TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

 あれから――。


 僕と葵は晩御飯を済ませた後、少しの談笑をしてから床に就くことにした。


 いや、少しじゃないか。だってもう、時刻は二十三時をとっくに回ってたから。


 とても楽しい時間だった。


 お喋りをしながらお互いに笑い合って、冗談を交わし合った。ケラケラと笑う葵の屈託のない純粋無垢な笑顔を見ていると、これ以上ない程に幸せな気持ちになることができた。


 葵の太陽のような温かな笑顔が、僕の心を温めてくれた。その笑顔をずっと見ていたかった。


 そう、素直に思える、楽しくて幸せな時間だった。


*   *   *


「憂くん、もう寝ちゃった?」


「ううん、まだ起きてるよ? どうしたの?」


 光量を落とした薄暗い部屋の中、僕と葵は布団に入りながら言葉を交わす。


 まだ起きてるとは言ったけど、この前のように緊張して眠れないわけじゃなかった。ただただ、寝るのがもったいないと思えたんだ。


 一分でも二分でもいい。


 葵と一緒にいられる時間を大切にしたかったから。


「じゃ、じゃあさ、憂くん。こっちで一緒に寝てくれない……かな」


「そういうことはしないって約束でしょ? ダメダメ」


 正直言って、本当は断りづらかった。葵の言葉にたくさんの寂しさが含まれてたから。


 でも、仕方がなかった。直接は言っていないけど、僕も葵も、お互いを意識してしまってるんだから。


 一緒に寝た時。

 僕達はきっと一線を超えてしまう。


「――そっか。分かった」


「ごめんね、葵。って、ど、どうしたの!?」


 ベッドからむくりと起き上がった葵は、そのまま僕が寝ている布団に潜り込んできた。鼓動が高鳴るとか、心臓が激しく動くとか、そんなレベルじゃない。


 胸が早鐘を打つ。

 まるで、警鐘を鳴らされているみたいに。


「だ、ダメだって言ってるじゃん」


「いいの。自分の部屋なんだから。私の勝手でしょ」


「勝手でしょって……」


 持ってきた枕を横に並べて、布団の中に入ってきた葵は仰向きのまま動かない。ずっと天井を見上げていた。まるでそこに、僕の心の中にある本音が露わになっていて、それを確かめるかのように。


「久し振りだよね。憂くんとこうやって一緒に寝るのって」


「こ、子供の頃の話じゃん。僕達はもう――」


「いいの。私はまだ子供だから」


 すぐ隣に葵がいると思うだけで、否が応でも体が硬直する。金縛りにでもあったみたいだ。体が動かない。


 薄暗い部屋の中、どうしてだろうか。光量を落としているはずの照明が、今はやけに眩しく感じる。それだけじゃない。葵がわずかに動いた時の衣擦れの音までもが、大きく聞こえてしまって仕方がない。


 それからしばらくの間、僕と葵は言葉を発することはしなかった。でも、それでも伝わってくるんだ。葵の気持が。


 きっとそれは、葵も同じはずだ。


「葵――」


 何も言わずに、葵は手を伸ばし、そしてそのまま僕の手を握った。数年振りに感じる、葵の手の柔らかさ。体温。繊細さ。それらの全てが、葵の気持ちに変換されて、僕に伝わってきた。


 僕の心に、葵の足跡を付けられてしまった。


 そんな感覚だった。


「不思議だね。憂くんの手を握ってると、すごく安心する」


「――そうだね。僕もそんな感じがする」


 嘘じゃなかった。葵に手を握られてると、さっきまで僕を雁字搦めにしてた緊張感が、不思議と解けていった。


 葵は魔法でも使ったんだろうか。


 そして、さっきまでの緊張感から安心感に変わったことで、僕はそのまま、いつの間にか眠りについていた。


*   *   *


 一人の少女は、隣で眠る幼馴染の笑顔を見ていた。


「可愛い寝顔」


 眠りから起こさないよう、そう、小さく呟いた。


「本当に、憂くんは優しすぎるよ」と、心の中で囁く。子供の頃の彼のことを思い出しながら。そして、手を繋いだまま、少女は彼の顔にゆっくりと近付く。


 少女はそのまま、そっと自分の唇を彼の唇に重ね合わせた。


 大切な『何か』を伝えるようにして、重ねた唇を離さなかった。ひとすじの涙が、少女の頬を濡らす。


 そして再度、小さく、小さく呟いた。


「ごめんね。約束、破っちゃった」



『第10話 心の足跡【2】』

 終わり

幼馴染の陽向葵はポジティブがすぎる 〜ネガティブ男子がポジティブ幼馴染少女を振り向かせるラブコメ〜

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

1

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