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空気が、重く沈む。
対峙したまま、誰も動かない。
そして、先に動いたのは男の方だった。
足元の瓦礫が弾ける。
同時に姿が消える。
(速い!!)
思考よりも先に、感覚が警鐘を鳴らす。
右。
直感的にそちらへ意識を向ける。
「ーー当たるな」
光が満ちる。
音が途切れる。
次の瞬間、男の拳が蒼真の頬のすぐ横を通り過ぎた。
「…ちっ」
男が小さく舌打ちする。
そして間髪入れず、次の攻撃が来る。
今度は下。足払い。
(見える)
動きではない。
結果が分かる。
どこに当たるかが、先に浮かぶ。
「ーー外れろ」
光。
無音。
そして回避。
その繰り返し。
蒼真は一歩も動かずに、攻撃をかわし続ける。
だが。
(重い)
胸の奥に、違和感が溜まっていく。
息が詰まる。
視界の端が、わずかに暗くなる。
(なんだ、これ)
気のせいではない。
確実に、何かが減っている。
「やはりか」
男が静かに呟いた。
「気づいているな」
蒼真は答えない。
答える余裕もない。
次の攻撃が来る。
(まだいける)
そう思った、その瞬間。
背後から小さな声が。
「おにいちゃん!」
少女だった。
蒼真は一瞬だけ意識をそちらに向けた。
それだけで…遅れた。
「甘い!」
男の拳が迫る。
(まずい)
間に合わない。避けきれない。
その瞬間。
「ーー当たるな!!」
光が爆ぜる。
音が完全に消える。
今までよりも、強い発動。
思考が鋭く研ぎ澄まされる。
だが同時に、胸の奥が削られるように痛む。
(くっ…!)
拳がわずかに逸れた。
蒼真の肩をかすめ、衝撃が走ったが、致命傷ではない。
「今のは危なかったな」
男が淡々と言う。
完全に確信したという目で。
「使うほど、消えている」
「何がだよ」
蒼真は息を荒げながら睨んだ。
男は、わずかに口元を歪めた。
「お前自身だ」
その一言が、深く刺さる。
「存在の強度が落ちている」
「…え?」
「簡単に言えば」
男は冷静に言い切る。
「この世界に”いられなくなる”」
背筋が冷える。
意味が理解できない。
だが、感覚がそれを否定しない。
「そんなわけ…」
言いかけて、止まる。
視界の端、瓦礫の上に自分の影が映る。
その輪郭が…ほんのわずか、薄い。
息が詰まる。
気のせいじゃない。確実に変わっている。
「それが、お前の力の代償だ」
男の声は、どこまでも冷静だった。
「だから”回収”する」
一歩、近づく。
「制御できなければ、消えるだけだ」
その言葉に、怒りが湧く。
「ふざけんな」
低く吐き出す。
「勝手に決めんな」
だが男は動じない。
「事実だ」
ただ、それだけを言う。
「…やだ」
小さな声。少女だった。
「おにいちゃん、消えちゃうの?」
震える声。
その言葉が胸に刺さり、蒼真は詰まる。
答えられない。
それでも。
「消えないよ」
無理やり言葉をひねり出す。
根拠はない。
感覚にあがなえない。
それでも。
「そんな簡単に終わるかよ」
少女の目に、少しだけ光が戻る。
そして、蒼真の中で何かが固まる。
(守る)
この状況でも。
この力でも。
それだけは、譲れない。
「なるほど。それが軸か」
男の目が、さらに鋭くなった。
「なら、折る」
次の瞬間。
三人が同時に動いた。
今まで以上の速度。今まで以上の圧。
(来る…!)
蒼真は大きく息を吸い込んだ。
恐怖は消えない。
だが、迷いは消えた。
「ーー全部、当たるな!」
光が満ちる。
音が途切れ、世界が完全に静まる。
三つの攻撃。それぞれの結果。
それを一つ残らず、変える。
その代わりに…胸の奥が、大きく削れる。
(まだだ)
光が消える。
音が戻る。
三人の攻撃が、すべて外れる。
その一瞬の隙をついて、蒼真は踏み込んだ。
「ーー当たれ!」
光。
無音。
そして、蒼真の拳が男の腹に叩き込まれる。
男の身体が後方へ吹き飛ぶ。
それを見送りながら、ほかの二人は動きを止めた。
吹き飛ばされた男が、瓦礫の山に突っ込む不快な衝撃音。
そして、静寂。
「…ここまでか」
男が瓦礫をどかせながら立ち上がった。
ダメージはあるが、さほどでもないらしい。
「今回は、引く」
あっさりと言った。
「…は?」
蒼真は眉をひそめた。
「目的は達した」
男は淡々と続ける。
「確認は終わった」
「…最初から…それか」
蒼真の呟きに、男は微かに笑った。
「お前は”成功例”だ」
その一言だけを残し、三人の姿は煙の向こうへ消えていった。
静寂が戻る。
崩れた街。
残された二人。
「…おにいちゃん」
少女の声。
蒼真は、ゆっくりと振り返った。
少女の目には、不安と信頼が入り混じっている。
蒼真は何も言わずに、空を見上げた。
そして、自分の手を見る。
ほんのわずかに、指先が透けている気がした。
「なんだよ、これ」
呟きが、空に溶ける。
力を使うたびに、何かが削れていく。
それでも、止まれない。
止まれば、守れない。
その事実だけが、はっきりと残っていた。