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「む、無理ゲーだ……」
父娘二人きりの生活は、初日から僕の想像をはるかに超えていた。
朝、保育園へ送るのは、もともと僕の役目だ。
問題は――お迎えだった。
預かり時間は、最長でも18時まで。
つまり、どれだけ仕事が山積みでも、強制退勤するしかない。
大急ぎで保育園へ向かい、夕食を食べさせ、お風呂に入れ、歯を磨かせる。
翌日の準備を整え、絵本を読み、ようやく寝かしつける。
というか――。
(毎日、持ち物が多すぎないか……?)
タオルにコップ、帽子、連絡帳。
毎日洗って持たせるものに、週末だけ持ち帰るもの。
少しでも気を抜けば、余裕で何かを忘れそうだ。
(ひよりさんは、今までこれを全部管理してたのか……?)
そして夜。
ゆずが眠ったあと、スリープ状態になりかけた身体を無理やり再起動し、残務処理に追われる。
(疲労がやばい……。もう限界だ。頭が回らない……)
しかも、さらなる難題が迫っていた。
三日後は、保育園の遠足。
当然、お弁当が必要だ。
ちなみに、僕の料理スキルは――脆弱性だらけである。
よく「IT系の仕事なら、手先も器用なんでしょう」と勘違いされる。
だが、機器の操作と家事を一緒にしないでほしい。
以前、じゃがいもの皮を剥こうとして流血し、ひよりさんに包丁を没収された前科がある。
針に糸を通すのも、ボタンをつけるのも、物理的に動作不能。細かい手作業は、からきしなのだ。
一人暮らしの頃は、惣菜と外食でどうにかなった。けれど、今はそうもいかない。
(なんとかしないと……)
「ねえ、なんでママいないのぉ?」
仕事を無理やり切り上げ、息を切らして迎えに行っても、娘の反応は冷たい。
「ママのおむかえがよかった!」
鷹槻れん

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#強引
#シングルマザー
水羽凛
808
「今日はパパなんだ。ほら、帰ろう?」
「パパなんかイヤ! バイバイ!」
ぷいっと顔を背けられた。
これには、さすがに傷つく。
それでも、落ち込んでいる暇はなかった。
***
遠足当日の朝。
いつもより早く起きて格闘した末、どうにか弁当箱を埋めることには成功した。
少し焦げた黄色い物体。
一応、卵焼きのつもりだ。
ミニトマトは、震える手でどうにか四等分。
市販のミニハンバーグには、海苔とチーズをピンセットで貼りつけた。
多少不格好ではあるが、どうにかクマらしき顔も完成している。
(よし。これなら、なんとか……)
眠い目をこすりながら起きてきたゆずに、弁当箱を見せた。
「ほら。クマさんのお弁当だよ」
しかし、期待とは裏腹に、小さな顔がみるみる歪んでいく。
「……ちがう」
「え?」
「こんなの、クマさんのお弁当じゃないーっ!」
叫んだ次の瞬間、リビングの床にひっくり返った。
「やだやだやだ! ゆず、きょうはおやすみする!」
「ゆず、落ち着いて――」
「ママのつくったお弁当がいいのぉお! うわああああん!」
泣き声が、部屋中に響き渡る。
弁当箱を手にしたまま、呆然と立ち尽くした。
寝不足。
終わらない仕事。
早起きして頑張ったのに、喜んでもらえなかったお弁当。
いろいろなものが一気に押し寄せ、苦しくなる。
けれど――。
一番寂しくて、苦しいのは、きっとこの子だ。
弁当箱を置き、床に座り込む。
それから、泣きじゃくる小さな身体を、そっと抱きしめた。
「ごめんね、ゆず」
目線を合わせ、ゆっくり語りかける。
「パパは、何でもママと同じにできるわけじゃないんだ」
「うぅ……」
「お弁当も、上手に作れなくてごめんね。でも、ゆずに喜んでほしくて、一生懸命作ったんだよ」
しゃくり上げながら、濡れた瞳がこちらを見つめる。
その頭を、優しく撫でた。
「ママは今、病院で赤ちゃんを守るために頑張ってる。だから、ゆずもパパと一緒に、もう少しだけ頑張ってくれないかな」
しばらく黙っていた娘が、僕のシャツに涙と鼻水をなすりつける。
「……ゆず、おねえちゃんだもん」
「うん。立派なお姉ちゃんだよ」
小さな背中を撫でると、抱きつく腕に少しだけ力がこもった。
***
その日の夜。
「やばい……。一緒に寝落ちした」
暗い寝室で目を覚まし、慌てて時計を確認する。
仕事をしないと。
そっと身体を起こそうとした、そのとき。
パジャマの裾に、小さな重みを感じた。
見ると、小さな手が僕の服をきゅっと握りしめている。
まるで、どこにも行かないでと言うように。
起こさないよう、静かに布団を抜け出そうとする。
すると、重たいまぶたがわずかに開いた。
「……パパ。いっしょにいて……」
「うん。いるよ」
もう一度、布団へ潜り込んだ。
小さな身体を抱き寄せると、安心したように胸元へ頬を寄せ、再び目を閉じた。
「ずっと一緒にいるから、大丈夫だよ」
仕事は、少し早起きして片づければいい。
今夜だけは、この子のそばにいよう。
すうすうと聞こえてくる穏やかな寝息に耳を傾けながら、僕も静かに目を閉じた。
コメント
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うわあ、胸がぎゅっとなりました……。お弁当作りに悪戦苦闘するお父さんの姿、そして「ママがいい」と泣くゆずちゃん。どちらの気持ちも痛いほど伝わってきて、お弁当を床にひっくり返されたシーンでは思わず息を止めてしまいました。でも最後に「一緒にいて」と手を握るゆずちゃんと、仕事よりも娘を選んだお父さんの決断が沁みます。ひよりさんの不在を感じさせる描写が巧みで、家族それぞれの頑張りが胸に響く回でした。