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呼び出しは、短い暗号文だった。
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〈IRIS〉
追加任務
今夜、接触
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詳しい情報は何も書かれていない。
つまり、選ばせる気はないということ。
私は了解の返答だけを送り、
深く息をはいた。
「(……やっぱり、か。)」
これは任務ではない。
試験だ。
夜街、人通りが途切れる時間帯。
「…来たな」
街灯の影から現れたロイドは、
スーツ姿のまま立っていた。
「急で悪いな。」
「いえいえ。」
「…それで、どうしてこんな所へ?」
「今から、簡単な任務を与える。」
「内容は?」
「…観察だ。」
ロイドは歩き出し、私も並ぶように隣を歩く。
「最近フォージャー家周辺で、
不審な動きがあった。」
「(……不審…)」
「第三者の可能性もある。
だが、内部要因の線も捨てきれない。」
「(内部…?…まさかーー)」
「…ヨル・フォージャー、ですか。」
ロイドは黙った。 たが、それが答えを
表すことはすぐにわかった。
「…〈IRIS〉、君には今から彼女をーー」
「…として、観察してもらう」
心臓が、一拍だけ強く鳴った。
体が“任務”を拒否している。
「感情は排除すること。
もし確証を得たらその場で報告をしろ。」
「……その後は?」
「俺が引き継ぐ。」
それが何を意味するか、
分からないほど愚かではない。
「…ですが、先ぱ」
「〈IRIS〉」
突然立ち止まり、
ロイドがこちらを見る。
「これは命令だ。」
「(……逃げ道はないですってか。)」
「……了解です」
私は答えた。
——完璧なスパイの返事として。
数時間後。
私は再び、“リナ”として
フォージャー家を訪れた。
ガチャ
「リナさん、こんばんは!」
ヨルさんは笑顔で私を迎えてくれた。
「突然お邪魔してすみません。」
「いえいえ、とんでもないです!」
変わらない、 いつもの
笑顔を 彼女は見せる。
「(……本当に?)」
私は彼女の動きを一つ一つ追う。
歩幅。
体重移動。
呼吸の状態。
——無駄がない。
あまりにも。
「りなのおねーさ〜んっ!
アーニャ今日大活躍した!!」
「アーニャちゃんは元気だね。
どんなこと?聞きたいなぁ。」
「…! えっとね——」
楽しそうに話す声。
その間も、アーニャちゃんの視線が
一瞬私に刺さる。
「……でね!」
でも、何も言わない。
ただ子どもらしく喋り続ける。
「………」
私たちが玄関前で話をしている間、珍しく
ヨルさんはキッチンで料理をしていた。
料理の途中、包丁を手のひらで
くるりと持ち替える。
「………‼︎」
その瞬間。
私は、確信した。
「(この人は……)」
ーー危険だ、 確実に。
でも同時に。
「(…でも、この人は家族を傷つく
方向には使わない)」
その判断は、
スパイとしては間違いだった。
でも。
「…リナさん?」
ヨルさんが不思議そうに声をかける。
「……いえ、なんでもありません。」
報告すべきか。
今すぐ。
ロイドに。
——切り捨ての合図を。
私は、口を開きかけて。
ーーー閉じた。
「……」
その夜の帰り道。
フォージャー家を出てしばらくした後、
通信端末が震えた。
『…〈黄昏〉だ。観察の結果を
確認したい。どうだった。』
ロイドだ。
私は立ち止まり、夜空を見上げた。
「…確証は、ありませんでした。」
『………そうか』
『なら、引き続き観察を続けろ。』
通信は切れた。
私は、端末を握りしめる。
「(…嘘はついていない。)」
確証はない。
でも。
「(私は選んだ。)」
スパイ〈IRIS〉として、
限界ギリギリの選択を。
それが ロイド・フォージャーの“試験”に
合格したのか。
それは、まだ分からない。
ただ一つ。
この任務は、
もう後戻りできないところまで来ている。
佐久良優華@イラコン開催中
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