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「まったくこういうのは警備会社の仕事だろうがっ、俺らを何だと思っているんだ」


タツが憤慨しながら交通整備の誘導棒を振り回している



「こらーっ、そこっ割り込みしてんじゃねぇよっっ」



警笛を勢いよく吹き大声で怒鳴る



「しょうがないだろ、どこぞのお偉い大臣の孫の結婚式だそうだ、警備が足りないんだよ」



ジュンも誘導棒を振り回し、混雑した道路から結婚式場へ入る車を誘導しながら言った、駐車場は満杯に近いのに関係者の車が後をたたないそれほど今日の結婚式は注目されていた



「だから何で孫の結婚式に警察が出向かなきゃいけないんだ、俺は今日は非番でフィリピンのかわいこちゃんとデートの予定だったんだぞ」



タツが吼える



「あの大臣には何通も脅迫状が届いてるんだ、事件扱いになってるんだよ」


「なんだ、じいさん恨まれているのか?」


タツが言った


「綺麗な政治家なんていないのさっ、すいませーん、警察の者ですがトランクの中を拝見させていただきます」



ジュンが残りわずかな駐車スペースを争う車を引き停めて検問する



「第三ゲート異常なし、これより周辺の警備にあたる、交通整備応援をよこしてくれ」




ジュンが無線で指示を出す、退屈な交通整備と検問に飽きていたタツは、喜んで持ち場を他の同僚にまかせ、パトロールに回るジュンに付いてきた、所詮警察の仕事なんて退屈なものだ




しばらくそこらへんをブラブラして戻ろうと、二人で小突きあいながら歩いている時、その時チャペルから銃声と数人の悲鳴と叫び声が聞こえた





「マジ?」


タツが言った


「いくぞっ」



二人は脱兎の如く走り出した







・:.。.・:.。.






チャペルの天井に向けて犯人が打った弾丸が蛍光灯に当たって砕けた、その破片がユリア達に降り注ぐ、ユリアと佳子が悲鳴を上げた、あたりは信じられない光景が広がった



参列者の激しい動揺の表情、教会の神父は机の下にかくれてしまっていた、祭壇の前ではズタボロのジャンバーにボサボサ頭の男がみゆきを人質に取っていた




「動くな!見たとおりこの銃は本物だ、ちょっとでも動いてみろ、打つぞ!」




男はみゆきを羽交い絞めにし、片手には大ぶりな拳銃を振り回している、みゆきのあごの下には男の腕がかかっている、みゆきが顔面蒼白で引きつっている、怖くて声もだせないのだろう



犯人の爛々とした異常な目の輝きには、何か薬物の影響があるような気がした、どうしてこんなことになったの?ユリアは震える手を握りしめた



新郎と新婦の誓いの言葉が終わり、式は最後の祝福の拍手に包まれていた、ユリア達は彼らの花道を作ってブライドメイドらしく、静々と籠盛りの花びらを持ち、入口の花道に並んだ、彼らに花びらをまき散らして祝福する準備をしていた



もちろんユリアは盛大に撒くつもりだった、その時会場のドアを誰かが蹴破り、一人の男が騒々しく入ってきた、一瞬の隙だった、犯人の男は目の前にいるみゆきを人質に取った、ユリアと佳子が悲鳴をあげた



男は混乱を鎮めるため、一発空に向かって銃を撃った





「お前のせいで俺の人生は終わった、ここでこの女を殺して、俺も死ぬ!」



男は全身を震わせて大臣に銃を向けて叫んだ、参列者も一斉に後ずさりし、みんな顔面蒼白の顔をしている



「おのれ~っっ!!あれほど面倒を見てやったのに、飼い犬に手を噛まれるとはこのことっ!」



大臣は怒りと恐怖で顏の色が赤黒くまだらになった


「大臣っっ、こちらへ」



近くにいた政治家たちが大臣を避難させる



「彼女は関係ない、離してくれっっ!!」



花婿のたくみ君が、犯人に歩み寄る



「人質なら僕にしてくれ、頼む!!」


必死に懇願する




「うるせぇっ」


「タクミ君っっ」



花嫁は涙を流し、目を見張った、声が恐怖心で震えている





「恨むならお前のじいさんを恨みなっ」


「ひいっ」



みゆきが悲鳴を上げた、いかれた男は花嫁のこめかみに銃を突きつけた、みゆきの家族が泣き叫ぶ





「やめてくれ」



たくみ君が必死の形相で訴える、さらに男は注目されている事に気を良くして、何やらわけの分からない事を叫びだした、腕にはがっしりみゆきを掴まえている



ユリアと佳子はその背後でお互い手を取り合って、この状況を固唾をのんで見守った、男を刺激しないようにみんな石のように固まっている



どうしよう・・・みゆきが傷つけられる、警察は何をしているの?



