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「でね・・・本当にみゆきがかわいそうで・・・」
『そうなんだ』
ユリアはソファーにあぐらをかいて座っていた、片手にはカチカチのハーゲンダッツを手に、それが溶けるのを待っている、電話の向こうに心配そうな良ちゃんの声がする
風邪のせいか彼の声はくぐもって、聞き取り辛い、深夜も1時というのに彼は気持ち良く自分の話に耳を傾けてくれる
ほんの数日前までは、良ちゃんとの関係は風前の灯火だった、でも最近の彼の変わりように今のユリアは全面の信頼を彼によせ、何でも話せるようになっていた
ユリアが犯人に体当たりをし、銃口を向けられた時の事を語ったら、彼は息を飲んで聞き入った、心から心配そうに言った
『ユリア・・・約束してくれ、もう今後は一切そんな無茶はしないって』
「そうね、今思えばなんて無謀な事をしたのかしらって思うわ」
彼と共感を出来る限り分かち合いたい、ユリアは素直に彼に答えた
『いいかい?君は親友を思ってした行動だと思う、それはとても勇敢なことだし誰でも出来ることじゃない、君はすばらしい女性だよ』
「ありがとう良ちゃん」
ユリアの心がポッと温かくなった
『しかしテレビのドラマなんかじゃ、それでジ・エンドで終わるけど、現実はそうじゃないんだ』
「それはどういうこと?」
ユリアは心配になって聞いた
『犯罪を犯す人間は大抵は罪悪感など持っていないんだ、君は聡明だから人間の悪意というものを分かっていない、彼らは自分達こそが正義だと思っているんだ、犯罪者は僕達とまったく異なる価値観を持っている』
彼が一息つく
『だから彼らからしたら、君の好意は目標を邪魔されたとしか考えていない、ましてや犯罪が組織だっていたりしたら、君は目を付けられ、最悪は殺されるんだ、奴らは自分に関わってくる人間を逆恨みし、傷つけることなんて何とも思わないんだよ』
その話を聞いてゾッとした、良ちゃんの言う通りだ、幸いあの犯人は単独犯で、今は留置場で意気消沈しているらしいが、もしあたしに恨みでも持っていたら・・・
「急に怖くなってきたわ」
『勘違いしないでほしい、君を怖がらせるつもりで言ったんじゃないんだ、でも人を助けるためでも犯罪に関わるという事は今言ったような可能性もあるんだと思ってほしい』
「そうね反省したわ」
『君のご家族や、友達君を愛する人達のためにも、君が健康で安全で過ごす事を何より優先してほしい』
愛する人達のため・・・
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その言葉にユリアは感動した、スマホを持つ手に力がこもる
「はい・・・心配かけてごめんなさい、これからは気をつけるわ、だから軽率な私を許してね」
ユリアは心から敬愛を込めて言った、ジュンはベッドに腰掛けて電気をつけずに自嘲気味に笑った
ジュンの声だと気付かれないようにスマホにハンドタオルを挟んでしゃべる、彼女は彼氏の前ではなんて素直でかわいくて従順なんだ、ジュンは今日自分を殺すと脅した彼女を思い出してギャップに惹かれた、どっちも魅力的だ
『それに・・・みゆきがすっかり体調を崩してしまって、今日もお見舞いに行ったの・・・タクミ君も毎日来てくれてるらしいのだけどみゆきの落ち込み様がすごくて・・・』
「彼らは今つらい時期だろうね・・・」
ジュンが同情して言った
『みゆきはあの時タクミ君が自分を助けてくれなかったことに、将来の不安を感じているの、ついていけないんじゃないかって、今日もタクミ君のいない所で泣いていたわ、あたし何とかしてあげたくて、タクミ君にみゆきの気持ちを代弁してあげようかなと思って・・・』
「それは止めた方がいいよ」
『あら?どうして?』
「犯罪に巻き込まれるという事は、災害にあったも同然なんだ、今までの価値観や物事がひっくり変える、そういう時は時間というものが解決してくれるんだ、僕達がとやかく言う事ではないよ、それに・・・」
『それに?』
ユリアが続きを催促する、ジュンがキッパリ言った
「二人の仲がそれで終わるなら、それまでの二人だ」
一瞬の間があいた・・・キツイ口調に聞こえただろうか?それとも彼氏じゃないって気付いた?沈黙に不安になって何か言おうとした時ユリアがため息をついた
『あなたを心から尊敬するわ、本当にその通りね、私すばらしい人とお付き合いをしているのね』
ジュンは一気に赤くなった
「そんなことないよ」
『よくわかりました・・・あなたの言う通りにします』
ジュンは今すぐユリアを抱きしめたくなった、彼女の声には信頼と尊敬がまじっていた、ああ・・・でも切ない・・・彼女は今は僕のことを彼氏の良ちゃんだと思っている、これじゃ良ちゃんの点数を稼いでいるだけだ
ジュンは火照る額を冷たいビールで冷やした
『あなたの話を聞いて今日の事も反省したわ、私今日、事情聴取に行って助けてくれた警官に失礼な事を言ってしまったの』
ジュンは小さく笑った
「気にすることないよ、彼らは訓練を受けてるし、それで給料を貰ってるんだ」
するとユリアが驚いたように言った
『まあ!そんな言い方をしてはいけないわ、彼らがいてくれるから私達は日々安全に暮らしていけるのよ?彼らは尊敬に値する人達だわ、それに私を助けてくれた警官は真剣に私を心配してくれて、親切にしてくれたのよ』
その後、ナンパされたのは最悪だったけど・・・その言葉をビールと一緒にユリアは飲み込んだ
余計な事を良ちゃんに言うつもりはない、せっかく二人が上手くいきかけているんですもの
『君にぞっこんになりそうだよ・・・ユリア・・・』
スマホの向こうの彼の声が艶めきだった
あらあら・・・今のセリフの何が彼にスイッチを入れたんだろう?ドキンッと期待に胸が弾んだ
