テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
《JAXA/ISAS 相模原キャンパス/プラネタリーディフェンスチーム》
午前4時過ぎ。
外はまだ夜の色を残しているのに、
会議室の中だけは昼間みたいに明るかった。
壁一面のスクリーンに、
地球と、細長い赤い帯が映っている。
白鳥レイナが、
紙コップのコーヒーを机に置いた。
「じゃあ、
今朝の“最新版”を。」
若手研究者が
端末を操作する。
赤い帯——
オメガ破片B(直径60m)の
「落下コリドー」が、
ゆっくりと拡大されていく。
東アジア。
中国東部から朝鮮半島、
そして日本列島。
その中で、
日本の辺りだけが
何度も上書きされた色のせいで
ひときわ濃く見えた。
「……いやな色ね。」
誰かが、小さくつぶやく。
若手が説明を続けた。
「昨夜から今朝にかけての
IAWN各局のデータ——
特に美星スペースガードセンターと、
欧州側の光学観測が効いています。」
「“コリドーの幅”は、
前回よりもさらに狭くなりました。」
「で、その“狭くなった帯”の
中心ラインが——」
彼は、
日本列島の上に引かれた
細い白線を指さした。
「ほぼ、本州の東側を
縦に貫いています。」
室内の空気が
少しだけ重くなる。
レイナが、
数字のページに切り替える。
「落下確率そのものは
すでに99%。」
「その中で、
“陸上に落ちる確率”が——」
別の研究者が
端末を見ながら答える。
「推定で七割前後。」
「で、その“陸上”のうち
“日本列島のどこか”という条件を加えると——」
「……おおざっぱに言って
五割を超えてきます。」
「もちろん、
まだ誤差は大きいですけど。」
レイナは、
深く息を吐いた。
(“コリドーのどこか”から、
“日本が真ん中にいるコリドー”へ。)
(言い換えれば、
“外れてくれるかもしれない”から、
“当たらないとおかしいくらい”まで
じわじわ近づいてきてるってこと。)
「この“日本五割”って数字を、
そのまま官邸に投げるわけにはいかないわ。」
レイナは言った。
「でも、
“日本がコリドーの中心に近づいてきた”ことは
もう隠せない。」
「今日のうちに
官邸ブリーフィングを一回。」
「それから、
IAWNとSMPAG向けに
“日本側の認識”として
共有文書を出す。」
若手がうなずく。
「落下地点の“ピンポイント”は
いつごろ見えてきそうですか?」
「順調にいけば——」
レイナは、
画面の隅に表示された
“予測誤差楕円の縮小カーブ”を見た。
「あと一週間から十日。」
「それくらいで、
“どの県か”が言えるかどうか。」
「でも……」
そこでいったん言葉を切り、
自分に言い聞かせるように続けた。
「“何県に落ちるか”より先に、
“日本に落ちるかもしれない”という前提で
もう動き始めないと間に合わない。」
(科学はギリギリまで
“確実さ”を追う。)
(でも人間の避難は、
“不確実さ込み”で
先に動かないと間に合わない。)
「……難しいバランスね。」
《国際オンライン会合/IAWN+SMPAG 臨時ブリーフィング》
各国の小さな窓が並ぶ。
NASA/PDCO、ESA、
各国の宇宙機関、
国連宇宙局の担当者たち。
白鳥レイナが
日本側代表として話す。
「日本としての
最新の解析では、」
「この“落下コリドー”の中心は
現時点で日本列島の上空にある可能性が
高いと見ています。」
「まだ“どこに落ちる”と
言いきれる段階ではありません。」
「ですが、
“日本が主要候補であること”は
認識せざるをえません。」
画面の向こうで、
いくつかの顔が真顔になる。
ESA側の担当者が言う。
「日本は、
国民向けに
どのタイミングで
“自国が主な落下候補だ”と伝えるつもりですか?」
レイナは、
答えを慎重に選ぶ。
「政治判断の領域になりますが、
少なくとも官邸は
“避難準備のフェーズ”に
入りつつあります。」
NASA/PDCOのアンナ・ロウエルが
画面越しに口を挟む。
「こちらの解析も、
日本列島を通る解が
優勢になってきている。」
「ただし、
“どの国も完全に安全な場所はない”という
状況も変わってはいないわ。」
「だから、
“日本だけの問題”だと思わせない形で
国際的なメッセージを出す必要がある。」
誰かが、
小さくため息をついた。
(“日本に落ちる可能性が高い”。)
(でも、
“日本だけが責任を負う話ではない”。)
その矛盾の中で
会議は続いた。
《総理官邸・状況室》
昼過ぎ。
再び主要メンバーが集められた。
スクリーンには、
JAXAから送られたばかりの
最新コリドー図。
日本列島の上に
太い赤い帯がかぶさり、
その上に
さらに濃い線が重なっている。
藤原危機管理監が
口火を切る。
「結論から申し上げます。」
「“オメガ破片Bが
日本に落ちる可能性”は、」
「明確に“高い”と言える段階に
入りました。」
静かなざわめきが走る。
白鳥レイナが、
できるだけ平易な言葉を選んで説明した。
「今までは、
“地球のどこか”→“東アジアのどこか”でした。」
「今日からは、
“東アジアのどこか、
ただし日本列島の上を通る確率が
かなり高い”です。」
「数字で言えば、
“日本のどこかに落ちる可能性が
五割を超え始めた”イメージ。」
サクラが確認する。
「“東京に落ちる”とか、
“ここに落ちる”と言える段階ではない。」
「だけど、
“日本には落ちないかもね”と
楽観している余地は
ほとんどなくなった。」
「そういう理解でいい?」
レイナは、
正面から頷いた。
「はい。」
「ここから先は、
“当たらないで済めば奇跡”という前提で
準備した方がいい。」
サクラは、
目を閉じて三秒だけ考えた。
(“日本に落ちます”と
今夜言えば、
パニックは一気に跳ね上がる。)
(でも“日本に落ちないかもしれない”と
言い続ければ、
避難の準備は進まない。)
(どこで線を引く?)
