コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「どうして押都小頭は今も顔を隠していらっしゃるのですか?せっかく格好いいお顔をされているのに勿体ない」「・・・はい?」
タソガレドキ城からやや遠く離れた領内で、いつもの面子とお茶休憩をしながら会話に花を咲かせていると、ふと急に何かを思い出したかのように諸泉が疑問を口にした。
あ、それ聞いちゃうんだ?と雑渡、山本、高坂の三人が同じことを考えながら疑問を溢した諸泉に視線を移せば、彼はキョトンと幼い顔を見せて首を傾げた。皆が気にしていながらも聞きにくいことを素直に聞けるのというのは末っ子気質の諸泉にしか出来ないことだろう。押都と歳の近い雑渡や山本、気配りの高坂などはあれやこれやと余計に考えてしまうから、きっといつまでも聞くに聞けなかったに違いない。
ここは下手に遠慮などせずに諸泉に乗ってしまった方が早いだろうと判断した三人は、興味深げに押都に向き直って返事を待った。
「・・・そちらが気にする必要はないので」
「えー?そんな風に言われたら余計気になりますよ!」
「…面倒。 ・・・組頭には話したことがありますけど、私は目が良すぎで。目から入ってくる情報が多すぎると頭が疲れるから、なるべく遮断出来るようにしているだけです」
「へぇ…。 え、それだけですか?さっきの反応からしてもっと他の理由がありそうでしたけど」
「・・・なんでこういう時だけ敏いんだ…」
「え?」
「まあいいじゃない押都。今さら私たちに隠し事は無しだよ」
「……別に隠し事という程でもありませんが」
「じゃあどうして?」
「どうしてって… 気味が悪いでしょう?蒼色の瞳など」
「「「「は?」」」」
何を言っているのだろうかこの美丈夫は。
四人の心が一致した瞬間、それぞれ過去一番の低音が口から溢れた。
雑渡は散々押都の推しうちわを振って来たし、”こっち見て♡”やら”笑顔ちょうだい♡”やら日々更新されるうちわを片手にずっと押都を推しに推して来たつもりである。また、先日の呪霊退治の一件から新たに押都の秘密を知った三人も、雑渡が発足した押都同好会ファンクラブに即加入するほど押都を推しているのだ。誰が気味悪がるというのだろうか。
そんな思いを込めながら四人が押都を見やれば、押都はその圧に若干引きながらも思いの丈を述べ始めた。
「…世間一般的に、他とは違う異質な存在というのは排除される傾向にあるでしょう? 青みがかった白髪に蒼い瞳など、充分排除に当てはまります」
ズズ、と呑気にお茶を啜る押都に四人は何も言えずに押し黙った。
確かに分からなくは無いなと雑渡は思う。昔のことで思い当たる節は沢山あったから。
雑渡は九年前の火事の一件から全身包帯の怪しい格好に成らざるを得ず、当時は部下たちにも少なからず怯えられたものであった。身内でそれ程の対応になるのだ、それが他国の者たちであれば想像に容易い。恐怖に染まった表情を浮かべる者、気味が悪いと遠巻きにする者、悲鳴を上げて泣き出す者など、それはもう見事に多様な反応であった。
今でこそ全身包帯の忍者はタソガレドキ忍軍の雑渡昆奈門であると言われるほど、忍ぶ者たちには雑渡の姿が浸透しているのだが、しかし押都の言う通り異質な存在と言うのはそれだけで受け入れ難いものなのである。
「・・・押都は、誰かに何か言われたの?」
「いえ、別に。家族には甘やかされて育ちましたし、過保護な人たちでしたから文句も不平不満も耳には入りませんでしたよ」
「では何故今もずっと雑面をしているのですか?」
雑渡の言葉を引き継ぐように高坂が慎重に問いかければ、ピクリと反応を見せた押都に全員が筋を強張らせるように緊張を張り巡らせた。
やはり何かに劣等感を感じているのでは、と。それならば無理に聞き出すことも、雑面を剥がさせることも、かえって押都の傷を抉ることになるのでは、と。
「何故、か。そんなもの、決まっています」
重苦しく絞り出されるように発せられた言葉に、無理をしなくていいと声をかけようと雑渡は口を開きかけたが、しかしそう告げる前に押都の方がほんの少し口を開くのが早かった。