『もう我慢できない、服を脱いでユリア』
一変した熱を持っている彼の声に体中が欲望で波打った
「脱いだわ・・・」
『僕は君の脚に恋焦がれているんだ、君のふくらはぎや太腿にキスをするよ・・・何度も何度も・・・君が笑い転げるまでキスをする』
ぞくりとユリアの脚に快感が広がった、思わず自分の太腿を撫でる・・・いかにも彼にそうされているかのように
『それから唇を上に這わせていく・・・ゆっくりと』
「そんな事言われると感じちゃう」
『そして君の脚の間に落ち着く、君は潤ってなんともおいしそうだ・・・最高の味だ、食べたくてたまらない』
「いいわ食べて・・・」
『君を押し倒したい』
スマホの声からため息まじりに彼が言う、なんてセクシーなんだろう
『つかまえて、舐めなわして、抱きしめたい・・・君はたおやかで柔らかくなまめかしい・・・温かくて締りが良い所に指を入れたい』
ああっ・・・彼の言葉攻めだけでイきそう
良ちゃんがこんなに情熱的な人なんて信じられない
『今夜は口で愛してほしい』
「こっちへきて」
二人とも息を飲んだ、ほんのわずかに手を動かすだけなのにひどく淫らだ。二人の喘ぎ声には今までより一層、愛と信頼が混ざっている
緊張感に満ちた、甘い時を過ごし、やがて二人は至福の絶頂を迎えた
息を荒げながらユリアが言った
ハァ・・・『なんだか・・・あなたが時々見知らぬ人のよう気がするわ・・・どうしてかしら』
ギクリとした、あまりに驚きすぎてジュンはスマホを落としそうになった、精の後始末をしている手が硬直する、
―しまった、バレたか?―
先ほどまで天国にいたような高揚感が一気に放水を浴びたように冷えた、途端に額には冷や汗が噴き出る
「そ・・・そうかな?ゴホンッゴホンッ・・・アレルギーがひどくなってきたようだ」
あわてて咳をしてごまかした
『まあ大丈夫?体が冷えたかしら?風邪って言ってなかった?』
「あー・・・どっちかわからないんだ、もうそろそろ切った方がいいかも・・・君も明日仕事だろう?」
『ええ、そうね、明日は道頓堀で韓国アーティストが路上ライブするのだから店頭でクレープを焼くんだけど』
心配そうな彼女の声に思わず顔がにやける
「君の料理食べてみたいな」
彼女が驚いたように言った
『あら?じゃあ、この間のクラブハウスサンドはお気に召さなかった?その前のデートの時のロリポップドーナツは?』
「あ?いっいや・・・とっても美味しかったよ、君のパンは最高だ」
『・・・サンドイッチとドーナツよ?』
通話の向こうでユリアが怪訝そうに言った
これ以上しゃべるとまずい!ジュンは激しく咳き込んだ
ゴホンッゴホンッ「どうやら頭もボーっとしてきた・・・今すぐ薬を飲まないと、もう切るよユリア」
『ああ・・・そうね、長話をしてごめんなさい、それじゃまた電話するわ』
ジュンは切れた電話の通和音を聞いて大きく安心のため息をついた
ユリアがジュンの仕事に対して尊敬の念を受けていると聞いた時の、高揚感と事態をこれほどまで深刻にひきずってしまった事への、罪悪感に身悶えた
次に話をしてしまえば、こちらがしっぽを出しかねない領域まで、もはや自分は踏み込んでいる
もう限界だ!もうハッキリ自覚している、自分はユリアにメロメロだ、これは認めよう、ユリアが欲しい、ベッドに引き入れて激しく何時間でも攻めたてたい、そんなことになったらおそらく自分は朝までユリアの中に侵入して離さないだろう
もうやめろと彼女に蹴とばされるまで、クンニは止められそうにない、完璧にユリアの虜だ
こうなったら良ちゃんと決闘でもして、ユリアを拉致しようか、今の電話で自分は嫌われているのではないと自覚した、彼女はセックスもしていない彼氏との愛を律儀に貫いているのだ
それならまだ自分にもチャンスがあるという事になる、しかし、いくら出張とはいえ、彼女に電話の1本もかけてこないなんてどんな彼氏だ?良ちゃんってヤツは?
いずれにしてもこんな状態は健康と精神に良くない、ジュンは違う意味で睡眠不足になりそうだと頭を抱えた
火照った体を冷やすため、真冬だというのに冷たいシャワーを浴びた
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ユリアは明るい笑顔を顏に張り付けて、目の前にいるウサギの帽子にウサギのトレーナーの中学生二人組にクレープを渡していた
二人はしきりに帽子の端をひっぱってウサギの耳をぴょんぴょん跳ねさせている、とてもかわいい
「はい!こっちがバナナチョコでこっちがイチゴカスタード」
「ありがとう!ありがとう!」
双子ルックの中学生が嬉しそうにクレープを受け取る
「もうすぐ韓国のアイドルが来るんですか~?」
横でチェンさんが愛想よく聞く
「6時からそこでライブするの!」
「6時からそこでライブするの!」
双子中学生は声を合わせて道頓堀の向こう側のアメリカ村を指さした
「楽しんでね~♪」
ユリアとチェンはぴょんぴょんと同時に飛んでスキップしている、彼女達に手を振った、もう少しだ!がんばろうと自分に声援を送る
レストランの店頭のクレープ販売は良い調子で売り上げを上げていた、目標300枚と設定して、朝から焼き続けているが、ここへ来て、客足は遠のいた
しかし、あと100枚は売らないと原価割れになる、御堂筋は夕方の韓国アーティストの路上ライブを一目見ようと、若い子達でごった返している、トッピング役を担当しているチェンがユリアに言った
「生クリーム、もう1リットル泡立ててきましょうか?だいぶ減りました」
「そうねお願い」
「ユリア姉さんウエイトレスの制服似合いますね」
ニッコリしてチェンが言う
「まあ!そうかしらありがとう!」
「若く見えます」
