする。
「ちょ、ちょっとちょっと!」
「もう! なに? ミハルちゃんもお小遣い欲しいでしょ?」
頬を膨らませるヒサギさんに、私は眉を寄せながら、
「そこまでして欲しくない」
「またまたぁ」
ヒサギさんは「ぷぷっ」と噴き出し笑いしながらにやりと笑んで、
「そんなこと言って、山の中にいる虫とか蛇とかが怖いだけなんでしょ?」
その通りだった。
完全現代っ子の私は、生れてから一度も山の中で遊んだことがない。
そもそも、家の外で遊ぶよりも家の中で本を読んでいる方が楽しい人間なのだ。
そんな野生児めいたことしたくないし、なにより、
『マムシに注意』
と山の麓の片隅に、そんな古い立て看板が立っている。
私はその立て看板を指さしながら、
「噛まれたらどうするの? 死んじゃうかもしれないじゃん!」
「そんなの、私の魔法で追っ払えばヘイキだよー」
「噛まれてからじゃ遅いでしょ!」
「気にしすぎだよー。私、何回もこの山を登ってるし、上の神社にも遊びに行ってるけど、今まで一回も蛇なんて見たことないよ?」
「それは今までの話でしょ! 今までは今まで! 今日、出くわすかもしれないじゃない!」
「まぁ、その時はその時ということでいいじゃん?」
「よくない!」
え~? とヒサギさんは唇を尖らせて、
「んじゃ、じゃんけんで決めようよ」
「はい?」
私は耳を疑った。
なに言ってんの、この子は?
「じゃんけんして、私が勝ったら山の中を探し回る。ミハルちゃんが勝ったら、今日のところは辞めておいて、明日また探しにこようよ」
「ちょ、それって結局山の中を探すことになるじゃない!」
「じゃぁ、いくよ! じゃんけーん!」
「あっ! じゃ、じゃんけーん!」
ヒサギさんに乗せられて、思わず手を伸ばしたその時だった。
「――あら? マナちゃん、そんなところで何をしているの?」
その声に振り向けば、そこにはフリフリしたリボンのついた水色の日傘を差し、可愛らしいリボンのあしらわれた水色のドレス?に身を包んだ若い女の人が立っていた。足元は底の厚そうなブーツを履いており、一見すればゴテゴテのロリータファッションだ。
けれど、それよりも私の目を惹いたのは、そのどこまでも白く美しい肌と、肌と同じくらい白い、長く美しい髪だった。ウェーブがかった髪が風に流され、煌めき、それを押さえるように伸ばした腕や細い指先もまた透き通るように白い。
まるで絵本の世界から出てきた、可愛らしい少女のようだ。
ヒサギさんはその女性を目にして、
「うげっ アリスさん――」
気まずそうに、そんな声を漏らしたのだった。