テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
佐久良優華@イラコン開催中
2,603
コメント
1件
またもや呼び出しを食らった。だが今回は、
先輩からではないらしい。
簡潔な暗号に 座標、 時刻。
「ーーーWISEか。」
指定された場所は、WISEの非公開施設。
椅子に座った瞬間、 空気が“終わり”の
匂いを帯びていることが分かった。
ガチャ
「……失礼します。今日はどのような
ご用件で?」
「……〈IRIS〉」
「君に、最終判断を通達する」
「(……ついに、か…。)」
“最終判断”なんかじゃない。 通告だ。
机の上に、二つのファイルが置かれる。
1つは フォージャー家。
もう1つはーー
〈IRIS〉個人の行動記録。
「猶予期間は終了した。」
「…対象家族には、 想定外の要素が
複数存在する。」
[ヨル・フォージャー]
身体能力。
戦闘適性。
反応速度。
「どれも看過できないレベルだ。」
「……そうですか。」
「(分かっていた。 全部。)」
「君は、これを把握していながら
決定的な報告を行わなかった」
ギロリ
「理由を聞こうじゃないか。」
「…理由、ですか。」
私は、少しだけ考えた。
正解は分かっている。 でも、それを
言えばあの家族が“壊れて”しまう。
「……任務成功率を下げると
判断したからです。」
嘘ではない。
だが、決して真実とも言えない。
「感情ではないと?」
「はい。」
一瞬の沈黙の後、
上官は、ファイルを閉じた。
「ならば選べ。選択肢を3つ、
与えてやろう。」
一つ目。
「今すぐに、 フォージャー家に関する
全情報を提出する」
二つ目。
「〈黄昏〉を含めた作戦全体の
再編に協力する」
三つ目。
「〈IRIS〉、 君がこの件から降りる。」
私は驚いた。
いったい、何を考えているのか。
「……降りる、とは?」
「任務からの永久離脱、
公式には“殉職”扱いだ。」
——名前も、記録も、役割も。すべて。
「その場合、 君は二度とフォージャー家に
近づくことはできない」
「だが——」
「その代わり、 家族への
直接的介入は行わないものとする。」
心臓の音がやけに大きい。
私は今、スパイでありながら“感情”
のままに動こうとしている。
スパイとして正しいのは、 一つ目。
ーーーでも。
人として、
それは選べない。
私は、ゆっくり息を吸った。
「……三つ目を。」
「…〈IRIS〉は、この件から降ります」
上官は、わずかに目を細める。
「それが何を意味するか、
理解しているな?」
「はい。」
——つまり、〈IRIS〉はここで終わる。
スパイとしての人生も、
コードネームを与えてもらったことも。
もちろん、今の居場所も。
「後悔は?」
「………」
私は、一瞬だけ——
アーニャちゃんの笑顔を思い出した。
「……ありません。」
それは、嘘じゃなかった。
「…よろしい」
上官は立ち上がる。
「WISEとしては、君という人材を失うのは少々痛いがーーー君が望むのなら。」
「…これをもって、
〈IRIS〉は任務終了とする。」
その言葉で、
私の“スパイ人生”は区切られた。
建物を出ると、夜風が冷たい。
通信端末はもう鳴らない。
コードネームで呼ばれることもない。
——私は、誰でもなくなった。
「(…これでいい。)」
フォージャー家は守られたのだから。
少なくとも、 私が知っている限りは。
遠くの空を見上げる。
同じ空の下で、
あの家の灯りが、
今日もついているはずだ。
私は近づかない。
それが、 私にできる最後の“任務”だからだ。