「チェンさん、その言葉は年頃の女性には言わないものなのよ」
ユリアが笑いをこめて言った
「褒め言葉でヤンスよ~♪」
チェンがステンレスのボールを持って、店の中に入って行った、メルヘンが好きなこの店のオーナーが選んだメイドの制服は巾着袖にミニスカートとレースフリフリのエプロン姿に、メイド帽は頭にちょこんと乗せるだけでよかった
普段なら厨房長靴とシェフの山高帽をかぶっているユリアが、死んでも着ない格好だが、不思議と仕事だと思うと開き直れる、やはり可愛い制服を着ると、気分も浮き立つ
そして、夕べの良ちゃんの電話で激しく求められて、崇めたてられたおかげで、ユリアはいつもの自分よりも艶っぽく女らしい気分になっていた
夕べの電話を思い出すと、体がじわりと火照った、まったく良ちゃんと電話するたび、彼に好感を持てる
今自分は彼にラブラブだ、早く出張から帰ってきてほしいと思うと同時に、夕べは彼との電話で愛の行為の最中に、なぜかユリアの頭の中でジュンが良ちゃんを押しのけて割り込んできた
そして最後には彼の言葉を聞いているのになんとクライマックスをユリアの頭の中ではジュンと迎えてしまったのだ、後ろめたい気持ちと、体調を崩していた彼に長々と深夜の電話をするなんて、少し思いやりが足りなかったと反省した
「ハーイ!ピンクのメイドちゃん♪ストロベリーチョコチップは残っている?」
その声にユリアの顔が明るくなって胸を満たした
「あるわよ!チョコチップ最後の1個残しておいたわよ!思ったより早く来れたじゃない」
佳子が満面の笑みで言った
「さあ!あたしを太らせて!今日は食べて飲んで楽しむ日にしたの!そして明日からは一週間は野菜スティツク生活に決めたから」
ユリアは笑った、あいかわらず佳子は楽しい、佳子の体を眺めても彼女は細見の美人だホイップクリームをふんだんに盛ったクレープを佳子に渡した
「これぐらいじゃあなたは大丈夫よ!」
「日頃の積み重ねがものを言うのよ」
「ねえ、あたしこのカッコ大丈夫?浮いてないかしら?」
「ギリッてとこね!」
ピンクのメイド服を上から下まで眺めながら佳子が笑った、そこへチェンさんも帰ってきてクレープ屋台は賑やかになった
「寒くないの?」
「鉄板の前にいるから大丈夫」
「今日のあなた色っぽいわ、良ちゃんとのテレホンセックスのおかげかしらね、それともマッチョな警官のおかげ?」
マッチョな警官という言葉にドキリとした、自分に腹が立った
「大人の会話デス!」
とチェンさんが顏を赤らめた
「ここに、いたいけな乙女がいる前で、いかがわしい発言はひかえてほしいわ」
ユリアが顏をしかめて言った
「わたし!もっと聞きたいデス!」
チェンさんが息を弾ませ言った、ユリアは顏が赤くなるのを感じた
「やあ!!かわいいなあ~♪」
聞き覚えのある声に、ユリアはドキリとして固まった、警察官の格好をしたジュンが売り場の横から現れた。その後ろに同じく警察官のタツもいた、彼らは肩に大きな無線をつけている
「ゲッ!出た!」
ユリアが顏をしかめた
「あら~!あの時のおまわりさん!」
佳子が嬉しそうに言った
「いやはや!眩しいね!君達のメイド姿に目がやられそうだ!」
タツがニコニコして手で目を覆うマネをする、そしてタツは佳子の手を取って言った
「そして君の美しさは、市の条例に違反している」
「あらん♪お上手」
チェンと佳子はもうタツの魅力にキャアキャア言ってる、ユリアはぐるりと目玉を回した
「いい匂いだ!クレープちょうだい!」
ジュンが嬉しそうにユリアに言ったので、思わず笑ってしまった
「あなた達ちゃんと仕事してるの?」
「夕方からここで韓国アーティストが路上ライブするんだ!それの交通整備してたら・・・あら不思議!メイドのコスプレをしてる君をみつけたってわけさ」
ジュンは肩をすくめて言った、今朝からずっと考えていた言い訳をスラスラ言えたことに、心からガッツポーズをした
夕べ彼女の電話を切ってから、今朝交通整備課に自ら出向いて、夕方の韓国アーティストの交通整備の仕事を無理やりぶんどってきた
事情をタツに話すと、ヤツはニヤニヤ笑っておもしろがってついてきた、ジュンはユリアが気付くより先に彼女を見つけた
その制服のかわいらしさにたっぷり5分は見惚れた、笑顔でお客にクレープを売っている、自分にもああいった輝く笑みを向けてほしい、ウエイトレス姿の彼女は愛らしくて、彼氏の良ちゃんが彼女になぜ親密な関係を求めないのか不思議でならなかった
「あなた達いつも一緒なのね」
「もう5年になるよ、(ジュンタツコンビ)って言われてる」
「仲が良いのね」
「アイツとずいぶん事件を解決してきたからね」
ユリアは売り場の端にいるタツを見た、佳子とタツの距離が異様に近い
「ねえ手錠見せて♪」
「いいよそういうプレイが好き?」
「えっち(はぁと)」
佳子が乙女の顔になってタツといちゃいちゃしている
「女性には、かなり手が早いみたいね」
ホイップを泡立てながらユリアがあきれて言った
「人間だれでも欠点はあるさ」
ジュンは肩をすくめた、よかった、今日の彼女は当たりが柔らかい、途端にジュンの心が弾んだ
「その制服すごく似合ってるよ♪めっちゃかわいい♪」
ジュンがユリアを熱く見つめる、途端に夕べの電話の妄想を思い出す、トンボを持つ手が震えてる、今自分の頭の中をジュンに見られたらきっと彼は卒倒してしまうだろう、ユリアの頬が熱くなった
じーっとかぶりつきで彼に見られながらクレープを焼く
「400円です!」
そっけない態度でクレープを渡す、驚いたことにジュンは二口でクレープを平らげてしまった
「甘いね」
クスクス・・・「クレープですから」
思わず笑ってしまう、不意に通りを見てみると、道行く人がジロジロこちらを窴っている