ユリアは驚きを通り越していたものの、喉は恐怖で凍り付いていた、ぎゅっと目を閉じて恐怖のあまり、失神するのを必死で我慢した



男は叫ぶのに夢中で、背後にいるユリア達にまったく感心を寄せていない



ああ・・・でもあの銃がとても恐ろしい、また火を噴くことになったら・・・



一瞬で教会は血の海になるかもしれない、こんなことってありえないわ、体が恐怖で震えているのか怒りで震えているのか分からなかった



あの銃さえ無ければ・・・ユリアは頭の中で色々考えた、背後から犯人の手を蹴り倒したら銃は遠くへ飛んで行くだろうか?でもこのピンクの15センチのハイヒールでは犯人の後ろに行く前に音で気づかれてしまう



ユリアはどことなく勇敢な気持ちになっていた、本気でそんなことをするなんて思っていなかったが、自然と音も立てずハイヒールを脱いでいた、犯人はダラダラと今までの大臣への恨みつらみを叫んでいる



もどかしいわね!大臣に恨みがあるなら本人を狙えばいいのに、みゆきは関係ないのに、可愛そうにみんなを巻き込むなんて許せない!!



脈絡のない考えが頭をよぎる、こんなことに怒りの段階があるとしたら10段階のうちマックスだ、ユリアはなぜか自分と良ちゃんの未来を汚されたかのように感じだ



じりじりと動いて犯人とみゆきの背後にぴったり移動した、佳子がユリアを見てすごい形相で




「やめなさい」



と顏を横に振る、ユリアは佳子にウインクして、静かにしろと唇に人差し指を立てた、背後から犯人の様子を伺う・・・なんてこと、このバカな犯人はあたしが背後に移動したことも気付いていない



一瞬の隙があった、犯人がみゆきのドレスの裾を踏んでよろけた、最後の悪あがきでもいいからありったけの気力を奮い立たせた



―今よっっ!!―





震える手足に喝を入れ男の背後に全身全霊の体当たりを食らわせた



みゆきと男が悲鳴を上げて倒れた、銃がぐらついて暴発し、木片が飛ぶ、途端に周りが悲鳴と叫びに襲われた、ユリアは斜めに倒れて尻もちをついた




―あいたたた!なんて痛いの―



ドレスのワキから布が破れた音を微かに聞いた



「このっアマっっ」



気付くと床に倒れたユリアに犯人の銃口が向けられていた、恐怖で一瞬で血液が下にサーッと引いた、心の中で小さくつぶやいた




―ああっ・・・死ぬわ・・・私―




そう思った瞬間、突然上から大きな男が犯人めがけて降ってきた、また銃が火を噴いた、あたりは叫びと悲鳴の海になった




発砲の衝撃でユリアは耳鳴りを覚えた、揉み合う二人の体が目の前に繰り出される、体は硬直し激しく心臓の音が聞こえる




黒づくめの男は驚くほど俊敏だった、それからの事を目で追うのは難しかった、疾風のようなキックやパンチを繰り出す、そしてついに犯人から拳銃をもぎとった、そこへもう一人男が加わった




「警察だ!大人しくしろっっ」



いかれた犯人は二人がかりで地面に押さえつけられ、腕を捻りあげられて、手錠をかけられた




安心したのもつかの間、途端に周りが暗くなる、めまいがし、息が苦しくなる、ユリアは体を二つに折って、両手に顔を埋めて静かに泣き崩れた





―ああ!生きていた、よかった―




突然力強い腕がユリアを支えた、誰の腕かまったくわからない、がっしり腰を掴まれ上を向かされた




「大丈夫ですか?意識はありますか?」




これ以上ないぐらい耳元で叫ばれた、見上げると大きな男性が心配そうにこちらを伺っていた、戦いの後で息を荒げ、額から汗を滴らせている



まっすぐな鼻・・・りりしい眉毛がっしりした顎、彼の二重のまなざしはまっすぐで、下っては上がりユリアの無事を確認している



男性は信じられないくらい大きく、どこか超絶としていたユリアの息が止まった。



その時彼の頭上の警察帽を見た





なんて女だ、死んでいたかもしれないんだぞ、ジュンは目の前で腰を抜かしている女性に怒鳴りつけてやりたかった、銃声を聞いた途端、ジュンとタツは二手に分かれた、チャペルの入り口付近はタツにまかせ、自分は階段を上がり、ビデオ撮影用のバルコニーに向かった



ジュンは手すりから身を乗り出さないようにチャペルホールを目視した、祭壇の前には人質を取った犯人が、何やらしきりに叫んでる、どうやら花嫁を人質にとっている、なんて卑怯な奴だ



その少し離れた所で、花婿が顔面蒼白でウロウロしている、気の毒にあんな祖父を持ったおかげで一生の晴れ舞台がだいなしだ、当の事件の勃発人の大臣は、一番端に隠れている



きっと誰かが撃たれでもしたら、自分達に責任が来て、週末は始末書の山に埋もれているだろう、ここは何としても食い止めないと



飛びかかるタイミングを見計らっていた、片手に拳銃の安全装置を一応解除したが、撃たずに済むように願うばかりだった



そうこう気をもんでいる時に、次の光景にジュンは我が目を疑った



突然犯人の背後から、フワフワの紫のドレスを着た女性が、犯人にラグビー選手顔負けの体当たりをくらわせた




銃が発砲し、あたりは悲鳴と混乱の嵐となった



犯人も花嫁も女性も三つ巴になって倒れ込み、怒り狂った犯人が彼女に銃口を向けた



―クソッ!まずいっ―





ジュンはバルコニーから犯人目がけて飛び降りた







・:.。.・:.。.





