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#白血病
しらすのお部屋
廊下の奥を見つめたまま、飛彩はしばらく動かなかった。
胸の奥に引っかかる感覚。
(……何かを見落としている)
永夢の様子。
突然の鼻血。
そして、廊下でのめまい。
失神。
それらを頭の中で整理していく。
医師としての思考が、静かに組み立てられていく。
(外傷はない)
(急性の感染症でもない)
飛彩はゆっくり目を閉じた。
その時――
脳裏に、ある光景がよみがえる。
青山公園での戦闘。
白い異形の怪物。
レウコイド。
そして――
永夢の体に突き刺さった、あの針。
飛彩の目が、ゆっくりと開かれる。
(……まさか)
頭の中で、点と点がつながり始める。
あの時、針は確かに摘出した。
しかし。
レウコイドは言っていた。
――「さっきのやつには針を埋め込んだ。死ぬまで苦しむがいい」
飛彩の眉がわずかに動く。
(……偶然か?)
だが、医師としての直感が告げている。
偶然ではない。
飛彩はポケットからスマートフォンを取り出した。
短く息を吐く。
そして、ある人物の番号を押した。
電話がつながる。
「……もしもし?」
受話口から聞こえてきたのは、ニコの声だった。
飛彩は低い声で言う。
「開業医に代われ」
「え?」
ニコが少し驚く。
「大我なら今データ調べてるけど……」
「いいから代われ」
短く言い切る。
少しの沈黙。
やがて、受話口の向こうで声が変わる。
「……なんだ、ブレイブ」
大我の声だった。
飛彩は迷いなく言う。
「小児科医の体調に異変が出た」
一瞬の沈黙。
大我の声が低くなる。
「……どんな症状だ」
飛彩は静かに答える。
「鼻血」
「めまい」
「そして、突然の失神」
電話の向こうで、キーボードを叩く音が止まる。
飛彩は続けた。
「レウコイドの針」
「……あれと関係している可能性がある」
数秒の沈黙。
そして大我が低く呟いた。
「……やっぱりか」
飛彩の目が鋭くなる。
「何か分かったのか」
大我は静かに言う。
「まだ確定じゃねえ」
「だが――」
モニターの光が、花家ゲーム病クリニックを照らす。
大我はレウコイドのデータを睨みながら言った。
「アイツの能力」
「……混合型かもしれねえ」
飛彩の眉がわずかに動く。
「混合型……?」
大我は椅子に深く腰掛けたまま続けた。
「今までのゲーム病とは少し違うタイプだ」
画面に映るデータをなぞる。
「普通のゲーム病は、バグスターウイルスが人間の体内で増殖して発症する」
「だがアイツは違う」
「……既存の病気を“注入する”ことができるタイプの可能性がある」
飛彩の目が細くなる。
「ゲーム病と、従来の疾患」
「それを同時に引き起こすタイプということか」
「そうだ」
大我は短く答える。
そして画面を睨みながら続けた。
「針は摘出したんだろ?」
「……ああ」
飛彩は即答する。
「確実に取り出した」
大我は低く呟く。
「それでも――」
キーボードを軽く叩く。
「一週間後にエグゼイドの体に異変が出始めた」
モニターに並ぶデータ。
検査結果、発症時間、戦闘記録。
「それが証拠かもしれねえ」
飛彩の表情が険しくなる。
「……どういう意味だ」
大我は画面から目を離さないまま言った。
「針を刺した時」
「何か、体内に注入されてなかったか?」
飛彩の脳裏に、あの瞬間がよぎる。
血に濡れた長い針。
皮膚の奥に食い込んでいた金属。
大我の声が低く響く。
「もしそうなら――」
「それが原因で発症してる可能性がある」
飛彩の視線が鋭くなる。
そして大我が聞き返す。
「……病気の症状は分かるか?」
