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休息を終えた翌日――部隊は模擬訓練場へと足を踏み入れた。
強化ガラスで構成された巨大なドーム。外光を鈍く反射するその建造物は、まるで惑星標本のように孤立して佇んでいる。内部は白く無機質。しかし床下には無数の光導ラインが走り、淡い青の脈動が規則正しく明滅していた。
ここでは、あらゆる戦闘環境を再現できる。
仮想空間戦闘シミュレーター。山岳、都市廃墟、深海、真空、重力変動区域――地形も気候も、物理法則さえも書き換え可能だ。装着者の神経接続デバイスが脳波を読み取り、視覚・聴覚・触覚へと直接信号を送り込む。
受けるダメージは物理的損傷ではない。だが痛覚信号は現実と区別がつかない精度で再現される。脳に「傷ついた」と誤認させることで、極限状態での精神耐性を鍛える仕組みだ。
要するに――
自分自身と酷似したアバターで、本気の殺し合いを体験できる。
ハウメアは片目に展開された情報ウィンドウを流し見ながら、組み合わせの最適解を弾き出していた。視線の動きに連動して数式が走り、勝率予測、成長曲線、心理負荷、戦闘傾向が幾重にもレイヤー表示される。
格上との衝突による覚醒。
拮抗戦による技術洗練。
敗北経験による精神補正。
あらゆる変数を統合し、未来予測を何千回と回す。
「――なるほどな。悪くない」
ハウメアは静かに笑った。
「今回はトーナメント形式だ。敗北者から順に前線へ投入する。一人ずつになるが、逃げ場はないぞ」
片目のウィンドウを指先で摘まむようにして外す。次の瞬間、それは映画館のスクリーンほどの大きさに拡張され、隊員たちの前へと投影された。
「先遣隊は五名。うち一名はシード枠。正直、ここが一番悩んだ。シミュレートした結果――これが最適解だ。異論は認めない」
表示された名前。
ガニメデ vs トリトン
イオ vs エウロパ
シード――ハウメア
一瞬の沈黙が落ちる。
「チッ……」
舌打ちを鳴らしたのはガニメデだった。肩を鳴らしながらスクリーンを睨みつける。
「イオの泣き顔を見るつもりだったんだがな。まさかトリトンとかよ」
その視線の先。赤目の金髪ショート――イオが、冷え切った目で見返す。
「ゲスが」
低く、感情のない一言。
隣で、青いロングヘアを右へ流した中性的な青年――コードネーム、トリトンが、わざとらしく鼻を摘んだ。
「困ったなあ。臭気がこちらまで漂ってくる。精神衛生上よろしくないね」
「このオカマ野郎……!」
ガニメデの額に血管が浮き上がる。
「お前とだけはやりたくなかったんだよ。気色悪ぃ」
空気が軋む。
次の瞬間には斬り合いが始まりそうな緊張が、ドーム内部を満たした。
そのやり取りを、少し離れた位置から眺めている小柄な影がある。
コードネーム――エウロパ。
猫耳フード付きの反重力駆動衣を纏った、前髪ぱっつんの無表情な少女。重力制御フィールドの微振動が衣服の縁をかすかに揺らしている。
「……」
彼女は何も言わない。
視線はスクリーンを通り越し、どこか遠くを見つめている。
ハウメアが歩み寄った。
「エウロパ。お前はなぜ志願した?」
低く、しかし威圧を含まない声。
「その年齢で、ここに立つ必要はなかったはずだ。志があるのか?」
「…………」
無言。
瞬き一つせず、感情の揺れも見せない。
だがその瞬間、彼女の周囲の重力場がわずかに歪んだ。床の光導ラインが一瞬だけ乱れる。
――抑えている。
何かを。
その時だった。
天井から無数の光粒子が降り注ぎ、中央空間へ収束する。デジタルノイズを伴い、半透明の人型が形成された。
(盛大な歓声と拍手)
過剰なテンションの音声が響く。
カラフルな幾何学模様を纏った擬似人格体――トーナメント進行AIが出現した。
『本日のメインイベント! 勝者には栄誉を! 敗者には地獄の追加訓練を!』
「おい、結局追い込むのかよ!」
ガニメデが吠える。坊主頭に血管が浮き上がる。
床が発光し、フィールド生成が開始される。
空間が歪む。
重力が反転し、水平線が捻じ曲がる。観客席代わりの防護壁が上昇し、ドーム内部は瞬時に戦場へと書き換えられていった。
瓦礫と化した高層ビル群が出現する。
空は紫色に染まり、浮遊する破片がゆっくりと回転している。上下の概念が曖昧に揺らぐ世界。
ガニメデが拳を鳴らす。
「いいぜ。ぶっ壊してやる」
トリトンは微笑む。
「乱暴だね。でも――嫌いじゃない」
二人の身体が光に包まれ、仮想世界へと転送された。
残されたハウメアは腕を組む。
「見せてみろ……お前たちの現在地を」
戦闘開始カウントダウンが鳴り響く。
5
4
3
2
1――
重力が崩れ、戦火が弾けた。