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雫石しま
「社畜OL田舎暮らしで勝ち組になりました」のYouTubeで、私と拓也さんの婚約報告をすることにした。
私は花柄の白いワンピースを着て、胸元に白いマーガレットのコサージュをつけた。拓也さんは最後まで恥ずかしがって、スーツを着ることを嫌がったけど、無理やりネクタイを締めた。初めて見る、拓也さんのスーツ姿に、私は「フォぉぉぉ」と奇怪な声をあげてしまった。かっこいい。眼福。拝みたくなる。
カメラの前で、拓也さんはまだ少し肩を固くしてて、ネクタイを何度も直してる。
「里奈……ほんとにこれでいいのか?」
「最高です。めちゃくちゃかっこいいです。村のお医者さんじゃなくて、都会のイケメンみたい」
私は笑って、拓也さんのネクタイを直してあげる。指先が触れるたび、拓也さんの耳が少し赤くなるのが可愛くて、胸がきゅんとする。
録画スタート。
私はカメラに向かって、いつもの笑顔で手を振る。
「みなさん、こんにちは! RINAです。今日は、特別なお知らせがあります」
拓也さんが隣で少し緊張した顔してるけど、私は彼の手を握って、ゆっくり話し始める。
「このチャンネルを見ていてくれた皆さんのおかげで、私は社畜OLから、田舎暮らしの幸せなRINAになれました。そして……今日、もう一つ大事な報告があります」
私は拓也さんの方を向いて、深呼吸。
「拓也さんと、婚約しました!」
一瞬、静かになって、拓也さんが「う……」って小さく呻く。私は笑って、カメラに指輪を見せる。シンプルなシルバーのリングに、小さなダイヤが一つ。拓也さんが「派手なのは似合わないだろ」って選んでくれたやつ。
「拓也さんは村の先生で、私はネットセラピスト兼YouTuberで……クリニックの受付もして、これからも、この村で一緒に暮らしていきます」
拓也さんがようやく口を開く。声が少し震えてるけど、真っ直ぐカメラを見る。
「……私は、山下拓也です。里奈が来てから、クリニックも、村も、私自身も、全部変わりました。里奈の笑顔が、毎日を明るくしてくれて……だから、俺は里奈と一緒にいたいって、そう思いました」
私は拓也さんの手をぎゅっと握って、
「これからも、村の日常を、二人で配信していきます。カフェの夢も、ゆっくり叶えていきます。みんな、見守っててくださいね」
録画を止めて、二人で顔を見合わせる。拓也さんが照れくさそうに頭を掻いて、
「……恥ずかしかった」
「でも、かっこよかったです。声、ちょっと震えてて、可愛かったですよ」
私は笑って、拓也さんのネクタイを緩めてあげる。
「スーツ、似合ってました。たまには着てほしいな」
拓也さんが私の腰を抱き寄せて、額にキスをする。
「里奈が喜ぶなら、着るよ。……でも、この村じゃ浮きまくりだから……金沢に遊びに行く時だけ」
「ちぇーっつ」
外では雪が静かに降り続いてる。オリオン座は雲に隠れて見えないけど、心の中には、星がいっぱい。チャンネル登録者さんたちからのコメントが、溢れ出す。
「婚約おめでとう!」
「里奈ちゃん幸せそう」
「拓也先生かっこいい!」
「カフェってなんですか!?そっちのがサプライズなんですけど!」
私は拓也さんの胸に顔を埋めて、呟く。
「これから、もっと幸せになろうね」
拓也さんが私の髪を撫でて、静かに答える。
「うん。里奈と一緒なら、毎日が幸せだ」
アップロードした婚約報告動画を見ながら、二人でこたつに潜り込む。みかんを剥いて、半分こして、雪の夜を過ごす。
ふと、投稿されたコメントの1つに目が留まる。
「伊藤、おめでとう」
文字から滲み出る、上から目線のぶっきらぼうな雰囲気。多分、田辺チーフだ。田辺チーフも私のYouTubeに登録してくれたんだな。私はスマホの画面をじっと見つめて、息を止める。
「伊藤」って呼び捨て。あの頃と同じ、冷たくて、少し投げやりな感じ。でも、最後に「おめでとう」って付いてるのが、なんだか妙に胸に刺さる。 拓也さんが隣でみかんを剥きながら、私の顔を見て気づく。
「里奈、どうした?」
「……田辺チーフ、コメントしてくれたみたい」
スマホを拓也さんに渡す。拓也さんが画面を見て、軽く眉を上げる。
「へえ……あのチーフか。意外だな」
私は膝を抱えて、こたつの中で小さくなる。
「多分、匿名だけど……名前じゃなくて『伊藤』って書いてるし、雰囲気でわかるんです」
あの頃の記憶が、雪のように静かに積もってくる。
「おい、伊藤! この資料午前中にまとめろ!」
「どうしてそんなことが出来ないんだ!」
「当然だろ」
全部、田辺チーフの声だった。今はもう、遠い過去の音。でも、画面のこの一言が、過去と今を繋いでしまう。 拓也さんが私の肩を抱き寄せて、静かに言う。
「里奈、返事する?」
「……うーん」
私は少し考えて、スマホを手に取る。コメント欄にカーソルを合わせて、ゆっくり打つ。
「チーフ、ありがとうございます。あの頃は本当に辛かったけど、今は幸せです。これからも、村の日常を配信していきます。よかったら、見守っててくださいね。春にはカフェを開きます」
送信ボタンを押す前に、拓也さんが私の手を止める。
「里奈、優しすぎるぞ」
「……でも、チーフも、きっと変わったのかなって」
私は小さく笑って、送信する。 コメントが投稿されて、すぐに既読がつく。田辺チーフは返事しない。でも、画面の向こうで、誰かが少しだけ胸を撫で下ろした気がした。 私はスマホを置いて、拓也さんの胸に顔を埋める。
「もう、恨みとかないんです。ただ、チーフもどこかで幸せになってほしいなって」
拓也さんが私の髪を撫でて、優しく言う。
「里奈らしいな。あの頃の里奈を傷つけた人でも、里奈は許すんだ」
私は頷いて、みかんを1つ拓也さんに差し出す。
「はい、半分こ」
拓也さんが受け取って、口に放り込む。甘い匂いが、温かな部屋に広がる。
雪の外では、シャンシャンシャンと除雪車の音が続く。
田辺チーフのコメントは、静かにコメント欄に残る。
「おめでとう」
あの頃の冷たい上司が、今はただの「視聴者」の一人。 私は拓也さんの手を握って、心の中で呟く。
「ありがとう、チーフ。私、勝ちました」
最高じゃん。