パトカーのサイレンが表に鳴り響き、チャペルに立ち入り禁止の黄色いガムテープが張り巡らされていく、犯人は頭から血を流しながら連行され終始なにやら叫んでいた



大臣は大勢の付き人に囲まれ、ヨロヨロと別室に連れていかれた、新郎のタクミ君と新婦のみゆきが抱き合っているのを人垣から見えた、そこに佳子も泣いていた



大勢の警官に囲まれている、よかった私の大切な人達は無事だった



「みなさん、後ろへ下がってください」



軽快に事件を解決した警官達が誘導している、黄色いガムテープを境目にユリアはチャペルの隅に隔離され、今は近くの椅子に座らされていた



そして目の前で、スカイツリーのようにそびえ立つ大柄の警官に、なにやら睨まれている



脇がスースーする、たぶん転んだ時にビスチェが敗れる音がしたから、きっとファスナーが壊れたのだろう



ユリアはしきりに腕を組んでビスチェが下がって、胸がこぼれ落ちそうになるのを防いだ



「どこもお怪我はありませんか、私は大阪府警の朝倉と申します」




ユリアは警官の彼の真剣な黒い瞳に一瞬引き寄せられた




「色々と言いたいこともありますが・・・まずはご無事を確認させてください、立てますか?」




ジュンはユリアの腕をそっとつかみ立ち上がらせようとした



「・・・で」


「え?」



キッとユリアがジュンを睨んだ、その瞳に涙が浮かんでいる、思わず心臓が跳ね上がる



「ジャケットを脱いで、ドレスが破けたのっっ」



その言葉を飲み込むのに一瞬間があった、目線がユリアの盛り上がった胸元に向かった



あきらかに彼女はドレスがズリ落ちないように腕で押さえている、それをようやく理解した頃には、ジュンは真っ赤になっていた



「あっ、しっ、失礼しましたっっ」



あわてて皮の交通整備用の警察外套ジャケットを脱ぐ、そしてユリアの肩にかけた



「どうぞ、着てください」




その声が一変して、優しくユリアは全身撫でられたように鳥肌が立った、彼はジャケットの下は黒の半そでTシャツ一枚だけだった、そこに防弾チョッキと、なんと脇には拳銃のホルスターを装着している



彼の言葉と態度に不思議と服従な気持ちにさせられ、守られているという安心感を抱いた



「ありがとう」



コホンとひとつ咳をし、ジュンが付け加えた



「ええと・・・ドレスの被害以外はどうですか?どこか痛みますか?もしよければ救急車を呼びますが」


「いいえ・・・大丈夫です」




ユリアはヒステリックな笑いをひきつらせた、どこもかしこも痛いわよっっ



警官の視線がユリアの体をさっとなぞった、見知らぬ男から品定めするような視線を受けただけで、ユリアは裸にされた気分だった、ぞくっとして思わず立ち上がった



そのせいで血の気が引いて、ふらつき、前に倒れそうになった、警官は豹を思わせるすばやい身のこなしでユリアの腰を支えた



「おっと、まだ座っていたほうがいい」


「ごめんなさい・・・」



ユリアの両手が空を切った、手の置き場がない、この人に体を覆われているみたいだ、手を預けられるとすれば肩に置くか髪にからませるか、腰に回してお尻をつかむかって・・・って!何考えてるの?



ユリアの頬が熱を持った、警官のジャケットは実用的なポケットが沢山ついている、その全部を使っているようだ、いい匂いがする、ハーブみたいな香りの奥に、男らしい男性の香り




「まだ座っておいてください、よかったら救急センターまで送ります、唇が真っ青ですよ」




再び警官はユリアを座らせた、ユリアは180㎝を優に超える長身の彼を見上げた、良く見るとこの人、とてもハンサムだわ



「まったく、新郎の大臣のおかげでとんだ災難だわ、新婦はあたしの親友なの」



他愛いもないことをペラペラしゃべってしまった、すると意外な言葉を聞いたと、言いたげに警官は目を丸くした、けど次には面白がる様にニヤリとして言った



「あの大臣、ずいぶん恨まれているようだね」



警官の目の横に笑い皺がよった、なんてこと、笑顔もいいじゃないの!帽子を取ってくれないかしら・・・どきまぎしちゃダメ、この人は犯人から助けてくれたし、それには感謝しているけど、警察官なのよっ、あたりまえの事をしただけなんだから



そこにもう一人の警官がやってきた、警察帽から金髪がはみ出ている、彼はいかにも軽そうに笑顔で話しかけてきた



「よう!ワンダー・ウーマンは無事かい?」



手にはユリアが脱ぎ捨てたハイヒールを持っていた、人差し指でヒールをくるくる回している



「あたしの靴!」



金髪警官の明るさに、ユリアの緊張は少しほぐれた



―この二人本当に警官にしてはかなり良いセンいってるわ―





「勇敢なのはいいが、これからは無謀なことはあまりしないほうがいいよ、いつでも助けてあげられるわけではないからね」



タツがユリアの前にしゃがみ込み、ユリアにハイヒールを優しく履かせた、その行為にユリアはポッと赤くなった




・・・優しいわ・・・この人



「履かせてくれてありがとう、でもやろうと思って、したわけではないわ」



ユリアはぷくっと頬を膨らませた



「あのタックルはしびれた、どんな悪党でも倒れるよ、君は美人だけど怒らせないようにしないとね」



タツがおどけて言った



「お上手ね」



ユリアはクスクス笑った、ジュンはユリアの笑顔にハッとなった、そして彼女を笑わせているタツに無性に腹が立った、彼女を助けたのは僕だ、なれなれしく足首を触りやがって




「俺はこれから府警に犯人を連行する、お前はこのお嬢さんを病院なり、家なり送り届けてくれ、後で長い事情聴取が待っている」



タツが言った



「ええっ?2次会には完全に間に合わなくなるわっ」



ユリアが抗議した



「どっちみちこの調子じゃ、やるかどうかわかりませんよ」




ジュンは申し訳なさそうに言った、それもそうだ、あちこちと警官が忙しく走り回っている、遠くで同じように警官に囲まれている新郎新婦を見つけた、みゆきは真っ青でタクミ君に抱かれているが、今にも卒倒しそうだ



