テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
しらすのお部屋
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
廊下の奥を見つめたまま、飛彩はしばらく動かなかった。
胸の奥に引っかかる感覚。
(……何かを見落としている)
永夢の様子。
突然の鼻血。
そして、廊下でのめまい。
失神。
それらを頭の中で整理していく。
医師としての思考が、静かに組み立てられていく。
(外傷はない)
(急性の感染症でもない)
飛彩はゆっくり目を閉じた。
その時――
脳裏に、ある光景がよみがえる。
青山公園での戦闘。
白い異形の怪物。
レウコイド。
そして――
永夢の体に突き刺さった、あの針。
飛彩の目が、ゆっくりと開かれる。
(……まさか)
頭の中で、点と点がつながり始める。
あの時、針は確かに摘出した。
しかし。
レウコイドは言っていた。
――「さっきのやつには針を埋め込んだ。死ぬまで苦しむがいい」
飛彩の眉がわずかに動く。
(……偶然か?)
だが、医師としての直感が告げている。
偶然ではない。
飛彩はポケットからスマートフォンを取り出した。
短く息を吐く。
そして、ある人物の番号を押した。
電話がつながる。
「……もしもし?」
受話口から聞こえてきたのは、ニコの声だった。
飛彩は低い声で言う。
「開業医に代われ」
「え?」
ニコが少し驚く。
「大我なら今データ調べてるけど……」
「いいから代われ」
短く言い切る。
少しの沈黙。
やがて、受話口の向こうで声が変わる。
「……なんだ、ブレイブ」
大我の声だった。
飛彩は迷いなく言う。
「小児科医の体調に異変が出た」
一瞬の沈黙。
大我の声が低くなる。
「……どんな症状だ」
飛彩は静かに答える。
「鼻血」
「めまい」
「そして、突然の失神」
電話の向こうで、キーボードを叩く音が止まる。
飛彩は続けた。
「レウコイドの針」
「……あれと関係している可能性がある」
数秒の沈黙。
そして大我が低く呟いた。
「……やっぱりか」
飛彩の目が鋭くなる。
「何か分かったのか」
大我は静かに言う。
「まだ確定じゃねえ」
「だが――」
モニターの光が、花家ゲーム病クリニックを照らす。
大我はレウコイドのデータを睨みながら言った。
「アイツの能力」
「……混合型かもしれねえ」
飛彩の眉がわずかに動く。
「混合型……?」
大我は椅子に深く腰掛けたまま続けた。
「今までのゲーム病とは少し違うタイプだ」
画面に映るデータをなぞる。
「普通のゲーム病は、バグスターウイルスが人間の体内で増殖して発症する」
「だがアイツは違う」
「……既存の病気を“注入する”ことができるタイプの可能性がある」
飛彩の目が細くなる。
「ゲーム病と、従来の疾患」
「それを同時に引き起こすタイプということか」
「そうだ」
大我は短く答える。
そして画面を睨みながら続けた。
「針は摘出したんだろ?」
「……ああ」
飛彩は即答する。
「確実に取り出した」
大我は低く呟く。
「それでも――」
キーボードを軽く叩く。
「一週間後にエグゼイドの体に異変が出始めた」
モニターに並ぶデータ。
検査結果、発症時間、戦闘記録。
「それが証拠かもしれねえ」
飛彩の表情が険しくなる。
「……どういう意味だ」
大我は画面から目を離さないまま言った。
「針を刺した時」
「何か、体内に注入されてなかったか?」
飛彩の脳裏に、あの瞬間がよぎる。
血に濡れた長い針。
皮膚の奥に食い込んでいた金属。
大我の声が低く響く。
「もしそうなら――」
