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「うおっ! あ、葵!?」
朝、すっと目覚めると、一番最初に視界に飛び込んできたのは、僕の顔を覗き込むようにしながら笑顔を見せる葵の顔だった。
「起きた? 憂くんの寝顔。可愛かったよ」
「可愛いとかやめてよ……。僕だって一応男子なんだからさ。カッコいいとかそんなふうに言ってほしいんですけど」
「あははっ! ごめんねー。私って正直者だから。だって憂くん、全然カッコよくないじゃん?」
あ、朝からそんな酷いことを言いますか葵さんよ。全否定されちゃったよ。グサグサ心に刺さって痛いって!
傷付いた! 幼馴染にカッコよくないって言われて傷付いた!
「あ。ちょっと話がずれちゃうんだけど。もしかして憂くん、浮気とかしたりしてないよね?」
僕は思わず首を傾げた。
「どうしたの、いきなり? というかさ、まだ僕達って付き合ったりしてないじゃん? だから浮気云々って関係ないと思うんだけど」
「へえー、『まだ』ねえ。つまり、憂くんはいつか私と付き合いたいと思ってるってわけねー。ふむふむ、なるほどなるほど。でも、もしかしたら土壇場で振っちゃうかもだけどねえー。あはははっ!」
か、完全に遊ばれてる……。
でも、それでもいいや。
葵の笑顔を見てると、そんなちっぽけで些細なことなんか全部吹き飛んでしまった。やっぱり葵は、僕にとって太陽のような存在だ。
太陽は皆んなに平等に光を与えてくれる。だけど僕は、葵のそんな笑顔を独り占めしたい。
なんて、わがまますぎるよね。
でも、そのためなら、僕はこれから、どんなに辛いことがあっても乗り越えてみせる。
だから、もっともっと、強くならなきゃ。
葵のことを守ってあげられるくらいに。
「ねえ、それでさ。葵はなんで僕が浮気してるって思ったの?」
「うん。憂くんのスマホが光ってたからちょっと見てみたんだけど、SNSからの通知が来てたから。だから私以外の女の子とやり取りしてるのかなあと思って」
「あ、そういうわけね。って、人のスマホを勝手に見ちゃいけません!」
「大丈夫! そこら辺は大人の葵様だから、プライバシーはしっかり守ることにしてるのです! ロックかかってたから見られなかっただけだけどねー。あははっ!」
ロックがかかってなかったら見てたんだ……。
とりあえず僕は、ローテーブルに置いていたスマートフォンを手に取って確認。あ、チクタくんからだ。
で、メッセージを読んだんだけど、なんだこれ? うーん……。確か僕、そのことについてチクタくんに話してないはずなんだけど。
「どうしたの憂くん? もしかして、本当に浮気してたりするの……」
葵の表情は、さっきまでとは少しだけ違った。やけに不安そうに見える。それは言葉の中にも滲んでた。
もしかして葵、やきもちを焼いてる?
「違う違う。ほら。男の子からのメッセージだよ。だから安心して」
僕は液晶画面に表示されてたハンドルネームを葵に見せた。そして、「よかった」と一言。胸をホッと撫で下ろしている。
確信。やっぱり葵はやきもちを焼いてたみたいだ。
でも、それが僕には嬉しく感じられた。
大切な人を失いたくないと、不安を抱いてくれてるってことだから。
「ありがとう、葵」
「え? 私、なんにもしてないよ?」
「いいの。僕はそう感じたんだから。とりあえずお互い制服に着替えようか。遅刻しちゃったら大変だし」
「あ、もうこんな時間なんだ。じゃあ私、ここで着替えてあげるね。この憂様の下着姿を見られることに感謝しなされ。なんせ私のスタイルは国宝級ですからなあー。フッフッフー」
「え!? そ、そそ、それはさすがにマズいんじゃあ……」
「うん、分かってる。嘘だから」
「…………」
なんだろう。安心してる僕もいるけど、ものすっごく残念に思ってる僕もいる。加温は出さないけどね! でもさ、自分で『国宝級のスタイル』とか言うかな。
だけど、そのせいで余計に見たくなっちゃったじゃん!
* * *
あれから。
僕と葵は朝食を済ませ、家を出た。
青い絵の具の入ったバケツを引っくり返したような空の下、僕と葵は一緒に学校まで行くことにした。やっぱり晴れの日の朝はとても清々しい。呼吸をする度に、肺が喜んでるのを感じる。
最初は時間をずらして登校してたんだけど、あの夜のことがあってから、あまり気にしすぎても意味がないと思うようになった。
きっと、僕も葵も、自分の中の『何か』が変わったんだと思う。
にしてもさ――
「ちょっ! あ、葵! それはさすがにマズいって! 誰かに見られたらどうするのさ! ただでさえ噂みたいなものがクラスの中で広がっちゃてるし」
「いいじゃん別に。気にしない気にしない!」
一体、今の僕達がどんな状況なのかというと、手を繋ぎながら登校してるのだ。僕も少しずつ変わっては来てるんだけど、最近の葵はやたらと積極的になってきたような気がする。
でもそれは自然なことなのかもしれない。
あの夜に、葵が言ってた言葉を、今一度思い出す。
『私、頑張るから。少しでも変われるように』
そう。きっと葵は頑張ってるんだ。それは、今でも。
元々ポジティブ思考の葵だけど、最近の僕は、実はそうじゃないんじゃないかと思えるようになってきた。自分の感情を。つまりは恋心を隠すために。その辛さから逃れようと、無理をしてたのかもしれない。
あの時、葵が流していたであろう涙が、それを物語ってる。
って――
「えいっ!!」
「あ、葵!?」
さっきまで繋いでた葵の手の温もりを感じてたと思ったら、今度は僕の腕にしがみつくようにして抱き付いてきた。
「ちょっ! 待って葵! これ、誰かに見られたらとかいうレベルじゃないし!」
「大丈夫だよー。今は誰もいないじゃん。だから今の内に」
「いや、それはそうかもしれないけどさ。こ、これは……あ、アレが当たってるんですけど……」
「いいじゃん、減るもんじゃなし。というか憂くん、『アレ』って何かなー? 言って見給えよ。うふふっ」
「何なのさ、エロオヤジがセクハラする時に使いそうなセリフは」
ま、マズい……。体温だけじゃなくて、葵のふくよかな胸元の弾力と、今まで感じたことのない未知なる柔らかさを感じてしまう。
あ、これ、もしかしたら僕、学校に到着する前に卒倒しちゃうかも。
「いや……あ、アレはアレだってば。それと、『減るもんじゃなし』って、基本的に男性が使う言葉だから!」
「いいの。今はこれくらいさせて。学校に行ったらこういうことできなくなっちゃうし。それに私だって、いつまで我慢できるのか分からないから。今の内に、少しでも解消させておいて」
そう言って、葵はいっそう、僕の腕にギュッと抱き付いてきた。
でも、そっか。葵も我慢してるんだ。
相変わらず、僕は女の子の気持ちを分からないでいるなあ。
「あ。ちなみに。当たってるんじゃなくて、当ててるの」
「そのラブコメの定型句みたいな言い方、やめてほしいんだけど……あ」
「あ、忘れてた」
――そういえば。あのメッセージのこと、チクタくんにまだ訊いてなかったな。
「どうしたの憂くん? 忘れ物でもしてきちゃった?」
「ううん、なんでもないよ」
まあ、考えるのはよそう。
今はもう少し、葵とのこの時間の余韻を感じていたいから。
『第11話 心の足跡【3】』
終わり