他にも参列者がまだらにウロウロしていた、あの犯人め・・・かみついてやればよかった、ユリアはジュンの後について結婚式場を後にした




パトカーの前でじっと待っているジュンを見た、冷静で隙のない表情ジュンは、助手席側のドアを開け、首をかしげて乗るようにうながす



こういう時って普通後部座席に座るものじゃないの?そう一瞬思ったけどジュンの態度が品があって、うやうやしい仕草だったので言う通りにした



ユリアは落ち着かなく手を組み、元に戻し、また組みなおした、ジュンは運転席に座ると無線で本部に状況を説明し、現行犯逮捕をした男を相方のタツがこれから署に連行すると告げた、そして何やらファイルに書き込んでいる、あとで佳子に電話しよう・・・ユリアはジュンをじっと見つめてきぱきとした報告と頼もしい態度に安堵感を抱いた



ジュンの警察ジャケットは大きすぎて、しっかりファスナーを閉めていても首の部分がだらりと垂れさがり、屈めば胸の谷間は丸見えだ、裾は太腿の真ん中まできている、とても温かい



抱きしめられているみたい・・・背中は彼の汗で少し湿っていた、戦った男性の匂いがする、まるで彼の活力がしみ込んでくるみたい



「シートベルトをしめて」



ジュンの声はおだやかだったけれど、ユリアはその声に飛び上がった、ユリアは慎重に横目でジュンを伺った、2月も半ばだというのにこの人は半袖で寒くないのかしら?・・・もっとも彼のジャケットを奪っているのは私だけど・・・



「もう心配ありませんよ、犯人はつかまりました」



ジュンはユリアの視線に気づいた



「ああ・・・すいません怖いだろうね、外すよ」



そう言ってすかさず防弾チョッキとホルスターを後部座席へ置いた、ユリアの視線はひとりでにジュンに吸い付いた、ちらりと横目で、ぶっとい二の腕を見る、真っ黒のTシャツの下でしなやかな筋肉が動いている



「寒いかな?」



心配そうにこちらを覗き込む茶色い瞳、優しくて甘くて思わず見とれた、ほんのわずかにでも同情を寄せられたら、優しくされたら粉々に砕けてしまう



この時点で今まで押さえていたものが崩壊した、涙が後から後から溢れてくる、ユリアは片手で顏を覆い、小さなパーティーバッグの中身を漁った、指の隙間からジュンを見た、何か恐ろしいものを見る様に、泣いている自分を見て固まっている



車内に異様な空気が流れた、泣き止むのよっ、ユリア、彼が困っているじゃないの



ヒック「まさかと思うけど・・・ティッシュなんか持ってない?顏がぐしょぐしょ」


「すまない・・・持ってない」



ジュンは無念でならないというように言った



「いいのよ」



ユリアはそうつぶやいた、とはいえ顏を拭くのにこれほど丈が短いスカートを使ったらパンツが見えてしまう、なんとか手でゴシゴシ顔を拭くが、流れ出てくる涙をどうしようもできなかった



隣でゴソゴソする音を聞いて、ふとユリアは瞬きをして焦点を合わせ、目の前の光景に息をのんだ



なんてこと!目の前のおそろしくハンサムな警官が、Tシャツを脱ぎ始めている、公衆の面前で




「ちょっ!なんのつもり?」




ユリアは驚いて言った、ジュンは伸縮性のある黒のTシャツをたくし上げ、厚く広く引き締まった胸をあらわにした、思わず目を見張る眺めに、ユリアは大きくゴクリとつばを飲んだ



キュッとすぼまった薄茶色の乳首が硬そうに盛り上がった胸筋を飾っている・・・すこし黄金がかかった色の肌の下で、腹部の筋肉が上下している、ユリアはあわてて視線を引きはがした




「清潔だよ」




ジュンは真剣な口調で言った




「今朝乾燥機から出したばかりだ、まぁ・・・ちょっと汗をかいたけど、ティッシュがわりに使っていいよ、ハイ」



Tシャツをユリアに差し出す、自分の体がこれほどユリアをドキッとさせることにまったく気づいていない口ぶり、ユリアは泣きじゃくるのも忘れて見入ってしまった



口惜しいけど脱いでくれたかいはあった、一気に涙はひっこんだ



「そこにチーンとやってくれ、頼むよ、僕がパトカーの中で女の子を泣かせてたって、署で噂が立ったら変態扱いされる」



「もうっ、笑わせないで」



ユリアはおかしくて思わず喉で笑った、シャツは信じられないぐらい温かだった、森林のような香りが漂ってくる、気を良くしたジュンがさらに言う



「そして拭き終わったらできれば返してもらえないかな?裸でパトカーを運転するのも変態扱いされる」



ユリアはさらに盛大に洟をすすり、大笑いをしてシャツを返した



「シャツを汚してごめんなさい」


「いいよ、ワンダーウーマンの涙だから額縁に入れて飾るとしよう」



と言ってジュンは悠々とTシャツを着直した、それがおかしくてユリアはまた笑ってしまった






・:.。.・:.。.