「それが原因で発症してる可能性がある」
飛彩の視線が鋭くなる。
そして大我が聞き返す。
「……病気の症状は分かるか?」
飛彩はわずかに視線を落とした。
「検査しなければ判断できない」
少し間を置く。
「本人は、寝不足が原因だと言っているが……」
電話の向こうで、大我が小さく鼻で笑う。
「……まあ、嘘だろうな」
飛彩の眉がわずかに動く。
大我は淡々と続けた。
「あいつの性格はお前も知ってるだろ?」
「患者がいる限り、自分の体調なんか後回しだ」
飛彩が応える。
「ああ、無理してる可能性の方が高い」
そして、少しだけ大我の声が強くなる。
「だがな」
「悠長に構えてる時間はねえ」
「もし混合型なら――」
一瞬、言葉を切る。
そしてはっきり言った。
「進行が早い可能性がある」
飛彩の表情が変わる。
「なんだと…!」
大我が言い放つ。
「今すぐ見てやれ」
「手遅れになるぞ」
電話の向こうで、静かな緊張が走った――。
夕方。
病院を出てすぐの、小さな広場。
ベンチと街路樹が並び、外来の患者や家族が行き交う静かな場所だった。
そこまで歩いてきたところで、永夢の足取りがさらに弱くなる。
「……っ」
わずかによろめき、近くの柱に手をつく。
呼吸が浅い。肩が小さく上下している。
「おい」
貴利矢がすぐに腕を取った。
倒れないように、さりげなく肩を貸す。
「……はぁ……っ……」
永夢の呼吸は乱れたまま。
体を支える力も弱く、半分ほど貴利矢に体重を預けている。
貴利矢は横目で様子を見る。
「……大丈夫か、エム?」
いつもの軽い声じゃない。
低く、様子を探る声だった。
永夢は小さく首を振る。
「……だ、大丈夫です……」
声は弱く、かすれている。
それでも無理に笑おうとする。
「ちょっと……寝不足なだけで……」
その瞬間。
足がふらついた。
ぐらりと体が傾く。
「おっと」
貴利矢がすぐに肩を引き寄せ、しっかり支える。
腕を背中に回し、倒れないよう体を支えた。
永夢の体は思った以上に軽い。
力が入っていないのがわかる。
貴利矢の眉がわずかにひそめられる。
(……ただの寝不足じゃない)
(間違いなく何かある)
そのとき。
ポケットのスマホが震えた。
着信。
画面には――
鏡 飛彩
貴利矢は永夢の肩を軽く支えながら通話ボタンを押す。
「もしもし、大先生?」
電話の向こうから、低い声が響く。
「監察医か」
短い沈黙。
そして飛彩は言った。
「今すぐ小児科医に検査を受けさせろ」
声は冷静だが、どこか強い。
「すぐに戻ってこい」
貴利矢の目が細くなる。
一瞬だけ永夢を見る。
荒い呼吸。
汗ばんだ額。
――やっぱりか。
小さく息を吐く。
「……了解」
電話を切る。
そして永夢の方を見る。
「エム」
「病院戻るぞ」
永夢の肩が小さく揺れた。
「……え……?」
「でも……僕……」
呼吸が少し乱れる。
「……ただの寝不足ですよ……」
かすれた声。
「寝れば……治ります……」
だが、その言葉とは裏腹に。
足はふらつき、体は明らかに重そうだった。
貴利矢は小さく肩をすくめる。
「ダメダメ」
軽い声で言う。
「大先生からの命令に逆らえるわけねーだろ?」
にやっと笑う。
「ほら、帰るぞ」
そう言って永夢の腕を軽く引いた。
永夢は少しだけ抵抗するように首を振る。
「……でも……患者さんに迷惑に……」
貴利矢は歩きながら言う。
「その患者が医者だった場合はどうすんだよ」
「ちゃんと診てもらえ」
軽い口調。
だがその手はしっかり永夢を支えている。
貴利矢は肩越しに永夢を見つめた。
少しだけ真顔になる。
(……自分の違和感)
(当たっちまったみたいだな)
夕方の街を、二人は病院へ向かって歩き出した――。