『ちょっとお休みしてみましょうか』
『お休み』と言うワードに、ひゅっと喉の奥が鳴る。
声が上擦ってしまうのを抑えられないまま、私は絞り出すように呟いた。
「えっ……と……それはいわゆる別名『クビ』というやつでしょうか……」
『……………………いえ?』
「……今、嘘つきました? 」
『うーん、そうですね……半分ほど』
「なんですかそれ。……っていうか、はぁ……半分は本当なんですね」
半分だろうが全部だろうが、『クビ』は『クビ』なのだ。
とはいえ基本、フリーランスの私に『クビ』というものはない。
もしあるとすれば、私が犯罪を犯すなどして契約を終了されること。
そしてあとひとつ。
今回のように作家側の理由で『お休み』を打診されるか、近々依頼のご連絡をしますねと言われ、それっきりフェイドアウトされること。
「……仕方ないですよね。1年以上プロットすら書かずにきましたし、これからも書ける保証もないですし。瀬戸内さんたちから愛想尽かされても文句は言えないです。でも……」
(つらいな……)
突きつけられた現実の厳しさに、がくりとうなだれる。
すると瀬戸内さんが私を覗き込むように身を乗り出し、声をかけてきた。
『……空木先生? 寝てます?』
「いやなんでそうなります? 寝るわけないじゃないですか。……あ、もしかして慰めてくれようとしてます?」
『いえ、まったく』
涼しい顔でさらりと否定する瀬戸内さんを、恨めしげにじとっと見つめる。
瀬戸内さんはそんな視線を気にするふうもなく、言葉を続けた。
『ついでに言いますが、先ほどの提案は、本当に半分はただのお休みです。安心してください』
「……でも、半分は違うってことですよね。一緒じゃないですか」
『いえいえ、全然違います』
「……私には同じに聞こえますけど」
『うーん……』
瀬戸内さんは言葉を探すように唇をとんとんと叩きながら、やがて「ふむ」と頷いた。
『……まず、先ほど半分嘘と言いましたけど、それは空木先生サイドの視点でという意味です。僕視点で言わせてもらえれば、嘘はゼロです。僕、元々嘘とか面倒なので嫌いですし』
「……」
何を言おうとしているのかわからず、眉根を寄せながら疑い満載の目で瀬戸内さんを見つめる。
彼は、いつもと変わらない表情で画面から私を見つめ返した。
その表情は、出会った当初から何ひとつ変わらないもので。
それは私がこれまで7年間、彼を信頼し続けることができた一番大きな理由だった。
(……この人はグサッとくることを平気で言ってきたり、言い方にちょっと……ううん、かなり難があるけれど、取り繕うような嘘は決して言わない人だ)
でもだからといって、担当者として作家のデメリットにしかならないことを提案するタイプでもない。
瀬戸内さんはそんな私の考えを感じ取ったのか、どう説明しようか整理するように、自身の唇を人差し指でとんとんと叩いた。
『……まずは、順を追って説明していきましょう』
「っ、はい、お願いします。あっ、ちなみに私への忖度は一切ナシで!」
『当然です』
「ぐっ……」
何を今さらという顔で、瀬戸内さんはこれまでの経緯を話し始めた。
『まず一番に報告しないといけないことだったのですが……この度、僕は先生の担当から外れることになりました』
「ええっ!?」
想像もしていなかったことに、思わず大きな声を上げる。
『……といってもまだ決定ではないんですけど。でもほぼ確定ですね』
「ほぼ確定……」
呆然としながら、瀬戸内さんの言葉をオウム返しに呟く。
彼が私を作家としてどう思っていてくれたかはわからないけれど、デビューからの7年間なんだかんだと私を支えてくれていた人だ。
これまで瀬戸内さんの冷たい返しに何度も心が折れかけ、そのたびにこんな編集者は嫌だと叫んでいたけれど、結局最後は彼の的確なアドバイスに助けられてきた。
黙り込んだままの私に声をかけることなく、瀬戸内さんは言葉を続けた。
『僕が外れるのは、予定では約半年後……まあ、4カ月後と思っていただければ結構です』
「……」
『……そして、僕の後任はまったくの未定です。決定する予定も、今のところ未定です』
「未定……なるほど……」
瀬戸内さんの説明に、現状の自分の立場を理解する。
半年後には、私をこれまでジーニアス出版と結びつけていてくれた人を失うことになるかもしれないのだ。
もちろん、いなくても出版社への連絡手段はいくらでもある。
けれど、担当してくれる人がいるのといないのとでは、心身においてのストレスはまったく変わってくる。
「でも、どうして今それを教えてくれるんです? 別に担当から外れる少し前に言ってもよかったのに」
それで、後任は決まり次第連絡しますからと言って、そのままフェイドアウトすればいい。
いや、むしろそうしてもらったほうが、私としてはありがたいかもしれない。
半年に渡るカウントダウンをしなくてもすむのだから。
すると瀬戸内さんは、今日すでに何度か見た、とんとんと唇を叩くクセをしながら私を見つめた。
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