がっつくな、気楽に行け、みっともないまねはするな



この言葉が運転中のジュンの頭を支配した、さきほどのタツのように軽口をたたいて脅えている彼女を慰めてあげたいのに、気楽な会話どころか、何を言っていいかわからない状況に陥っていた



でも今は自分の冗談で彼女は笑ってくれている、笑顔は10倍可愛いぞ、なんてことだ、彼女を良く見たくて思わず助手席に座らせた、ジュンは落ち着かなくなって皮の運転シートの上でもぞもぞと身じろぎした



さきほどよろけたユリアを支えた温かさを思い出した、柔らかくてしなやかですべすべした手触りのドレスを着ている、ジュンの手の感覚に反応して、ユリアが身震いするのを感じた



ジュンは運転しながら終始ドキドキして、彼女をチラチラ観察せずにはいられなかった、結婚してるのだろうか?今は機嫌も良くなったのか、口元に優しい笑みを浮かべ、外の景色を見入っている



とりわけ輝く髪が結わいた所からゆるんで後れ毛が顏の周りをフワフワ覆っている、小さな花が髪やドレスにいくつもくっついている、これで透明の羽をつけていたら、ころに見たディズニー映画に出てくるような花の妖精そっくりだ、もしかしたら背中に羽を隠しているかもしれない



顎のライン・・・なめらかな首筋・・・ジャケットからのぞく丸い胸元・・・スカートの裾から伸びたふくらはぎ、足首にむかって引き締まっている、どこをとってもうるわしくつややかできめ細やかで、体のフォルムはとがっている所などない、ゴツゴツした自分とはまったくかけ離れている



くるんとしたまつげは、先ほど泣いたせいかキラキラ輝いている、ジュンは魅惑の森で神話の生き物をつかまえたような気分だった、伝説の妖精にいかがわしいことをしたら祟られるだろうか



「なあに?何か言いたい事でもあるの?」



妖精が突然こちらを振り向いてしゃべった、ジュンは信号待ちで見惚れていたのを、悟られないように咳払いをした




ゴホン・・・「いえ・・・その・・・やっぱりあーゆう軽率な行動は感心しないなと思って」




苦し紛れに言ったジュンの言葉にユリアはムッとして言った




「そうかもしれないけど、あなた達がもっと早く着てくれたら、私も軽率な行動はしなくて済んだわ」


「突入するタインミングを見計らっていたんだ、それを君がぶちこわしたんだよ」



思わず反論してしまった、そんなことを言いたいのじゃないのに、まいった




「まぁ!それじゃ私がジャマしたっていうの?それはすいませんでしたね、あなた達の手柄をすっかり私が持っていってしまって」



これにはジュンもムカッときた



「なんて可愛くないんだっっ!手柄なんかどうでもいいっ、君はもしかしたら死んでたかもしれないんだぞ」


「ちゃんと生きてるじゃない、とにかく今日はさんざんな目にあったんだから、これ以上お説教なんてまっぴらっ!ここよ!降ろして」




ジュンは怒りにまかせてサイドブレーキを引いた、助手席側のドアを開けようとパトカーを回りかけたが、怒ったユリアはジュンのジャケットを脱ぎ、助手席にほおり投げると、一人で飛び出していた



「近いうちに事情聴取に来てくださいよ!」



ジュンはユリアに叫んだ、ユリアはくるりと振り向いて、ジュンにむかってあっかんベーをした



「うわっ!!性格悪っっ!!」



顏はあんなにも可愛いのに惜しいな・・・ジュンはパトカーのドアもたれて肩を怒らせてプリプリ怒ってマンションに入ろうとしてる彼女を見守った、その時だった




「ユリア!」




ジュンはどきりとした、ここ数日自分の心を占めている名前だ




「ユリア!」




もう一度大きく誰かが叫んだ、マンションの隣の駐車場から、同じドレスの女性とその知り合いらしい男性が数人車から降りてきた




「佳子!みんな!




なんと妖精の彼女は泣きながら、その女性と抱き合った、ジュンは今聞いた言葉を疑った



「なんだって?」


「ああっ!!どれだけ心配したかっ!無事でよかった!あなたが撃たれそうになった時、心臓が止まるかと思ったわ、何もできなかったあたしを許してっっ」


「佳子!こわかったわ、あたし必死で・・・」



二人で同じドレスを着て、道ばたでオイオイ泣いている、それを囲むように他の知り合いも見ていた、良く見るとみんな結婚式帰りで正装している



彼女はユリアという名前なのか?さらに衝撃の言葉を聞いた



「あなたに何かあったら良ちゃんに申し訳ないわっ」


「佳子・・・無事でよかったわ」




―良ちゃん?今良ちゃんと言ったか?―




ジュンは二人を観察しながら脚は地面にくっついたようにその場から動けなくなった



思考は猛然と駆け巡った、この妖精の名前はユリアというのか?あの麗しくてセクシーな電話のユリア?りょうちゃんと言う彼氏がいるユリア?