「─── 何故って、長いこと雑面をしていたのに急に素顔を見せるのは恥ずかしいですよね?」
ズルッとずっこけた四人は、そんな軽い理由なら訳あり気に溜めて言うな!と押都に叫んだ。全く紛らわしいことこの上無い。心配して損した、とどっと疲れを見せた彼らはゴクゴクとお茶を飲み干して、少なくとも自分たちと居る時だけでも雑面を外して貰えないだろうかと持ちかけようと考えた。
何せ滅多に拝めないほどの美形に加えて技も格好いいとか推すしか要素が無いのだ、せっかく推すなら雑面よりも素顔を見て推したい。
「ねえ、押都」
「何でしょう?」
「せめて私たちだけの時は雑面を外してくれない? せっかく推すならお前の素顔を推したいし」
「はあ? 言っている意味が分からな ───!」
呆れたような声で紡がれた押都の言葉が突然途切れたかと思うと、押都は急に立ち上がって前方を警戒するように姿勢を低くした。まるで何かが目の前にいるかのような反応である。
しかしいくら目を凝らせど、雑渡たちにはその先に何があるのかなど到底分かるはずもない。
ただ言えることは、押都がこれだけ警戒するのだから相手はかなりの強者なのだろうということで、何も見えぬ四人に出来ることは、邪魔にならないようにそっとこの場を立ち去ることである。
ちら、と四人がお互いに目を合わせて頷くと、押都の見ている方角とは真逆へ抜ければ良いだろうと一瞬で判断する。しかし押都が今度はバッとタソガレドキ城の方へと勢い良く振り返ったために雑渡たちはタイミングを逃してしまった。
「押都?私たちは、」
「待て。非常事態。今から四人をタソガレドキ城へ送るので。全員を城の中へ避難」
「「「「え?」」」」
「今は問答している時間がない」
焦ったようにそう告げた押都が何事かを呟いて 四人を取り囲むように地面に触れると、何やら文字のようなものが浮かび上がりながらぐるりと円を描いた。目を白黒させる四人に視線を向けた押都は、城のやや東側にビッと指を二本向けると、見ていろとでも言うかのように言葉を紡ぐ。
「 術式反転 “赫” 」
四人が え?と思う間もなく弾き出された燃えるような赤い閃光は、一直線に空を駆けるとタソガレドキ城のすぐ近くでカッ!と強く光り、何かに弾かれたように離散した。
「見えた? 城の外に居れば死ぬと思って。こちらが終わり次第すぐに駆け付けます」
押都がそう告げてぐっと指を汲んだ瞬間、四人はタソガレドキ城の上空へと放り出されていた。
なるほど、送るとはこれのことか。随分と便利なものだ。
そう現実逃避しながらも上空で姿勢を整えた雑渡はぐるりと辺りを見渡し、あちこちに散らばる部下たちへ一斉に伝えるにはどうするべきかと一瞬だけ頭を悩ませた。何せ矢羽音で伝えようにもこれでは流石に距離がありすぎる。
さて一番手っ取り早く確実な方法は、と瞬きほどの刹那思考して、雑渡はビリビリと凍てつくほどの殺気を放った。
「─── 者共、作業を中断してすぐに城の中へ」
全員が一斉に上空の雑渡たちへ視線を向けたことを確認して、多少声を張る。普段大きな声を出すことのない雑渡が声を張ったことで部下たちは驚いた表情を見せたが、しかし組頭である雑渡の命令は何よりも正しく、絶対だ。疑問を浮かべることなく城の中へ避難する部下たちに素直だな、と思いながらも、とりあえずはこれで良かったのだと安堵の息を溢した。
何しろ押都は外に居れば死ぬと言ったのだ。しかし逆を言えば城の中にさえ居れば押都が助けてくれると同義。そこに押都への疑念などは微塵もなく、これで全員が助かるのならば多少喉をやられても安いものだ、と雑渡は表情を緩めるように口角を上げて微笑んだ。
とは言え、いつ押都が戻って来てくれるのかは分からない。隠すこと無く緊迫した姿を見せたということは、それだけ取り繕う暇がないほどの強敵が居たのだと言えるだろう。いくら強くて格好いい押都でも時間がかかるかも知れない。
そんな思いで華頭窓かとうまどから押都が居た場所へ目を向ければ、ドォォォン!!と蒼い色の光が渦巻いて離散した。