「ねえ・・・あなた達がいるとお客が来ないわ、営業妨害よ」
ユリアは困った顏で言った、周りから見たらここで犯罪が起きたかのようだ、ただでさえ二人とも180センチを超える長身なのに、このハンサムな二人の警官は異彩を放って圧倒的だ、いるだけで周りからものすごく注目を集めている
「今日何時に終わるの?」
ジュンが周りなどお構いなしに言う、彼に熱い目でユリアの体を眺め回される、背後で道行く人々のひそひそと囁き声が聞こえる
「それを聞いたら退散するよ、あそこで発情してるヤツも連れて帰る」
ジュンが指を差して言った、タツは今や手錠で佳子をからかうのに忙しくしている、片腕を彼女に巻きつけ、顎の下で手錠を小刻みに動かし、佳子をコチョコチョとくすぐる、佳子は甘ったるい悲鳴を上げ、逃れようと無駄な努力をしていた、佳子の頬はピンク色に染まっている
―ちょっとイチャつき過ぎじゃないの?―
「わからないわ、あと100枚はクレープを売らないと」
途端にツンとしてユリアが言った
やれやれガードが固くなった、僕が君の絶頂の声を知ってると言ったら、クレープの鉄板を叩きつけられるだろうな、とジュンは思った、T字型のトンボをくるくる回す彼女の指の動きに見入りながら、その指が電話の時はどこにあったかを思い浮かべて股間が硬くなった
「ちょっと!命を助けてくれたヒーローに冷たすぎるんじゃない?」
佳子がユリアをたしなめた
「もっと言ってやってよ」
ジュンが面白そうに言った
「あとクレープ100枚全部買うよ、いくらだい?」
「お金にものを言わす人って嫌いなの」
彼女は手ごわい、それでも少なくとも彼女の注意を引くことには成功した
「じゃあ、ここに100人客を連れてきたらデートしてくれる?」
「もし、本当にそんなことが出来たら、私の方からディナーをごちそうするわ、出来るものならやってごらんなさいよ」
彼女は笑った、白くて輝く歯を見せて、ジュンは思わず彼女を引き寄せてキスをしたくなったが、それは良ちゃんも周囲の人間も許してはくれないだろう
なにより彼女の炸裂パンチが飛んでくる、そこに二人の無線が同時に鳴った、緊急出動が入ってジュンは名残惜しそうにタツを引きつれて、嵐のように去って行った
ほっとしたのもつかの間、そこからは圧巻の光景が広がった、二人が去って暫くしてどこからかワラワラと大勢の警官が溢れて来て、ユリアのクレープ屋台に並び出した
「ジュンが言ってたクレープ屋はここかい?」
「おれはチョコバナナ」
「俺はアップルシナモン」
「ジュンのおごりだそうだ、署に持ち帰りでチョコバナナ30枚頼む」
「こっちの派出所には10枚だ!」
ユリアとチェンは途端に忙しくなった、そこへ佳子も手伝った、たった数十分で大阪府内の警察官全員分のクレープが行き渡ったのではないかと思うほどだった
「信じられない!全部売り切れまシタ!!」
1時間後チェンが興奮して叫んだ
「あの警官あなたに本気よ!」
佳子も頬を赤くして言った
「あたしがやれるもんならやってみろと煽ったから・・・ムキになっただけよ」
ユリアは全身疲労する体を鞭打って、そっけなく答えた、しかし心は売り切った達成感と、ジュンへの感動でときめいていた、トンボを回していた腕がしびれている
「あのマッチョな警官、彼ってすっごくいいわ!それなのにあなたの態度ときたら!どうしてあんなに冷たくできるの?」
と佳子
「あの、おまわりさん可哀そうデシた!」
チェンも眉を寄せて言った
「命を助けてくれた上に、今日の売上貢献もしてくれたのよ!!いい?ユリア!あなた彼にお礼をしないと人でなしよ!彼のあなたを見る目つきったら大型犬がよだれをたらして、ご主人様にちぎれそうなぐらいしっぽを振ってるじゃない!後はあなたがリードを引けばいいだけなのに!」
「絶対そうデス!」
ユリアは二人に睨まれた
・:.。.・:.。.
『約束どおり、明日の夜、ディナーをおごらせてもらうわ』
スマホスピーカーの向こうからユリアの声が聞こえた
「やった!あした迎えに行くよ」
ジュンは声を弾ませて言った、目の前のジュンのデスクにはユリアの店のクレープが山積みになっていた
「うえっ、もう食えねえ」
隣のデスクでタツがクレープの包み紙に埋もれてつぶやいた、ジュンは署にかかってきたユリアからの電話を切って大きくガッツポーズをした
これには署内でどっと笑いが起こり、続いてジュンの技量についてクレープを頬張っている数人の同僚警官から、卑猥な野次が贈られた
「よう!ジュン!ワンダーウーマンとの初体験は気を付けろよ!血が出るぞ」
さらに爆発処理班の警官達が、クレープ片手に笑いと野次を飛ばす、みんな事件を解決したばかりでおかしなテンションを醸し出している、そして全員顏に煤がついている、ジュンが言い返す
「ご忠告ありがとうよ!だが、へらず口をやめないとあんたが血を見るぞ」
ジュンの威勢の良い声が署内に響く、これにもどっと歓声が湧いた、そこへ取り締まりを終えた婦人警官が数人やってきた
「失礼しま~す、クレープがもらえるって聞いて来たんだけど、ここかしら?」
タツが機嫌よく相手する
「どうぞ♪どうぞ♪ジュンのおごりだよ、何味がいい?」
「ハーイ!ジュン!あなたものすごい美人を追い回しているんですって?犯罪だけはお断りよ、警察の淫らな不祥事ほど、マスコミの大好物ってないんだから!」
クレープを片手にした、熟練の婦人警官達に、順番に肩やら頭やらポンポンと叩かれる、最後の警官はジュンのお尻をポンッとやって帰って行った
「セクハラですよ!」
ジュンは顏をしかめて言った
「みんなお前が可愛いんだよ」
タツやその他同僚、警官がゲラゲラと笑いながら言った、何とでも言うがいい、とにかくユリアとデートするという目標まで来れた