ジュンは目の前にいるワンダーウーマンの声と、昨夜身も心も熱くさせた電話の彼女の声を記憶で照合させた、たしかに似ているような気もする、でも、まさかそんなことがあるだろうか?いいや、そんなはずはない



しかし現実はさらに彼女が語る



「良ちゃんには落ち着いたら私から電話するわ、中国にいる彼に、今わざわざ知らせることじゃないし、ねぇ・・・それよりみゆきは?最後に見た時はタクミ君と一緒だったと思うけど?」



中国?みゆきの結婚式私から電話聞き覚えのあるキーワードがどんどんジュンの耳に届く、彼女はまさしく夕べの情熱的なユリアだ



「それが・・・あの子あの後、倒れちゃって」


「無理もないわ、私も倒れそうだもの」


「今病院であなたを呼んでいるわ、だからあなたがおまわりさんに送られて帰ったって聞いて、私達もすぐに出たんだけど先に着いたみたいだったからあなたを待っていたの」



佳子が涙ながらに言う



「ああ・・・かわいそうなみゆ、き私も着替えたらすぐに行くわ、とにかく一緒に家に入って」



二人とその連れは彼女を抱えるように、挟んでマンションのオートロックに向かった、ジュンは何を思ったかその後を追って叫んだ




「ユリア!!!」




ピタッと彼女は、ぜんまい仕掛けのように止まり、振り向いた




やっぱり彼女はユリアだ!!!そしてジュンを見てまだそこにいるのかと顏を怪訝そうに歪めた




「あなたに名前を呼び捨てにされる筋合いはないわっ」


「僕達どこかで会ったことないかな?」




ジュンは会話を引き延ばそうと必死だった



「初対面よ!」



ユリアは即答した佳子はあらあらと頬を染めて口元に手をやった



「君の良ちゃんを知ってる気がするんだ」



これにはユリアが関心を持った、こちらに近づいてくる、ジュンはスタジアムで喝采を浴びているような気がした



「あなた鳩山良平を知ってるの?」


「ああ・・・うん、やっぱり知らないかな?」




その途端ユリアが激しい怒りを見せて、ジュンを睨んだ



「あたしナンパは大嫌いなのっっ」



怒った顏もかわいいぞ!ユリアは踵を返しマンションへと向かった、ジュンは歩調を合わせてユリアに付いて行った



「待ってあのっっ!僕たちもっと話し合わないかな」


「あなたと話すことなんか何もないわっ」


「僕の事はジュンって呼んでくれ」


「どうして名前で呼び合わなきゃいけないの?」


「ちょっと待って!ユリア!」





くるっと踵を返しスタスタと去ろうとするユリアに苛立って、ジュンは思わず彼女の肩を掴んだ、するとユリアのドレスがずれてピンクのレースのヌーブラが見えた



「おおっ」




思わぬ幸運にジュンが瞳を輝かせた時、ユリアのビンタが思いっきりジュンの右頬にヒットした



「これ以上私に近づいたら訴えるわよ!」



チカチカ目の前に星が飛んだ、ユリアは振り向きもせず、オートロックの向こうに消えて行った




佳子が好奇心に目を輝かせてこちらを見ていた、ジュンは顔半分ジンジンする頬を押さえて、そのまま茫然とたたずんでいた



あの大きな茶色い瞳に、小生意気な表情、妖精のようにフワフワなのに、張り倒す手の力はなかなかのものだ、そして電話ではたまらなくセクシーだ、素晴らしいじゃないかっ



―見つけた!―




星の数ほどある電話番号の中で、偶然にも彼女がかけてきた、そしてたまたま、ただ一人の自分が受けた



二人は昨夜熱く熱く炎のように燃え上がった、なんと現実に彼女と出会った、こんな広い世の中なのに謎の彼女は今目の前にいた、しゃべろうとしても声が出なかった



何度目かでようやく声帯が働いた、そうだ、これがそうでないとどうして言えよう、ジュンは小さくつぶやいた






「運命だ・・・」

・:.。.・:.。.








・:.。.・:.。.








『じゃぁ、今からあの筋肉ムキムキのイケメン警官とデートなの?』



佳子がスマホの向こうで大興奮で言った



「そんなんじゃないわ、ただ大阪府警に事情聴取に行くだけよ、まったくあの警官、しつこく私に電話してきて事情聴取に来なければ、あたしの家や職場まで押しかけるって言うのよ?とんでもないわっっ」




ユリアは御堂筋を怒りにまかせて大股で闊歩していた




『まぁ!ずいぶん気に入られたものね、正義のヒーローでおまけに押しにも強いのね、いいじゃない』


「初対面でナンパしてくるようなヤツなのよ、きっと女ぐせが悪いヤツよ」


『そんな風には見えなかったけどね、なんだか必死な所が可愛くみえたけど?』


「また何か言われたら、張り倒してやるわっ」


『そういっても助けてくれたんだから、お礼ぐらいは言いなさいよ、じゃ、その後みゆきのお見舞いに一緒に行きましょう』




地下鉄に乗る前にユリアは佳子と電話を切った、あれからみゆきはすっかりふさぎ込み、貧血で某大学病院に入院していた



新郎のタクミ君は毎日お見舞に来ているみたいだが、結婚式も2次会も新婚旅行も中断になり、二人の未来は混沌とした暗い闇が覆っていた



ユリアは足早に歩を進め、両手のこぶしを握り締め、息を荒く吐いた



あの時の襲撃犯はこうなる事を予測していたのだろうか、ユリアは憤慨していた、ああ犯人を痛めつけてやりたい、もう幸せにはちきれんばかりのミユキの笑顔を見れることはないのだろうか・・・いくら考えても無駄だと分かっていたけど、せめてお見舞いに行ってみゆきを元気づけよう