彼女は目を開けた。
「今夜の会見では、
こう言います。」
「“最新の解析で、
日本列島が落下コリドーの中心に
近づいているのは事実です。”」
「“ただし、
まだどこに落ちるかを
県名・市町村名で特定できる段階ではありません。”」
「“だからこそ、
国としては
“日本に落ちる”前提で準備を進めています。”」
「ここまで。」
藤原が付け加える。
「合わせて、
“避難の心構え”を
今から少しずつ始めてほしい、という
メッセージも。」
佐伯防衛相が言う。
「“日本が本命”という認識が
海外で独り歩きする前に、」
「こちらから先に
“受け止めている”姿勢を
見せるべきですね。」
サクラは小さく笑った。
「“本命”なんて言葉、
本当は使いたくないけどね。」
「当たりなんて
くじだけで十分よ。」
《都内・高校の教室》
「ニュース見た?」
「見た。
“日本が落下コリドーの中心に”ってやつでしょ。」
「うち、
修学旅行どうなるんだろ。」
「そこ?」
教室の後ろの方で、
生徒たちがざわざわと話している。
教師が教壇に立ち、
黒板を軽く叩いた。
「静かに。」
「…今日のホームルーム、
ちょっとだけ“隕石の話”をします。」
生徒たちの視線が
こちらを向く。
「ニュースで見たように、
“日本の上空を通る確率が高い”という
情報が出ました。」
「だからといって
“明日いきなりここに落ちてくる”
という話ではありません。」
「でも、
もし本当に日本に落ちるって話になったら、」
「“どのタイミングで授業をやめるか”
“どこに避難するか”を
学校としても決めておかなきゃいけない。」
一番後ろの席の男子が
手を挙げる。
「先生。」
「はい。」
「正直言って、
もう勉強とか意味あんのかなって
思うんですけど。」
教室の空気が
一瞬固まる。
教師は、
少しだけ笑った。
「そう思うのも
分かります。」
「先生だって、
内心では同じこと考えたから。」
「でもね。」
「“意味があるかどうか”って、
“結果”で決まることもあるけど、」
「“その瞬間にどう生きるか”で
決まることもあると思う。」
「あと何週間授業ができるか
分からないけど、」
「先生はたぶん、
ギリギリまで
ここで黒板の前に立ってると思います。」
「その上で、
必要な避難訓練は
一緒に真面目にやる。」
生徒たちは、
なんとなく納得したような、
しきれないような顔をした。
「…とりあえず今日は、
ホームルームの時間を使って
“自分の家から学校までのルート”と」
「“高い場所・丈夫な建物がどこにあるか”を
紙に書いてもらいます。」
「“意味ないかも”と思いながらでもいいから。」
《黎明教団・オンライン集会》
画面の中で、
天城セラが
静かに微笑んでいた。
「ついに、
“日本が光の中心に近づいた”と
世界が口にし始めました。」
「恐れなくていいのです。」
「あなたが日本にいることは、
偶然ではありません。」
「魂は、
生まれる場所を選んでくるのです。」
コメント欄には、
日本語だけでなく
英語や他言語のメッセージも流れていく。
〈JAPAN HAS BEEN CHOSEN〉
〈日本に移住したい〉
〈日本の友だちが心配…〉
セラは、
どこか祈るように目を伏せた。
「“終わりの場所”は、
同時に“始まりの場所”でもあります。」
「オメガの光が
どこに降り注ぐか——」
「それは、
“新しい世界のゼロ地点”が
どこになるか、ということ。」
「あなたがそこに立ち会うかどうかは、
あなた自身の選択なのです。」
その言葉は、
救いにも聞こえ、
毒にも聞こえた。
《総理官邸・夜の会見》
ライトの光が、
サクラの顔を白く照らす。
今日はいつもより質問も多い。
海外メディアのカメラも増えていた。
サクラは、
ゆっくりと言葉を選んだ。
「最新の国際的な解析により、」
「オメガ破片Bの落下コリドーの中心が、
日本列島の上空に
近づいてきていることは事実です。」
ざわめき。
フラッシュ。
「ですが、
“日本のどこに落ちるか”を」
「県名・市町村名で
特定できる段階には
まだ至っていません。」
「私たちは今、
“日本に落ちるかもしれない”という前提で、」
「各地域ごとの避難計画や
医療体制の準備を
急いでいます。」
「どうか、
“今すぐ日本中どこにいても危険”と
受け取らないでください。」
「同時に、
“何も準備しなくていい”とも
思わないでください。」
「私たちは、
“最悪を想定しながら、
希望も捨てない”という
非常に難しい線の上を
歩いていきます。」
「その道を、
国民の皆さんにも
一緒に歩いていただきたい。」
画面の向こうで、
人々はその言葉を
それぞれの場所で
それぞれの表情で受け取っていた。
Day19。
オメガ予測落下日まで、あと19日。
宇宙の石の軌道図の上で、
日本列島の色は
少しずつ濃くなり、
地上の人々の心の中でも、
「日本かもしれない」という言葉が
輪郭を持ち始めていた。
それでも、
まだ誰も
「ここだ」と指さすことはできないまま——。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.