ジュンは財布の中身は寂しくなったが、今日のみんなの貢献のおかげで、ユリアに会える高揚感を味わって頬が緩んだ
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翌日ユリアは夕方5時少し前にレストランを出て自宅に戻り、さっとシャワーを済ませた
仕事を早めに上がるのは、今週になって2度目だと思うと多少は気が引けたが、体に残る厨房臭も気になるし、今夜のジュンとのディナーの事を考えると、これ以上落ち着いて仕事などしていられなかった
昨日のクレープ屋台に並ぶ、紺色の制服に身を包んだ警官の列・・・
あの堂々たる行列にユリア達は度胆を抜き、本当に感動した、朝倉淳・・・・屈託のない笑みと、見栄えのするハンサムな顏、誰からも好かれ、何をしても憎めない性格
ユリアは知り合ったばかりなのに、自分に平常心を奪ったうえに、信念や価値観までぐらつかせるなんて、その上ジュンの個性はたくましい肉体と同じくらい強烈だ
ああ・・・ダメダメ!あたしには良ちゃんがいるのよ!今日はお友達として、昨日のクレープの売り上げ貢献のお礼としてお食事をおごるだけなんだから
ユリアはそう自分に言い聞かせ、ドレッサーの前で衣装を選んでいた、ベッドに無造作に放り投げている服の一つは体全身をすっぽり覆うタートルニットと、フレアスカート
丈は足首まであり、色は無難なベージュだ、もう一つは肩から上がシースルーのブラックで品の良いタイトミニワンピース、セクシーで体の線はバッチリ出る
もちろんお友達とお食事をするのだから、タートルニットとフレアスカートを選ぶべきだ
今日は暖かいし、それにどこに食事にいくか分からないし、なぜか自分に言い訳をしながら、ブラックのタイトミニワンピースを着る
綺麗に巻いた肩までの髪がエレガントなブラックのミニワンピースに映えた、胸もこのワンピースの構造のおかげで、こんもり高い位置に収まっている、シースルーの袖の部分は肌の白さを際立たせてくれ、ユリアは満足して口紅を塗り、ダウンコートを羽織った
いったい何に満足しているのか・・・・自分に聞きながら
オートロックのマンションを出ると、前の道路にジュンが待っていた
ガンメタのスポーツカーにもたれて、こちらを見て笑っている
「やあ!綺麗だね」
ジュンはシルバーのVネックのニットに、白のデニム、その上には黒いカシミアのコートを着ている、コートのせいで体格の良さや、髪と瞳の黒さが際立ち、信じられない程素敵に見えた
ユリアがびっくりして目を見張ったので、ジュンが笑って言った
「どうやら、僕が年がら年じゅうパトカーに乗っていると思ってた?」
実際ユリアはそう思っていた
「なんかバッドマンが乗りそうな車ね」
「スカイラインGTRだよ、速い車が好きなんだ、ハイっこれ」
するとジュンは、今まで背中に回していた片方の手を前にさし出した
瑞々しいピンクと紫のガーベラのブーケが握られている、ユリアは嬉しさに息をのんで花を受け取った
「まあ!ジュン!なんてきれいなの!」
「君のほうがきれいだよ!」
ユリアは噴き出した
「そのセリフはクサイわっっ!」
そう言っても、顏は嬉しさで輝いている
「ちぇ・・・君はむずかしいな、じゃあこれでどうだ?」
そう言ってユリアに差し出したのはチュッパチャップス一個だった
「前にタツが君にこれをあげたら、君は笑った」
それを覚えていてくれた事に感動したのか、おかしいのかで、またユリアは笑った
「ああ・・・やっぱり君にはこれだ」
その言葉に何故かユリアは大爆笑し、すっかり機嫌を良くした、ジュンも上機嫌で二人は車に乗り込んだ
「お腹はすいてる?僕の行きたい所でいいかい?南港に素敵なレストランがあるんだ、少しドライブすることになるけど」
「ええ、あなたに任せるわ」
ユリアは何も言うことを思いつかないまま、手を組み助手席で姿勢を正し、ジュンを見つめた
ジュンはカーナビから流れてくる音楽に合わせて、鼻歌を歌いながら滑らかに車を走らせている、今更ながら車の運転も抜群だ
横顔は自信に満ちた雰囲気を醸し出している、阪神高速の夜景も、二人のムードに加わって、ジュンがレストランの駐車場にみごとなハンドルさばきで停車する頃には、すっかりユリアの心臓は早鐘を打っていた
「SASAKI」というレストランは木造の店だった、玄関の自動ドアが開くと、目の前には日本の障子や屏風で飾られた華やかな空間が広がっていた
ジュンは受付カウンターにいるアジア系男性に予約である旨を告げた、それを見たユリアは今夜の食事をわざわざ予約してくれたジュンの、紳士なふるまいに感動した
ジュンはユリアをエスコートし、彼女の腰に軽く手を置いてレストランの中へ案内した
「素敵な所だわ!」
ユリアが言った
「もっと素敵なことがあるんだ」
ジュンが笑った、案内された二人の席はなんとユリアの店の厨房の3倍はあるガラス張りのオープンキッチンが、上から一望に見下ろせるものだった
大人数のコックが所狭しと行きかい、次々と料理を作りだしている、それを上から見下ろしている、とまるで小さい頃に映画で見たお菓子工場の妖精達が、あくせく働いている様に見える
そしてよだれが出そうな、良い匂いが店内に漂っている、高級店だということはハッキリわかるが、目をむくほど高額ではない、妙な緊張感は無く、ただおいしい食事を楽しみリラックスした夜を過ごす場所
「ここは内装は代々日本のお城がコンセプトなんだだけど、料理は―」
「イタリアンなのね!!」
ユリアが目を輝かせてジュンを見て言った
「ああっ!私が目指しているのはまさにこれよっ!素晴らしいわ!ジュン!連れて来てくれてありがとう!」
子供の様に目を輝かせカウンターのガラス越しに厨房を伺っている
「よかった、君はこういうのが好きなんじゃないかなと思ったんだ」
