テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
*****
「先週は大丈夫だった?」
「はっ――あ!? なにが!」
黎琳の問いに、思わず過剰反応してしまう。
「なにがって……乾さん。熱があるから、何を買ったらいいかって電話してきたじゃない」
「え? ああ……、うん。助かりました」
「……凱人」
黎琳がジトッと、ジロッと睨む。
「熱のある乾さんに悪さしたなんてこと、ないわよね」
「あ、あるわけ――」
「――なにバカなこと言ってんだよ。ヘタレな凱人にそんな度胸あるわけねーだろ。しかも、相手はあの子だろ? ないな――」
「――さいっていね!」
ケラケラ笑って手を振る誉の言葉を遮って、黎琳が言い放つ。
眉を吊り上げて、けれど無表情に、体感温度が十度は下がりそうな冷たい目。
「専務。私、大変気分が悪いので、早退させていただきます。代わりに、若くて可愛い秘書を寄こしますので、どうぞ仲良く開発会議に出席なさってください。残念ながら、議事録の作成業務は未経験ではありますが、若くて可愛いので専務には些末な問題でしょう。では、失礼致します」
黎琳は持っていたタブレットを専務のデスクに乱暴に置くと、くるっと向き直って出て行った。
カツカツと響くハイヒールの靴音が、地獄の門が開く鐘の音の様。
「えっ!? は? 元気だろ! 黎琳!」
誉は慌てふためき、後を追う。
ああは言っても、黎琳は大事な仕事を投げ出したりしない。
だが、乾さんをたいそう気に入った様子だったから、彼女の容姿をバカにするような誉の発言にキレたのだろう。
かく言う俺も、黎琳がキレてなきゃ、どうだったか。
ふくよかな女性だと思う。
甘いものが好きなようで、それはもう美味しそうにパンケーキを頬張っていた。
近くの席でパンケーキの写メを撮っていた女性は誉好みのような細身の美人で、化粧やネイルもばっちりだったが、パンケーキを突き回しただけでほとんど食べていなかった。
その様子に、乾さんは信じられないと言わんばかりに見つめていた。
俺は、食べ物を粗末にする細身の美人より、美味しそうに完食するふくよかで可愛い子の方がいい。
べ、別にそれが乾さんてわけじゃないけどっ――!
自分の考えに自分で照れて突っ込みを入れたところで、誉が戻ってきた。
「ったく! 何なんだよ、あいつ!」
きちんと整えられた髪をガシガシ搔きながら、苛立たしそうに黒い革張りの椅子にドサッと腰を下ろす。
「いい加減――」と言いかけて、やめた。
俺が口出しすることじゃあない。
「――視察にかかる費用は、領収書精算でいいですか?」
「あ? ああ。いや、俺のポケットマネーか申告不要の経費から出すから、レシートだけでいい。ただ、報告書に記録は残してくれ」
「わかりました。では」
仕事モードに切り替えて、俺は軽く頭を下げると、専務室を出た。
乾さんが出社しているか確認して、視察のスケジュールを立てなければ。
秘書課を過ぎてエレベーターを呼ぼうとボタンに手を伸ばした時、背後からハイヒールの靴音が聞こえて振り向いた。
黎琳だった。
手にファイルを抱えている。
「若くて可愛い秘書は?」
「専務が睨んだら泣いちゃった」
「はぁ……」
黎琳を追って出た一瞬の時のことか。
「拗らせすぎだろ」
黎琳は気まずそうに視線を揺らす。
「…………乾さんは?」
「え? あ、今から様子見てくる」
「そ。凱人は――」
「――黎琳が今の二倍くらいに太ったら、解放されるのかな」
「え?」
「見た目だけを気に入っているなら、そういうことだろ?」
力なさげに微笑むと、今にも泣きそうな表情で黎琳は言った。
「一・五倍で外されるでしょうね」
そんなわけない。
誉の秘書が務まるのは、黎琳しかいない。
「セクハラで訴えてやれ」
「そうするわ」
そう言って、黎琳は会議が開かれる特別会議室に向かった。
いい加減、素直になればいいのに……。
俺は、ああはなりたくない。
本当に好きな子が出来たら、素直になる。全力で大事にする。絶対によそ見はしない。
そう思ってたのに、あっさり騙されたんだよな……。
ボタンを押すと、エレベーターの扉が開いた。
乗り込み、五階を押す。
人事部に行くと、乾さんは出社していた。
見た限りでは、体調も悪くなさそうだし、動きに違和感もない。
昨日も思ったが、主任席の男性は何をしているのだろう。
パソコンを弄ってはいるけれど、乾さんたちが忙しくしていても我関せず。
その疑問は、終業後に乾さんから聞かされた。
メッセージアプリを繋げた俺と乾さんは、早速今夜から視察に回ることにした。
乾さんには無理をして欲しくなかったから、近場のHARUマートから始めようと思ったのだが、彼女の希望でExcellentO駅前店に行くことになった。
誉が用意してくれたミニバンで、ナビの指示通りに走る。
「このO駅前店、去年の春から人の出入りが異常なんです。一応、主任と課長には知らせたんですけど、すぐに何かしてくれることはないと思うんです」
「だろうね」
見たところ、店舗以前にあの主任をどうにかすべきじゃないだろうか。
「それで、乾さんが?」
「何かしようというわけではなく、気になったので。それに、本当に何かおかしなことがあったら、鴻上さんから専務に話してくださった方が、スムーズかなと」
「おかしなことって?」
「それは、その……」
チラッと横目で見ると、乾さんは唇を捻り考え込んでいる。
余程言いにくいことなのか、言葉を選んでいるようだ。
「思ったまま言っていいよ。この視察に関しては、俺が個人的に専務に報告しはしないから」
「え?」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!