あ、蒼だ。瞬時に理解した雑渡が側で見られなかったことを残念に思いながら、しかし無理をしてまで押都の負担になることは出来ない、と弁えているつもりである。ここは押都が戻ってきたらまた撃ってもらおうか、なんて緩く考えていれば、突然目の前に明らかに人ではない、しかし人の形をした化け物が見えて一気に緊張が走った。
「ほう。貴様らには儂が見えるのか」
愉しそうにニヤリと笑ったソイツに全体がバッと戦闘体勢に入ったことで、城の中にいる忍軍全員が見えているのだと理解出来た。だが、何故だ。雑渡の記憶では、確か普通の人間には見えない化け物だと押都が言っていたはずである。ならここで全員視認出来ているのは一体何故。
押し潰されそうなほどの圧迫感に冷や汗を浮かべながら思考を巡らせる。喉元に切っ先を向けられているかのような、一歩でも動けば喉笛をざっくり抉られそうなほどの感覚だ。
これほどまでに死を間近に捉えることなど、一体いつぶりであろうか。果たして押都が戻って来るまで耐えることは出来るのだろうか。
雑渡はそんな思いを胸に、押都が戦っているであろう場所の気配を辿る。
「いくら待てど押都長烈は来ぬよ」
「、何だと?」
「あやつは今、儂の用意した特級呪霊に苦戦しておるところだろうからなァ。暫くは来れまい。いや、もしかしたら死ぬかも知れんな」
「……押都が、死ぬって? 冗談よしてよ。あいつすごく強いよ?」
「フン。いくら今世最強の呪術師とは言え、特級呪霊が三体も相手では無傷で居れまい」
きっと忍軍の中でもこのやり取りを分かる者は雑渡含め四人だけだろう。
普段なら部下たちが組頭を守るように前へ出て闘っている状況であろうが、しかし目の前の敵は小頭の山本や組頭の雑渡でも恐らく敵わないことを理解している。敵の強さを正しく圧し図ることが出来るのというのは、時として残酷だ。
「・・・私たちをどうするつもり?」
「殺す。貴様らを順に殺してヤツも殺す。それだけだ」
淡々と言ってのけるソイツは確かにそれを成し遂げる程の力があるのだろう。きっと傷一つつけることも敵わないくらい、目の前の化け物は強い。
いくら押都が強いと言っても実際どれほどの力量なのかは分からないのだ、もしかしたら押都でもコイツには敵わないのだろうか。
グッと歯を噛み締めて、どう切り抜ければ全員が無事で居られるかと考えていれば、ザァァ…と一陣の風が吹き荒れて。
「俺も舐められたものだよねェ」
風に乗って恐ろしく冷えた低音が響いた。声だけで人を殺せそうな程 底冷えする聞き慣れた声は、まさしく切望するほど待ち望んでいた押都長烈のものであった。
空中に浮かんだままカクリと首を傾げ、眼孔鋭く化け物を見据える押都は隠しきれない程の殺気を容赦なく放っている。
「「「「押都(小頭)!」」」」
「「「「「エッッ!?アレ押都小頭!?」」」」」
「アレ言うな」
部下たちの言葉に呆れたような顔をしながらも、ぐるりと忍軍全体を確認する余裕を見せる押都とは対照的に、バッ!と勢い良く振り返った化け物は目を見開いてわなわなと口を震わせた。
「き、貴様!何故ここに居る!呪霊共はどうした!?」
「何故?倒したからここに来たに決まってるでしょ?頭浮いてんの?」
「なっ!?特級呪霊三体だぞ!?それをこの短い時間で倒しただと!?」
「だからそう言ってるでしょうよ。 そもそもあの程度の雑魚で俺を足止め出来ると思っていたなら随分とキミはバカだねぇ…おじーちゃーんw」
「………ッ! っ、・・・フ。しかし儂の後ろには貴様の大切なお仲間が居るのだぞ? 貴様が一歩動く前に儂はコイツらを殺すぞ」
「「「「「!?」」」」」
不味い。押都の足手まといになるのは駄目だ。
瞬時にそう判断するが、しかし目の前の化け物から逃げられるだろうかと雑渡たちは思案する。ここで押都が力を発揮出来なければ、考える間でもなくタソガレドキ忍軍は全滅だ。
化け物に関しては押都に従った方が懸命だろうと思いながら雑渡がちらりと押都へ視線を向けると、彼はすとんと一切の表情を無くして化け物を見つめていた。押都が纏う絶対的な覇者の空気は、無意識のうちに頭こうべを垂れてしまいそうなほど圧倒的な強者のそれである。