ジュンもユリアの感動が移ったかのように満面の笑みを浮かべた、さらに彼は奥のカウンターの入り口に正面を向け、壁を背にして座るのをユリアは見逃さなかった
ここからなら店内を一望に見渡せる・・・面白いわ、ジュンは根っからの警察官なんだわ・・・とユリアは微笑ましく思った
ジュンは胸がしめつけられるような感じに囚われ、喜びに輝くユリアをうっとりと見つめた
今夜の彼女の装いは、先日のウエイトレスより結婚式の妖精風ドレスよりも、さらにあでやかだ、子供の様に目を輝かせカウンターのガラス越しに厨房を伺っている
ぷっくりと尖らせ気味になまめかしく艶やかな唇をしている、ジュンの視線はひとりでにユリアに吸い付いた、終始夢見ごこちで彼女から目が離せず、オーダーはすべてユリアに任せた
ユリアは食べたことが無い物を食べたいと、数種類の料理をオーダーした、ユリアがスライスしたローストビーフを口に運び、歓喜の悦びに浸った
ジュンもそんな彼女を見ながら微笑んで、蟹の身の塊を口の中に詰め込んだ、チーズもルッコラの野菜も驚くほどに美味しかった、きっと現地から直で輸送されてきてるに違いない、バケットは外がパリパリで中はふんわりしてガーリックが効いている
「スタッフド・マッシュルームはベーコンとチーズの量が物を言うの」
そう言ってユリアは口に放りこんだ
「ん~♪なにこれ最高!」
さらに二人はアーティーチョークのオーブン焼きも注文した、レモン風味のバターソースが相性抜群だった、デザートのティラミスも、これまた最高だ
容器の深皿も素敵で、鮮やかな渦状の模様は、ここのパティシエの腕が試される見事なものだった、こういう所にもこの店のセンスを感じる、鼻をくすぐるココアの匂いにうっとりする
二人は微笑みながらティラミスを頬張った、ユリアはカウンターに置かれている名刺をバックに入れた、また来ることになるだろう、ここは自分のお気に入りのお店になるに違いない、いつかこんなお店を持てたら素晴らしいだろうとユリアは夢を抱いた
「君はどうしてイタリアンシェフになろうと思ったの?」
唐突なジュンの質問に、普段の警戒は解かれ、彼と打ち解けて語り合いたくなった
「恥かしい話・・・ウチは両親が仲が悪くて、私が中学に上がる頃には共働きの母は父の食事を一切作らなくなったの」
「それで君はお父さんっ子でお父さんの食事を作っていたんだね?」
ジュンがそう言うと、ユリアは顏を輝かせた
「まあ!どうしてわかったの?まさにそうなの!父は私の料理をとても褒めてくれたわ、特にパスタやピザとかをね」
ニッコリ笑って彼がカウンターに肘をつくと、腕や首の美しい筋肉が一斉に連動した、思わずそれに見とれてしまった、ユリアは視線をわざとそらした
「それで?続けて」
「高1の夏休みには、父と二人でイタリアに旅行に行ったの、母と姉は付いてこなかったわ、興味がなかったみたい、ガイドブックで有名なお店を父と二人で食べ歩きしてね」
「素敵な体験だね」
「それからすぐに父は癌で亡くなったけど・・・その時に父と食べたお店の味が忘れられなくて、高校を出てすぐにシェフの道に入ったの」
そう言ってユリアはアイスコーヒーのストローを指でもて遊んだ、心に懐かしい父の笑顔が浮かんだ
「お父さんも、天国で君の今の活躍を誇りに思っているよ」
ジュンもコーヒーを飲みながら言った、その言葉は思いやりが溢れていた、心が温かくなり、思わず目頭が熱くなる、姉も母もこんな言葉は投げかけてくれたことはない
ジュンはこんなおしゃれで上品なレストランでも完璧にくつろいでいた、楽しい会話を軽い調子で続けられる、品よく都会的な彼の傍にいて、冷静さを保つのが難しくなってきた
「あの・・・あなたは?どうして警察官になろうと思ったの?」
照れを隠すように聞いた
「僕も恥ずかしい話・・・高校の時に少しヤンチャしてね、僕を街中のゲームセンターから高校にもどしてくれたのは町の警察官だったんだ」
「まあ素敵だわ!」
ジュンは小さく笑った、えくぼがかわいい
「素敵かどうかは分からないけど、何の取り得もないろくでなしの僕を、真剣に怒ってくれて、向き合ってくれたあの紺色の制服の人を見てて、こんな職業も悪くないなって・・・そして気が付いたら警察養成学校でビシバシにしごかれてた」
「それはすごいわ!なんて行動的!」
ユリアが笑った、だれかとこんな風に自分の事を分かち合うなんて・・・ユリアは心に温かいものを感じていた
彼が屈託のない笑みを向けてくる、これは卑怯だ、見惚れてしまうじゃないの・・・するとジュンがユリアの手を優しくとった
途端にユリアは荒れている自分の手が気になりだした
「あ・・・あの・・・私はシェフだからネイルアートとか女の子らしいことはあまり出来ないの、ピアスも香水も駄目でしょう?本当は佳子みたいに綺麗な爪に憧れるんだけど・・・」
「君の手は綺麗だよがんばってる手だ」
手のひらにジュンの熱い息がかかる
「それに僕は手相が読めるんだ、君の運勢を見てみよう・・・どれどれ?」
さらに手を強く握られ、一番近いカウンターのライトの光に照らされる、ユリアは鼓動がドキドキするの感じた、ジュンにこうして手のひらを読まれていると、まるで本当に自分の心を見透かされているようで落ち着かなくなった
「ジュン・・・手を離して・・・」
「まだ・・・うーんおや?ちょっとこれを見てくれ」
「え?何?」
ユリアが顔を近づけた、ジュンの怪訝な顔に心配になって言った
「お願いよ!じらさないで!何が見えたの?」
ジュンを小突いて催促する、ジュンは真剣な顔つきで重々しく言った
「そうだね・・・まだ結果を話すべき時じゃないな・・・君を怖がらせたくないからね」
ユリアは噴き出した
「もう!嘘ばっかり!私の手を握りたいだけでしょ!
