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雫石しま
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大雪の日、初めて拓也さんと喧嘩した。ほとんどペーパードライバーだった私。山下のじいちゃんの軽トラックを借りて、こっそり麓の町へ買い物に出掛けた。ワイパーを動かしても、湿り気の多い雪は視界を遮り、対向車線のトラックのヘッドライトでようやくここが道だと分かるくらい。
下り坂はハンドルが取られて冷や汗を書いたけど、上り坂で路肩に乗り上げスタックしてしまった。タイヤが空転して、ゴロゴロと無駄な音を立てる。アクセルを踏んでも進まない。雪が車体に積もって、重たくて、視界はもう真っ白。スマホの電波も不安定で、拓也さんに連絡しようとしても繋がらない。
「……やばい」
冷や汗が背中を伝う。軽トラの荷台に積んだ買い物袋が、雪の重みでずり落ちそう。私はエンジンを切って、シートに座り込んだまま震える。
「拓也さんに、怒られる……」
30分後、遠くからシャンシャンシャンと除雪車の音が近づいてきた。ヘッドライトが雪煙を切り裂いて、拓也さんの除雪車が現れる。ドアを開けて飛び降りてくる拓也さんの顔が、雪より白くて、怒りで固まってる。
「里奈! 何やってんだ!!」
拓也さんがドアを開けて、私の腕を掴む。
「無事か? 怪我はないか?」
声が震えてる。怒ってるのに、目が心配でいっぱい。 私は俯いて、小さく言う。
「……ごめんなさい。買い物行きたくて、じいちゃんのトラック借りて……」
拓也さんが息を吐いて、私を抱き寄せる。
「馬鹿……電話も出ないし、雪が強くなってきて、心臓止まるかと思った」
背中を強く抱かれて、拓也さんの心臓の音が聞こえる。早くて、激しくて、私のせいだってわかる。
「ごめん……拓也さんを心配させちゃって」
涙がぽろぽろ落ちる。拓也さんが私の頭を撫でて、ため息をつく。
「心配したのは俺の勝手だ。でも、里奈が一人でこんな雪の中出かけるのは、絶対にダメだ」
声が低くて、でも優しい。 除雪車の後ろに軽トラを繋いで、引っ張ってもらう。家に着いて、暖かい部屋に入ると、拓也さんが私の両手を握って、静かに言う。
「次からは、絶対に一人で出かけないでくれ。雪の日は特に」
「……うん。約束します」
私は拓也さんの胸に顔を埋めて、泣きじゃくる。
「怖かった……拓也さんに怒られるのも、でも、拓也さんが来てくれて、ほんとにほっとした」
拓也さんが私の背中をさすって、「怒ってるのは、里奈が危ない目に遭ったからだ。好きだから、守りたいんだ」 私は頷いて、拓也さんの首に腕を回す。「私も……拓也さんが好きだから、もっと大事にします」 雪の外で、シャンシャンシャンと除雪車の音が遠ざかる。
こたつに潜り込んで、二人で温まる。初めての喧嘩は、すぐに仲直りになった。
「ところで、買い物って急ぎだったのか?クリニックが休みの日に二人で行けば良かったのに」
私はモゴモゴと歯切れの悪い返事をして、買い物袋から一つ、二つと取り出した。小麦粉、ココア、ベーキングパウダー、シュガーパウダー……取り出すたびに頬が赤くなる。
「なんだこれ」
拓也さんは雪で湿気った小麦粉の袋を手に首を傾げた。
「何を作るつもりだったんだ」
私は下を向いて小さな声でつぶやいた。
「……バレンタイン」
拓也さんが一瞬固まって、袋の中身をもう一度見直す。小麦粉、ココア、ベーキングパウダー、シュガーパウダー……そして、チョコレートの板が何枚か。
「……バレンタイン?」
声が少し上ずってる。いつも冷静な拓也さんが、珍しく目を見開いてる。 私は頰を真っ赤にして、こたつの隅に縮こまる。
「クリスマスに、みんなで鍋したとき……『来年も一緒に』って言ってくれたじゃないですか。だから、今年のバレンタインは、私が手作りチョコケーキ作ろうと思って……」
声がだんだん小さくなる。
「でも、拓也さん忙しそうだったし、クリニック休みの日に行こうと思ったら、雪が積もっちゃって……一人で行けば、拓也さんを驚かせられるかなって……」
拓也さんが袋を置いて、私の隣に座る。雪で濡れた髪から水滴が落ちて、こたつの上にぽたぽた。
「里奈……」
拓也さんの声が、いつもより柔らかくて、少し震えてる。
「俺も初めてのバレンタインだったから……」
「え?」
「俺も何か用意しようと思ってたんだけど……雪で予定狂っちゃって」
拓也さんがポケットから小さな箱を取り出す。雪で少し湿ってるけど、丁寧にリボンが巻かれた箱。
「開けてみて」
私は震える手で箱を開ける。中には、シンプルなシルバーのペンダント。小さな雪の結晶みたいなチャームがついてる。
「……きれい」
「村の雪みたいに、ずっと溶けないでいてほしいと思って」
拓也さんが私の首にそっとかけてくれる。冷たい金属が肌に触れて、でもすぐに温かくなる。
「バレンタイン、俺はチョコケーキより、里奈が作ってくれる気持ちが欲しかった」
拓也さんが私の頰に手を当てて、目を覗き込む。
「だから、来年は一緒に作ろう。今年は……俺が里奈に、甘いもの作ってあげる」
私は涙が溢れて、拓也さんの胸に飛び込む。
「ごめんなさい……勝手に一人で出かけて」
「もういいよ。無事でよかった」
拓也さんが私の背中を抱きしめて、耳元で囁く。「好きだよ、里奈」 雪の外で、シャンシャンシャンと除雪車の音が遠くに響く。こたつの中で、みかんを半分こして、チョコケーキの材料を眺めながら、来年のバレンタインを想像する。二人でチョコ溶かして、ケーキ焼いて、失敗しても笑い合って……。
伊藤里奈は、もう社畜じゃない。
雪の日にスタックしても、婚約者が駆けつけてくれて、バレンタインの材料で、未来を一緒に作れる里奈ちゃん。
最高じゃん。本当に、楽しいんですけど、この甘い時間が、永遠に続きますように。