飛彩はわずかに視線を落とした。
「検査しなければ判断できない」
少し間を置く。
「本人は、寝不足が原因だと言っているが……」
電話の向こうで、大我が小さく鼻で笑う。
「……まあ、嘘だろうな」
飛彩の眉がわずかに動く。
大我は淡々と続けた。
「あいつの性格はお前も知ってるだろ?」
「患者がいる限り、自分の体調なんか後回しだ」
飛彩が応える。
「ああ、無理してる可能性の方が高い」
そして、少しだけ大我の声が強くなる。
「だがな」
「悠長に構えてる時間はねえ」
「もし混合型なら――」
一瞬、言葉を切る。
そしてはっきり言った。
「進行が早い可能性がある」
飛彩の表情が変わる。
「なんだと…!」
大我が言い放つ。
「今すぐ見てやれ」
「手遅れになるぞ」
電話の向こうで、静かな緊張が走った――。
夕方。
病院を出てすぐの、小さな広場。
ベンチと街路樹が並び、外来の患者や家族が行き交う静かな場所だった。
そこまで歩いてきたところで、永夢の足取りがさらに弱くなる。
「……っ」
わずかによろめき、近くの柱に手をつく。
呼吸が浅い。肩が小さく上下している。
「おい」
貴利矢がすぐに腕を取った。
倒れないように、さりげなく肩を貸す。
「……はぁ……っ……」
永夢の呼吸は乱れたまま。
体を支える力も弱く、半分ほど貴利矢に体重を預けている。
貴利矢は横目で様子を見る。
「……大丈夫か、エム?」
いつもの軽い声じゃない。
低く、様子を探る声だった。
永夢は小さく首を振る。
「……だ、大丈夫です……」
声は弱く、かすれている。
それでも無理に笑おうとする。
「ちょっと……寝不足なだけで……」
その瞬間。
足がふらついた。
ぐらりと体が傾く。
「おっと」
貴利矢がすぐに肩を引き寄せ、しっかり支える。
腕を背中に回し、倒れないよう体を支えた。
永夢の体は思った以上に軽い。
力が入っていないのがわかる。
貴利矢の眉がわずかにひそめられる。
(……ただの寝不足じゃない)
(間違いなく何かある)
そのとき。
ポケットのスマホが震えた。
着信。
画面には――
鏡 飛彩
貴利矢は永夢の肩を軽く支えながら通話ボタンを押す。
「もしもし、大先生?」
電話の向こうから、低い声が響く。
「監察医か」
短い沈黙。
そして飛彩は言った。
「今すぐ小児科医に検査を受けさせろ」
声は冷静だが、どこか強い。
「すぐに戻ってこい」
貴利矢の目が細くなる。
一瞬だけ永夢を見る。
荒い呼吸。
汗ばんだ額。
――やっぱりか。
小さく息を吐く。
「……了解」
電話を切る。
そして永夢の方を見る。
「エム」
「病院戻るぞ」
永夢の肩が小さく揺れた。
「……え……?」
「でも……僕……」
呼吸が少し乱れる。
「……ただの寝不足ですよ……」
かすれた声。
「寝れば……治ります……」
だが、その言葉とは裏腹に。
足はふらつき、体は明らかに重そうだった。
貴利矢は小さく肩をすくめる。
「ダメダメ」
軽い声で言う。
「大先生からの命令に逆らえるわけねーだろ?」
にやっと笑う。
「ほら、帰るぞ」
そう言って永夢の腕を軽く引いた。
永夢は少しだけ抵抗するように首を振る。
「……でも……患者さんに迷惑に……」
貴利矢は歩きながら言う。
「その患者が医者だった場合はどうすんだよ」
「ちゃんと診てもらえ」
軽い口調。
だがその手はしっかり永夢を支えている。
貴利矢は肩越しに永夢を見つめた。
少しだけ真顔になる。
(……自分の違和感)
(当たっちまったみたいだな)
夕方の街を、二人は病院へ向かって歩き出した――。
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