「バレたか」
そう言うとジュンはユリアの手首にキスをした、途端にキスされた手首が熱を帯びた
「わ・・・私達・・・お友達でしょう?」
「君を友達だなんて思った事ないよ」
ジュンは目を閉じ、さらにユリアの手の平にキスをする・・・頬が熱くなる
今日一日で沢山知ってしまったジュンの優しさといたずらっぽい性格・・・がっしりとして美しく、おいしそうな体にときめいた、ニットを脱がして、この逞しい筋肉をじっくり眺めたい・・・そして全身に舌を這わせたい
ハッとして思いとどまった
「私には彼氏がいるのだから、お友達以上の付き合いは出来ないわ」
何故か自分のセリフに心が痛んだユリアだった・・・
ここはいったん大人しく引き下がるか・・・彼女は怖がっている
ジュンは、はやる気持ちを押し殺して、ユリアの手を離して言った
「そうだね・・・そろそろ出ようか」
ユリアは会計で財布を出して支払おうとしたが、いつの間にかジュンがカードですべて支払いを済ませていた、きっとさっきトイレだと言って席を外した時だ、ユリアは生まれてこの方、これほどスマートに男性に食事をおごってもらったことはなかった
ジュンのあまりにも紳士的な振る舞いにユリアは感動して、先ほど友達だと言って彼を傷つけたのではないかと心配になった
それから二人は地元の難波に戻って、ジュンが勧めるマジックバーに行った、カウンター越しにマジシャンがいきなり口からトランプを雪崩のように吐き出し、二人を歓迎した
あまりにも驚いたユリアは悲鳴を上げてジュンに抱き着いた、ジュンは大笑いをしてユリアをしっかり受け止めた。それからも色々なマジックを披露され、陽気なマジシャンから炎やら鳩やらが飛び出るたび、ユリアは奇声をあげてジュンにしがみついた
ジュンも幅の広い肩をカウンターの背にゆったりとあずけ、ユリアが椅子から転げ落ちないように彼女側の腕を椅子の背に置いている
なのでユリアはジュンの腕の中にすっぽり収まる形になっていた
「スペードのAがないわっっ」
ユリアは興奮して言った、すっかりマジシャンのトリックに夢中になっている、今度こそは種明かしをしてやると意気込んでいる、マジシャンは陽気に言う
「カードは彼氏さんの服の中にありますよ~♪」
「うそっ!!ずっと見ていたのに!信じられない!ジュン!じっとして!」
「うわっ!ユリアっ!くすぐったい」
ユリアは興奮してジュンのニットの裾から両手を入れて体中をまさぐり始めた、ジュンは驚いて体をビクンッと引きつらせた
「どこにもないわよっ!」
ユリアが楽しそうにジュンの体に手を這わせる、ジュンが息を飲みこむ
「よ~く探してね~♪前も後ろも♪おしりも♪見つけたらドリンク1杯サービスよ~♪」
マジシャンは面白おかしく、ユリアを呷る、ジュンは体をそらし顏を真っ赤にしている、ユリアもどさくさに紛れて、ここぞとばかりに彼の体を探索する
温かく盛り上がった胸筋に手のひらで乳首をかすめる、ジュンが小刻みに震える、意外と感じやすいんだ
「ユリア!!もういいかげんにしてっっ」
お尻の割れ目に手を添えた時に、赤くなったジュンがたまらずそう言って身をよじった
「あったわ!!」
ユリアがガッツポーズをしスペードのAのカードを高くかかげた、周りから拍手がわき出る、ジュンはぐったりとカウンターにうつ伏せになって息を荒らげていた
他のマジシャンも加わって、楽しそうにサービスドリンクでユリアは彼らと乾杯を繰り返している、それを見ながらジュンは股間の硬くなったモノが落ち着くまで、暫くはうつ伏せの体制を余儀なくされた
「大丈夫?」
ユリアがクスクス笑う
「いたずらされた女性の気分だ」
ジュンも拗ねて言った、そしてまた二人で笑った、男性とこんなに楽しい夜を過ごしたのは初めてだった、ユリアは一年分笑ったかもしれないと思うほどジュンはおもしろくて、素敵だった
マンションの近くのコインパーキングに車を止めて、玄関まで送ると言うジュンと、二人で遊歩道を歩いた
二人はおしゃべりをして笑い合い・・・どこかの時点で手と手が絡み・・・離れなくなっていた、温もりが温もりを求める、ユリアの手は大きなジュンの手のひらにすっぽりと包まれている、それは安心感と喜びでぞくぞくしていた
困ったことが起きていた・・・性的魅力はさておき、ユリアはジュンを人として好きになりかけていた
笑い方も、言葉の返し方も、切れの良いつっこみのセンスも、頭が良くて率直で、気取らず話がおもしろい・・・もっと朝倉淳という人間を知りたいと思わされていた
マンションの前で二人は歩調をゆるめ・・・立ち止まった
「・・・結局私は今日一銭も使ってないわ」
ユリアは言った
「次のデートは君がおごってよ」
「じゃあ次もあるってことなのね」
ジュンがにやりとして言った
「次の次の次も、僕がおごったらずっと君と一緒にいられる、安いものだ」
艶っぽい声
「ジュン・・・」
「君に名前を呼ばれるのが好きだ」
ジュンが言葉を重ねる
「声が好きだ、しゃべり方が好きだ、君が笑ったら僕はスライムみたいにドロドロにとけてしまう」
ユリアの鼓動は早鐘のようになった、やっとのことで言葉を振り絞った
「お願い・・・困らせないで・・・私には」
「わかってる」
千切れ雲から満月がのぞき・・・また隠れた
その間二人はゆったり見つめ合った・・・やがてジュンが小さくため息をついて首を振った
「今日はこれで帰るよ・・・あと1分でも君といたら、完璧な紳士のフリが出来なくなる」
紳士のフリなんかしないで・・・思わず出そうになった言葉をユリアは飲み込んだ
「紳士のフリをしていたの?」
ユリアが聞いた、ジュンがマンションの階段を2段降りた、ユリアと目線の高さが同じになった
「君に会った時から・・・ずっと本当は月に向かって吠えたいし、ゴリラのように君に向かってドラミングしたい」
ユリアが思わず笑って言った
「それじゃあ・・・私からのお礼を受け取って」
ユリアは両手をジュンの頬に添えそっとキスをした
そっとふれるだけの・・・しとやかに心をこめて・・・ジュンの息の香りも、下唇の柔らかさも・・・肌の熱もがっしりしているのに、輪郭のきれいな骨格も、髭は綺麗に剃られ、なめらかで肌ざわりがここち良かった
一度とびきりのキスをするだけでよかった・・・ずっと思い描いていたようなキスをすれば、この訳のわからない渇きは癒されるはず・・・そうしたら手を放して彼を帰らせてあげればいい・・・
本当に良い考えだと思った、後はジュンがおとなしく受け身でいてくれれば上手くいくはず・・・ところがジュンはおとなしくしてくれなかった
―!!―
ジュンが反撃に出た、途端にジュンに強く唇を吸われた、吸ってからめて舐めまわされた、彼はミントの味がし、ユリアの背骨にそって手を下しながら腰を引き寄せ、ウエストをぎゅっとつかまれた
さらにジュンが舌を差し込んできた、とてつもなくなめらかでおいしい舌が、荒々しくユリアの口の中を動く、興奮がユリアの体の中を走り抜け、うっとりと彼のうめくような息遣いが耳の中で大きく鳴り響いた
甘く貪るような激しいキスに、女の本能が全開で花開き応えようとしている、5秒もすると彼の方が経験豊富であることがハッキリした
数分が永遠のようだった・・・思考が麻痺寸前で押しとどめた
ユリアはポカポカとキスに夢中になっているジュンの肩を叩いた、ようやくジュンに解放された時は息を荒げ、恥ずかしくて彼の顔を見れなかった
ジュンはうっとりと頬を染めて、まだ目を閉じていた
「天国のようなキスだ」
「お・・・おやすみなさい」
そう言ってその場にジュンを残したまま、ユリアは逃げ足でマンションのオートロックの向こうに消えた
・:.。.・:.。.
