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夕方の教室。窓から差し込む光は、薄く灰がかったオレンジで、誰もいない空間に影を落としていた。遥は無言で、日下部の隣の席に腰を下ろす。気配を殺すのは、もう癖になっていた。
「なにか言いたいことがあるなら、言えよ」
遥がそう言ったのは、声をかけてほしかったからではない。ただ、黙っている日下部が、なぜかまっすぐ自分を見ていたからだ。
沈黙。
そして、日下部はゆっくりと口を開く。
「……そういうの、やめろよ」
その言葉に、遥の表情が一瞬止まる。
「“そういうの”って、なに?」
「誘ってるみたいに見えること。試すみたいな態度とか。……そういうの」
遥は薄く笑った。無意識の嘲りが混じる。
「……オレ、なにもしてないけど」
「してないかもしれない。でも――おまえ、自分がどう見えてるか分かってるだろ」
その一言が、遥の胸にひりついた。
(“そう見える”……ってことは、オレが悪いのか?)
(……また、そういうふうに言われるんだ)
遥の中で、なにか古い記憶がくすぶる。あの時も、誰かに言われた。「そういう顔してるから、誘ってんだろ?」って。
だから、遥はいつしか思い込んでいた。求められることが、価値だと。身体を向けられることが、愛されてる証拠だと。
けれど今、目の前の“日下部”は――それを拒んだ。
(……ああ、やっぱり違うんだ)
遥は、曖昧な笑みのまま俯く。目元が少しだけ、滲んだ。
言葉ではなく、いつもの“笑い”で隠そうとした。けれどその“笑い”は、どうしてか手のひらから零れ落ちていった。
「……わかってるよ。オレ、面倒くさい奴だって」
「違う。――おまえ、傷ついてるだけだろ。だから、わざとやるんだ」
日下部の言葉は、真っすぐで、不器用で、優しすぎた。
遥は何も返さなかった。ただ、そこで初めて、“拒否”が“否定”ではないのかもしれないと、ほんの少しだけ思った。