それにしてもあの朝倉とかいう警官は、どうにもこうにもうっとおしい、一日に3回も署からかけてきて、しつこいったらありゃしない



ユリアは3回目の電話でしぶしぶ午後の仕事が上がったら署に出向くと約束をさせられた、あたしにはれっきとした彼氏の良ちゃんがいるというのに、ちょっとハンサムだからといって、女はみんな自分になびくとでも思っているのだろうか



たしかに彼は正義感があって、親切だ、それに良い匂いもするし、顏もばっちりタイプ、それにあの体ときたら・・・



ああっっダメダメ!考えちゃいけない




彼は警察官で人を助けるのが仕事、もし彼が先日のことであたしに借りを作ったと思っているなら、それこそ拳で勘違いだと分からせてやらねば



そんな事を考えていたものだから、大阪府警本部に着く頃には、ユリアは道場破りのような気分だった




警察署の内部に入ったのはこれが初めてだった、紺色の制服を着た警察官達が放つ威圧感に驚いた、署内は活気であふれていた、自分の住んでいる町で犯罪捜査がこれほど活発に行われているなんて知らなかった




赤の電光掲示板の数字が次々に忙しく変わる、ここではどんな人間でも、悪巧みのすべてが見透かされてしまうような気がした




受付で対応してくれたのは、威厳たっぷりの大柄の中堅警官で、太鼓のようなお腹に思わず目が行った



「ご用件は?お嬢さん」



じろじろ睨みつけられるように観察される、何も悪いことをしていないのにユリアは身が引き締まった



「あの・・・朝倉警官に取り次いでもらいたいのですが、事情聴取に来ました」


「ああ!奴なら今頃は道場訓練中だ、案内しますよ、お嬢さん」




ニコリと頬笑んだ警官は少し親しみがわいた、ユリアは恰幅の良い彼の後について、迷路のような廊下を進み、留置場を通り過ぎて別棟に向かった




大きな体育館のような建物の一番隅にジュンがいた、柔道着を着て次々と向かってくる相手を投げ飛ばしている



ジュンに投げ飛ばされ、畳に叩きつけられた人の衝撃がここまで伝わってくる、その姿は圧巻で思わず見とれてしまう



「お~い、ジュン!お前さんにお客さんだぞ」




案内してくれた警官が大声で叫んだ、ピタリと立ち止まってジュンがこちらを見た



ユリアを見つけるとジュンの顔が嬉しさで輝いた、その顔に思わずときめいてしまった、まぁ彼ってやっぱりハンサムだわ



「ユリア!!」


「呼び捨てにしないで!!」



権勢もむなしくジュンは笑顔をふりまいてこちらに駆け寄ってくる、その姿はご主人様を見つけて突進してくる大型犬のようだ



「やぁ!来てくれて嬉しいよ」




ユリアは押しつぶされそうなほど大柄なジュンが、目の前に立ちふさがるのを手を差し伸べて遮った



見上げざるをえないほど近くで、思わず後ずさりしそうなほどだ



「近いから離れてちょうだい!」



嬉しそうなジュンの目から視線をそらし、落ち着こうとする、道着の合わせが乱れて全開になっている、筋肉質の彼の胸と腹筋があらわになっている・・・かわいい乳首




筋肉ダンサーより逞しいってことある?そしてああ・・・彼は全身汗びっしょりだ



訓練を終えたばかりのジュンは男性的な逞しい力をみなぎらせ、異彩を放っていた、それなのになんでこんなにこの人は良い匂いがするのだろう?それに男のくせに睫が長すぎる・・・憎らしいけど素敵だ




二人は見つめ合った、時間の流れが柔和になり、ゆっくりと流れていく、まるで世界に二人っきりのよう・・・




彼の目に浮かぶ熱い輝きに、女としての本能を揺さぶられる、頭がぼうっとして気後れで体がすくんだ




「あんまり遅くなるなら、迎えに行こうと思ってたんだ」




どうしてこの人は恋人を心配する彼氏のような口ぶりをするの?



微笑む彼の頬に一瞬えくぼが浮かんだ、もう一度微笑ませたくなった、押さえきれない満面の笑み、床を転げまわって大笑いしている彼を想像する、私にくすぐられて息を喘がせ、目に涙を溜めながら笑っている、バカげた想像をしたせいで頬が赤くなった



「それで」



ユリアは自分を現実に引き戻した



「ここで事情聴取をする気?」



ジュンもうっとりとしていたらしく、弾けるように目の焦点が合った




「え?ああっっ!ゴメンすぐ着替えるから待ってて、ぼくのデスクに行こう」




ユリアはジュンがたぶん書類仕事をするであろう、デスクに座り落ち着かない気持ちで、そわそわしていた



さっきからいろんな警官にじろじろ見られている、早くジュンに来てほしかった



「待たせてゴメン・・・コーヒーでもどう?ケーキは今日君が来るって言うから、買っておいたんだ」




ニコニコと嬉しそうにジュンが言った、紺色の制服を着ている顔を洗ってきたのか、前髪が濡れている手櫛でうしろに撫で付けたのだろう、ハンサムな顏がきわだって見える、肌がメンソールを塗ったようにピリピリする



