ただでさえ、デミゴッドとは人類にとって大きな脅威だ。それはシャロムのような平和主義者であっても変わらない。敵対した瞬間から災厄となるのだから。それが、既にヒルデガルド自身が確認しただけでも三体。そのうえ二体は、人類に牙を剥く可能性が非常に高いときて、落ち着けなくなる。
いくら旅をしていた頃よりも強く、魔王由来の竜翡翠の杖まで持っているとはいえ、二体も同時に暴れられては抑えきる術はない。どうしたものかと悩みながら、仕方なく湖で待つイーリスたちのもとへ戻った。
『遅かったな。待っていたぞ、早く乗れ』
既にシャロムの背中にはイーリスとティオネが乗っていて、二人共、もふもふした背中にしっかりしがみついている。心なしか、少し心地よさそうだ。
「すまない、助かるよ。ではよろしく頼む」
飛び乗ったら、シャロムは走りだす。飛空艇までそれなりの距離であっても、彼の巨体と運動能力の高さは、氷塊を何本引っ張ろうが、重しにさえならない。数分足らずで目的の場所まで辿り着き、人の気配が近づいてきたところでシャロムはゆっくり速度を落として、ヒルデガルドが縄を切ったのを確認してから、ゆっくり地面に寝そべった。
『俺ができるのはここまでだ。人間に見つかれば、どう言われるかも分からない。ヒルデガルドの使い魔……と言うには、少々、図体がでかすぎるのでな。他に魔導師がいるのなら、気付かれる可能性もある。このあたりが俺の引き際だ』
降りたあと、ヒルデガルドは彼の身体をぽふと叩く。
「十分すぎるくらいだ、礼を言う」
魔物だと気付ける者は多いだろう。いかにシャロムのような魔力をほとんど持たない者でも、その身に宿る性質はやはり魔物なのだ。短い再会だったが、ヒルデガルドは彼の居場所に辿り着けたことが嬉しかった。
「よし、イーリス、君は風の魔法で少し氷を浮かせてくれ。身体強化のできるティオネなら運ぶのも難しくないはずだ。……私は少し、シャロムと話がある」
「任せて。せっかくの再会だもんね、ゆっくり話しなよ」
二人が氷塊を運び始めてすぐ、ヒルデガルドはシャロムに尋ねた。魔王イルネスが生きていて、森の中をうろついていたことを伝え、なぜ彼女が生きているかを知りたいと自身の過去に映るイルネスを彼に見てもらう。
『ふうむ……。おかしな話だ。竜が人間の形態を取る理由は、弱っているときだけだ。お前が出会ったイルネスは確かに以前と比べれば覇気がなく平凡と言えるが、それでもロード級とは比べられん強力な魔力を持っている』
ヒルデガルドも顎に手を添えて不思議そうにする。
「ならば人間の形態を取る必要があったということだろう。……服がどうとか言っていたが、それが理由だと考えるのもいささか厳しいものがある」
すこしの沈黙が流れたあと、シャロムは立ち去ろうとする。もう時間があまりなく、見つかる前にさっさと退散したかった。だが、その去り際に思い出したことを、ヒルデガルドにそっと伝えて歩きだす。
『森からそう離れていない場所に、小さな人間の村がある。年寄りばかりが住んでいるはずだ。そのばあやとやらも見つかるかもしれんぞ』
背後から冒険者たちの喜びに騒ぐ声が聞こえる。ヒルデガルドはシャロムを見送ってから、言われたことを頭の片隅に入れておき、ひとまず優先すべき仕事へ戻った。
魔力の含んだ氷塊は、ヒルデガルドの魔法によって溶けることなく飛空艇へ運び込まれ、予備の動力室にある台座へ置けるように、さらに細かく分割された。頭を悩ませていた電力供給の問題も無事に解決し、あとはアーネストが救援を連れてくるのを待つだけになり、ようやく彼女たちは忙しさから解放される。
「ふう。これでわたくしもゆっくり部屋で休めますわ~!」
「ご苦労だったな、ティオネ。君にも礼を言わねば」
「お互い様ですわ。お二人のおかげで快適になりますもの」
こんなにも忙しいのは久しぶりだった、とティオネはからっとした笑いを響かせ、うーんと伸びをする。馬車馬のように働いたあとは、猫のように自由な時間を過ごすのだ、と二人に別れを告げて、ひと足先に自室へ帰っていった。
「大変だったね。ヒルデガルドも休んだ方がいいよ」
「私は必要ないさ。君こそ休みたまえ、顔色が悪いぞ」
「……うん。そうだね、ボクはそうしようかな」
まだ仲間たちの死から──特にクレイグとの別れは──立ち直れていない中で、気を強くもって戦っているイーリスからは、ひどい疲労を感じられた。ぼんやりと何も考えないでいる時間も必要だろう、と気遣った。
イーリスの重い足取りを見つめ、ヒルデガルドも肩を落とす。できれば彼女の期待に応えて助けてやりたかったが、現実は波のように押し寄せ、あらゆる希望をさらっていってしまった。もう取り戻せない場所まで。
「はあ。考えることがあまりに多すぎるだろ」
飛空艇襲撃はクレイの手によるものと考えるのが筋だ。それはともかくとして、厄介なのは、それぞれのデミゴッドの思想だ。まったくもって意味の分からないアバドンの行動についても頭を悩ませているのに、今度はかつて討伐したはずの魔王イルネスが現れたというのだから、心労が絶えない。
何しろイルネスの抱えていた思想は〝人類の殲滅〟だ。魔界にもたらされる大きな利益のために人類は相容れず、邪魔でしかないと考えている。もし、再び力を取り戻したら。あるいは取り戻していたら。もう、ため息しかでない。
「……小さな村、ね。帰ったら調べてみるか?」
なんとなく頭に引っかかっていた言葉に、ひとり頷いた。
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