彼女からキスをされた時・・・ピンク色の雲に覆われたようにジュンの頭は真っ白になった
甘くかぐわしい春のような香り・・・きわめて女性的な香り・・・この爆弾には心の準備が出来ていなかった
信じられない程なめらかな舌の感覚・・・温かで潤っていた
ジュンはその感覚に圧倒されい、つまでも味わっていたかった、彼女の舌に舌をからませた時の、小さな悲鳴、言葉にならない喘ぎ、そして体から力が抜けた
いつの間にか肩を叩かれている事に気づき、腕を緩めると、ああ・・・またしても取り逃がしてしまった、やっと近づいて来てくれたのに、彼女も間違いなく自分に惹かれている
自分も息が上がっている、あんな落雷にあったようなキスをされて引き下がれるわけがない
ジュンは狼男のように吠えたくなり、月を見上げた
・:.。.・:.。.
あたし・・・どうしちゃったの?
ユリアは大きく息を吸い、乱れた呼吸を整えた
ボーっとリビングに電気も点けず、その場にたたずんだ、なんて大胆なことをしてしまったのだろうと思うと、顔が赤くなる
ジュンは私の事をどう思っただろう?・・・今でも感覚が残っている、彼は折れるぐらいきつく私を抱きしめた・・・そしてあのキス・・・大人しくお行儀のよかった彼がスイッチが入ったかのように一変して激しい貪るようなキスに、正直いってびっくりした
男性とキスをしてあんなに激しく情熱が燃え上がったことはなかった、彼の傍にいると、興奮がさざ波のように体中を駆け巡る
舌を吸われた途端、情熱が花火のように爆発した、彼は危険だ、これ以上一緒にいると、もっとその先まで知りたくなる
―ああっダメよ!ユリア!浮気心の芽は小さいうちに摘み取ってしまわなければ、父と母のようになってしまうわよ!!―
ユリアは大きくため息をついた、もうジュンとは会わない方がいい・・・だって彼は会ったその日に声をかけてきた、きっと今までも同じように沢山の女の子と色々してきたに違いない
身元もはっきりしていないしって・・・警察官だけど・・・とにかく!彼に深入りしていはいけないわ
そうだ!私は良ちゃんとのロマンスを育てるべきだ、そうユリアは自分自身に言い聞かせた
その時、誰かが外で叫んでいる声がした、一度二度声が聞こえた、そしてあろうことか自分の名前を呼ばれている
ユリアはハッとして窓に駆け寄り、ベランダに出て外を眺めた、途端に襲いかかる外の冷たい空気にぶるっと身震いする、見下すと街灯のそばに誰かが立っているのが見えた、驚きのあまり目を見張った、心臓がドキドキする
ジュンだ!
ジュンが路上に立ち、こちらを見上げて笑っている
「そこが君の部屋かい?ユリア!」
「ジュン!そんな所で何をしているの?」
驚いたことに答える代りにジュンは「GReeeeNのキセキ」を勢いよく歌い出した
その声は素敵で・・・豊かによく響いた、甘く訴えかけるような歌声・・・
―意外と上手いじゃないって何考えてるのっっ!!―
「ジュン!!やめて!!」
ユリアは思わず叫んだ、不意に隣の窓が空き、ベランダにマンションの住人のキャバ嬢が顏を出した
「いったい何の騒ぎ?あらら!イケメン!」
「ジュンっ!!!」
ユリアは懇願した別の窓が開いた、すぐ下のベランダにサラリーマン風の住人が顏を出した
「なんだ?知り合いですか?」
「ジュン!やめて!!何してるのよ!!」
ユリアは叫んだ
「君の気を引こうとしてるのさ!!」
「あら!あたしの気も引いたわよ♪」
隣のキャバ嬢が口をはさんだ、ピンクのローブに、髪には黄色のヘアカーラーを山の様に巻いている
「ジュンっっ!!あなたアホなの?」
ユリアは怒りにまかせて叫んだ
「君がアホが好きなら僕はそれになるよユリア!」
ジュンはニッコリ笑って言った、コイツはヤバいヤツなのかもしれない・・・咄嗟にユリアは思った
「あの~迷惑な様でしたら、「警察」を呼びましょうか?」
下のベランダのサラリーマン風の男がユリアに言った
「無駄よ!」
ユリアは目をぐるりと回して言った
「他の歌も歌って!」
キャバ嬢が叫んだ
「ちょっと!煽らないで!近所迷惑よ!」
ユリアがきつく彼女に言った、ユリアは降りて行こうか迷った、これ以上ジュンが騒ぐようならそうするしかない
その時またジュンが叫んだ
「僕はあきらめないよ!ユリア!君が大好きだ!!ぼくと付き合ってくれ!!」
「無理よ!あなたとは付き合えないわ!」
そう叫んだものの・・・今度は心がこれ以上無いぐらいズキンと痛んだ
初めての感覚にユリアは動揺した
「今夜は君のキスを夢見るよ!」
ユリアは気が動転して何も考えられなかった、ジュンは最後は満面の笑みを浮かべ、夜の闇に消えて言った
「やれやれ・・・これでやっと眠れる!」
そう吐き捨ててピシャリと下の住人の窓が閉まる音がした、ユリアの心臓は突発的な出来事に、冷や汗をかき、まだドキドキしている
「つきあってあげればいいのに~♪彼あたしのお店に来てくれないかしら」
隣のキャバ嬢もそう捨て台詞を残して、ピシャリとベランダの窓を閉じた
出会ってから数日・・・怒涛のスピードでジュンは私の心の中に攻め入ってきた
ジュンは私の世界をひっくりかえす人だ
それでも、ジュンほど人並みはずれてセクシーで、魅力的であったとしても、ずっと会わなければ・・・いずれ頭から消し去ることもできる
先ほどのキスと身体が吹き飛ぶような欲望はまったく予期していなかった、キスだけで登り詰めそうだった
まだ体にあの感覚が残り・・・拭い去ることができない、しかも彼は口だけであんなことが出来たのだ
体の他の部位を使われ体を重ねれば、どうなるのだろうと身震いする・・・それにあの甘い歌声
今夜はジュンで溺れそうになるのを、最大限の理性で戦わなければ・・・
ユリアはその夜はとうとう良ちゃんに電話をすることが出来なかった
・:.。.・:.。.