彼のたくましい体を過剰に意識している、紺色の制服はもしかして特注サイズかもしれない、ここで彼の笑顔に負けちゃ駄目よユリアはツンとして言った



「結構です、早くはじめて、私は忙しいの」



機嫌良くジュンは机を挟んでボールペンを回しながら質問する



「え~と、まず君の歳は?」


「26よ」


「じゃぁ僕より1個年上だね、出身は?」


「大阪よ」


「君は一人暮らし?それとも家族と?」


「一人暮らしだけどそれが何か?」


「休みはいつ?僕は今度の休みは土曜日なんだ、映画でもどうだい?」



ジュンが片肘をついてニコニコとユリアを見つめる



「帰らせてもらうわ」




ユリアは会話を打ち切って立ち上がった




「ああ!待って待って、ユリア、ごめん、真剣に事情聴取するからっっ」



ジュンが猫なで声でユリアをなだめた



「今度おかしなことを言ったらまた殴るわよ!」



もう礼儀正しいのかあつかましいのかどっちかにしてほしい、ユリアはほっぺを膨らませて苛立った、二人のやりとりを聞いていて、大笑いをしながらタツがやってきた



「お前がっつきすぎだぞ、ジュン」


「あら、口がお上手なおまわりさん」



ユリアはタツを見て微笑んだ



「よう、ワンダーウーマンの美人さん、書類を作成しないといけないんでね、来てくれてありがとう」


「それはもう僕が言ったセリフだよ」



ジュンがムッとして言った



「あめちゃん食べる」



タツがポケットからチュッパチャップスを取り出して言った



クスッ「いつも持ってるの?それ」


「関西人だからね、フルーツ味はけっこうクセになる」




ユリアがクスクス笑った、女を和ませるのに天性の才能を兼ね備えているタツが、事情聴取に加わった



おかげでハリネズミのようにとがっていたユリアの雰囲気が和らいだ、その後は3人で他愛もない会話をしながら、スムーズに聴取は進んだ、タツは終始ユリアを褒め称え、おだてて気分をよくさせた



その横でうっとりジュンがユリアを見つめる、ユリアはジュンに熱く見つめられると、落ち着かない気分にさせられた、数時間経ってジュンが薄い紙を、ホッチキスで束ねて言った



「以上で聴取は終わりだよ、長時間ありがとう」



安堵にため息をついてユリアも言った



「それじゃ、あたしはこれで」



入口に向かう彼女にジュンがあわてて付いていく



「待って、送るよ」



ユリアが信じられない顏で言った



「まさか、パトカーに乗るのはもうこりごり、電車で帰るわ」


「それじゃ、歩きで駅まで行くよ」


「あなたと歩いたら、私が連行されているみたいじゃない」


「あと5分で休憩時間なんだ、着替えるよ、それならいいだろう」




ユリアはあまりの動揺に肌がピリピリした、くるりとジュンに向かって振り向いた、大きな体に負けないように思いっきり体をそらした、ユリアはジュンに人差し指を突きつけた



「いい?朝倉警官!」


「ジュンでいいよ」



眩しいぐらいの笑顔でジュンが迎え討つ



「私はお付き合いをして、れっきとした彼氏がいるのに、他の男に色目を使うような女ではないの」



これでけりがついたとばかりに、ユリアは踵を返し、ズンズン入口に向かって歩き出した



ジュンが両手を広げて叫ぶ



「彼氏と別れる予定はっ?後がまに立候補するよ!」


「殺すわよ!!」




ざわっと署内に動揺が走った、警察で言うにはあまりも似つかわしくないセリフだ




一斉に注目を浴びてしまったユリアは真っ赤になって飛び出して行った、ジュンはその場に立ち尽くしたまま、ユリアがいない入口を見つめていた



ああ・・・今日も取り逃がしてしまった、彼女を捕まえるのは難しいな、ジュンは大きくため息をついた



背後から数人の警官の怒涛のような笑い声が響いた




「わははは!!おいおい、こりゃどういうことだ?ジュン」




一人の同僚の警官が、にやにやしながらジュンの肩をがっしり組んだ、頭を拳でぐりぐりやられる



「気を付けないとセクシーな彼女に殺されちまうぜ、なんなら指名手配しておこうか?」



タツも笑いながら言った、涙をこらえている



「ちゃかすのは止めてくれ!僕は真剣なんだ」




ジュンが不機嫌に言った、その横にも別の警官が飛んできた、いかにも面白がって、今やジュンは大勢の警官に叩かれたり小突かれたりしている



「よお!ジュン、いかしてるじゃないか、発情期かぁ?やっときたか、ワハハハハ」


「彼女いいな、応援してやろうか」




中堅の警官たちはいかにもジュンをからかうのが楽しくてやめられないというように、次々と卑猥な言葉を発して、盛り上がっていた、その盛り上がりをよそに、ゴンと額をステンレス製のデスクにつけて、ジュンがボソッとつぶやいた






「ちきしょー・・・僕はあきらめないぞ・・・ユリア」









筋肉ポリスに恋の手錠をかけられて

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