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第三夜:影を背負った男
夜の帳が降り、【Fleur】のドアが静かに開く。入ってきたのは、また少し異色な客だった。身長が高く、骨のように細い体つきに、顔には深い皺が刻まれ、眼光が鋭い。何か重たいものを背負っているような、その佇まいに店内の空気が一瞬、緊張を孕んだ。
リュカはその人物を見て、わずかに眉をひそめたものの、すぐに柔らかい笑みを浮かべて声をかける。「いらっしゃいませ。お席へどうぞ。」
その男は、無言でカウンター席に座った。目を合わせることはなく、ただひたすら、カウンターの木目を見つめている。まるで深い迷路の中にいるかのように、そこに引き寄せられているかのような姿だ。
カインがその様子を静かに観察しながらも、何も言わずにカクテルの準備を始める。
リュカがゆっくりと、声をかける。「今日は、どうされたのですか?」
男は静かに答えた。「過去に…あの時、私はたくさんの人を傷つけた。命を奪った者もいる。でも、その全てが、私のせいだったのか、誰のせいだったのか、今もわからない。心の中には、消えない影がある。」
その言葉に、リュカは少しだけ眉をひそめたが、何も言わずに男の目を見つめる。
カインが、無言でグラスを取り、カクテルを作り始める。赤い液体がゆっくりと注がれ、その中に冷たい氷がカランと音を立てて落ちる。男の目が、その光景に釘付けになった。
リュカは男に向けて、優しく言った。「その影を、少しだけ受け入れてみませんか?」
男は無言で頷き、カインが作ったカクテルを手に取った。Crimson Silence(クリムゾン・サイレンス)と名付けられたそのカクテルは、赤く深い色合いが印象的だ。男は一口飲んだ。
すると、店内の空気がほんの少し変わった。男の表情が、どこか和らいだように見える。
「これは…?」
「あなたが抱えている痛みを少し軽くしてくれるカクテルです。過去は消えないし、あなたが犯した過ちも、全て忘れることはできません。しかし、心の中でその影と共に歩むことはできる。あなたの苦しみを抱えたまま、前を向いて歩くことができる、そんな一杯です。」
男は深く息をつき、しばらく黙ってカクテルを飲み続けていた。そして、ふと口を開いた。「昔、戦争で多くの命を奪った。何のために、何のためにあんなことをしたのか、未だにわからない。でも、少しだけ、今は心が軽くなった気がする。」
リュカは静かに微笑みながら答えた。「過去はあなたの一部です。でも、それを背負い続けることがあなたを苦しめているのなら、少しずつ、受け入れてみてください。そして、あなたが歩む未来のために、その過去をどう生かすかが大切です。」
男は静かに頷き、グラスを置いた。ほろ酔いの顔に、どこか安心した表情が浮かんでいた。
「ありがとう…これから、少しずつでも前を向いて歩んでみます。」
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