『……今回のお休みの提案も含め、僕が担当から外れるということを事前にお知らせすることにしたのは、先日の会議で決定しました』
「……はあ……」
『近頃、電子書籍の需要が増えていっていることもあり、作家さんの数もどんどん増えてきています。それにともない、僕たちの直属の上司、つまり編集長よりもさらに上の方々から、人気が低迷している作家さんや、長い間書けていない作家さんたちに引導を渡せというお達しがありました』
「……会社なんかでよく聞く肩たたきというやつですね」
『まあ、そんな感じですかね。ですが、僕たちとしてはそれはできればしたくないんです。スランプに陥った作家のフォローを諦めずに続けることも僕たちの大事な役目だと思っていますから』
「それは……いつも感謝しています。ありがとうございます」
私がスランプに陥ってから約1年。
ぐだぐだ言うばかりで書けなくなった私に、瀬戸内さんをはじめ出版社の人たちも、毎日忙しいはずなのに定期的にオンラインミーティングを設けてくれていたのだ。
正直、ジーニアス出版社には感謝しかない。
その気持ちを込めて、私は画面に向かってぺこりと頭を下げた。
『ああ、いやいや、お礼を言われたくてこの話をしたわけじゃありません。僕はただ、これまでのことを説明しているだけですから』
「ははは、はい……そうでしょうね」
まったくブレのない瀬戸内さんの言い方に苦笑しながら、私は話の続きを促した。
『……で、社内で今後どうするべきかと会議をしまして、空木先生のように書けなくなった方々に、担当がいなくなることを事前に連絡することになったんです』
瀬戸内さんはそこまで言うとひと息つき、再び口を開いた。
『言うことによって、まだ作家を続けたいと頑張ろうとするかもしれない。別のステージに一歩を踏み出すことを決意する人もいるかもしれない。それを僕たち編集者たちが一緒に考えることができたらと思ったんです。……まあ、正直こんなことをするのは初めてで、吉と出るか凶と出るかはまったくわからないんですけどね』
「……確かに。中には、言われることによって作家の尊厳を傷つけられたと感じる人もいるかもしれませんからね」
『よくおわかりで。ですから、全員にお伝えしているわけではありません』
そう言うと、瀬戸内さんはニコリと微笑んだ。
『空木先生はお伝えたほうがいいと思いましたので、お伝えしました。そして、まだ作家を続けたいとの本心を確認しましたので、お休みをしましょうと提案したのです。アナタにはそれが一番だと僕が判断しましたので』
「えーっと……ちょっと待ってください?」
ここまでの流れはわかったけれど、それがどうしてそうなるのかがさっぱりわからない。
「私が作家を続けたいと思うと、なんで休みましょうって話になるんですか? 何もせずに半年間過ごせっておっしゃってるんですよね?」
『は? そんなわけないじゃないですか』
呆れたような口ぶりで、瀬戸内さんが言う。
『休みというのは、何か書かなくちゃと自分を追い込む日々から少し離れろという意味です』
「あー……あはは、そうなんですね。私はてっきり旅行とかに行ってのんびりしろってことかと……」
『いやいや、ただでさえインドア引きこもり傾向のアナタがそんなことしたら、それこそ無駄な半年ですよ。まあ、のんびり過ごして自分の内面を見つめ直す時間も大事かもしれません。ですが空木先生の場合は、もっと外の世界に目を向けるべきだと思うんです』
「はあ……」
何か趣味でも見つけろという意味だろうかと、曖昧に頷く。
「私も、外の世界をもっと知るべきだと思うのですが、いかんせん……」
特に興味を引かれるものがない、と言いかけた時、瀬戸内さんが言葉をかぶせてきた。
『同意していただけるのなら善は急げです。早速恋人探しでも始めてください』
「……………………は?」
『三次元という現実の世界でも恋愛を体験することにより、スランプを抜け出せる可能性は大いにあると思うんです。しかもその経験により先生の文章にさらに奥行きが広がり、ファンへの掴みもグッと増すと思うんですよね』
「え、えっと……ちょっと待ってください? 外の世界ってそういう意味だったんですか?」
『……ん? まさか先生……』
「っ!?」
今、勘違いしてたと認めれば確実に呆れられ度マックスの言葉を延々と投げかけられるに違いない。
そう思った瞬間、私は咄嗟に首をブンブンと横に振った。
「い、いえ! あの……さすがに恋人探しはハードルが高すぎると思って! ほら、まず出会いがないですから!」
『……確かに』
とりあえずの言い訳に納得してくれたことに安堵しながら、ははは……と引きつり笑いで誤魔化す。
『……いやごもっともです。出会いがあるような生活、してないですもんね。だったら僕が友達でも見繕って……として差し上げたいですが、友達減らしたくないですし……』
「……今、さらっととても失礼なこと言いましたよね。……慣れましたけど」
『あはは、だって先生の性格考えたら難しいでしょう。すごく気さくに話せると見せかけて、ものすごく人見知りなんですから。会って間もないうちから話は盛り上がれるし、これは仲良くなれるかも……と思って一歩踏み込んでみたら、いきなりわかりやすすぎる嫌悪感滲ませて勢いよく目の前でシャッター下ろすんですから。相手からしたら、なんだこいつと気分悪くしますよ』
「うっ……それは……意識しているつもりはないんですけど……。ただ、驚いてつい、というかなんというか……」
『悪気はないんですよね。今ならそれがわかります。僕たちの間もだいぶ壁は低くなってはいますけど、担当当初はどうしようかと頭を抱えたものです。セクハラまがいのことを聞いてシャッター下ろされるのならまだしも、普通の日常生活について聞いてそれですからね』
「……返す言葉もございません……」
瀬戸内さんの鋭い性格分析に、私は小さくなるしかなかった。
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