「 ──── ハッ。やってみろよ」
ドスの効いた声でそう言うや否や、そこからは押都の一方的な攻撃が化け物を圧倒していった。
押都ってここまで本気で怒ることあるんだ、と驚くほどに容赦の無い蹴りや殴りが炸裂する。そして恐らく化け物に対処できるらしい押都の特別な力も加わって、その化け物は呻き声一つ出せぬ状態が続いているようだった。
いっそ気の毒に思えるほどの怒涛の攻撃が止む頃には、その化け物は見るも無惨な姿になっていて、押都の力を知らない忍軍の者たちは少し引いた。
しかしここでわくわくしているのが若干四名。スチャっとうちわを取り出してぶんぶん振り回しているではないか。雑渡などは先程までの緊迫した表情を収めて「いいよ押都ー!流石私の推し!出来れば新技見せて~」と戦っている押都に呑気な雰囲気で語りかけていた。他にも山本や高坂、諸泉なども雑渡に倣うようにうちわを振って歓喜の声を上げているのだ。
おい緊張感!と誰もが思ったが、うちわを振っているのが忍軍の頭たちであるから何も言えず、部下たちはもうどうにでもなれと見守ることにした。
「・・・お前、弱いねぇ〜wこんなに弱いのに特級を名乗るとか恥ずかしくないの〜?(俺を殺した)両面宿儺と同じ特級を名乗らない方がいいよ〜?ざぁこざぁこ♡」
「…ッ、! …っ、ぅ…!!」
「何?聞こえないなぁ?会話をしたいのならきちんと声に出して発言しようね?」
いやもう勘弁してあげて。その化け物もう虫の息。
なんて忍軍全員の心の声が聞こえるはずもなく。
「まあいっか!そろそろ飽きてきたし。痛め付けるのはこれくらいで勘弁してあげるね。僕ってやっさしぃ!」
そう告げて化け物を空中へと蹴り上げると、押都は右手の人差し指と中指を内側に手折り掌印を結んだ。ゆっくりと、まるで時間の流れが止まったかのような感覚に陥るほど、押都の周りに流れる空気は壮厳である。
そんな空気に圧倒されながらも ふと押都に目をやれば、神々しいほど綺麗な白く蒼みがかった髪が風に揺れらてふわりと靡いた。
「 九網 偏光 鳥 と声明 表裏の間 」
その場にいる全員がハッと息を飲む程、見惚れてしまう 整った顔というのは罪深い。それも仲間を護るために真剣な表情をしているのだから尚更だ。
押都が口上を述べる姿から誰一人として目を逸らすことが出来ず、その空間全てを掌握されているかのような感覚に陥るほど、押都の美しい姿は尊くも気高く映った。
「 虚式 “茈” 」
吐息が交じった甘く蕩けたような艶のある声で呟かれた言葉と共に、押都が手折っていた指をビッと弾く。すると赫や蒼よりも大きな、美しくも洗練された神秘的な紫色の光の玉が弾け飛んだ。
空中の化け物に向かって放たれたその強大な光の玉は、容易く化け物を丸々と飲み込んでカッ!と煌めいたかと思うと、ドガァァァン!!!と今までに無い程の爆音を轟かせながら消滅した。
「「「「「は?????」」」」」
「~~ッ キャァァァァア!!すっごくカッコ良いよ押都ーーー!!押都推しで居られて私は幸せだよホント最高ありがとう!もうお前が優勝!日ノ本一、いや世界一!!!」
「うわ…… ・・・本当にやめて下さい組頭。本気で恥ずかしいです。そしてなんでうちわが着々と増えているんですか…」
「だって押都に合うと思ったんだもの! いいでしょ?”圧倒的美”と”存在が神”」
「・・・それを視界の端で振られる私の身にもなってくださいよ…」
「いいじゃないか押都!組頭の仰る通り、お前は格好いい!同じ小頭として誇らしいぞ」
「…お前まで言うんですか、山本。組頭と私に怒鳴っていたお前はどこに行ってしまったのか…」
「流石です押都小頭!!もっとたくさんの技を拝見したいです!!そして出来ることなら私にご指導を!」
「…そのキラキラした目をやめて。お前の憧れは組頭でしょう?」
「絶対素顔のままが良いですよ押都小頭!その顔の良さで敵を思考停止にして瞬殺出来ます!」
「…私の顔は兵器か何かですか?」
「「「「「いやいやいや!!説明して下さい押都小頭!!」」」」」
「・・・・・・・いや声の圧」