テラーノベル
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病院へ戻る途中。
歩いていた永夢の足が――
突然、止まった。
「……っ」
その場で体が揺れる。
立っていることすら難しくなり、膝から力が抜けそうになる。
「おい、エム?!」
貴利矢がすぐに気づく。
崩れかけた体を、とっさに支える。
永夢の呼吸は荒く、肩が小さく上下している。
「……はぁ……っ……」
力が入らない。
自分の足で立っている感覚が、もうほとんどなかった。
貴利矢の表情が変わる。
(……やっぱりか)
その時、近くを通りかかった看護師と医師が気づいた。
「宝生先生!?」
「大丈夫ですか!」
貴利矢はすぐに永夢の体を支えながら言う。
「頼む、ちょっとだけ支えててくれ!」
「わかりました!」
看護師たちが永夢の背中を支える。
体は熱く、力がほとんど入っていない。
その隙に、貴利矢は振り向いた。
「すぐ戻る!」
そしてスタッフステーションへ駆け出す。
足音が廊下に響いた。
永夢は背中を支えられながら、荒い呼吸を繰り返していた。
「……はぁ……っ……」
視界がぼやける。
体が重い。
自分の状態が、よく分からない。
かすれた声で小さく呟く。
「……なんで……今日はこんな……」
そして。
廊下の向こうから足音が戻ってくる。
「待たせた!」
貴利矢が車椅子を押して戻ってきた。
すぐに永夢の前で止める。
「よし、乗せるぞ」
看護師たちに声をかける。
「せーの」
周囲の人と協力して、永夢の体をゆっくり持ち上げる。
力の抜けた体を慎重に支えながら、車椅子へ座らせた。
永夢の肩が小さく揺れる。
座った瞬間、体の力が抜ける。
「……はぁ……」
わずかに息をついた。
貴利矢は軽く肩をすくめる。
「よし、これで無理せず運べるな」
そう言いながら、永夢の顔をちらっと見る。
永夢はぐったりしたまま、呼吸を整えていた。
貴利矢は一歩だけ後ろに下がる。
そして確かめるように永夢を見つめた。
(……ただの寝不足じゃない)
(これは……まずい)
ゆっくりと車椅子を押し始める。
病院の入口。
自動ドアが開き、車椅子の音が静かなフロアに響く。
飛彩の視線が、すぐに永夢へ向いた。
――その瞬間。
飛彩の目がわずかに細くなる。
数刻前に見た永夢とは、明らかに様子が違う。
顔色はさらに悪く、呼吸も浅い。
体から力が抜け、背もたれに体を預けている。
(……進行が早いとは、こういうことか)
飛彩は低く声をかけた。
「監察医」
「何があった?」
貴利矢は車椅子を止める。
軽く肩をすくめた。
「さっきまでは、なんとか歩けてたんだけどな」
永夢をちらっと見る。
「また身体に力が入らなくなったみたいでさ」
「急に足が止まってよ。立ってるのもきつそうだった」
「だから車椅子ってわけ」
飛彩は永夢の様子を静かに観察する。
呼吸。
顔色。
手の震え。
そして、低く、小さく呟いた。
「……まだゲーム病の症状は出ていない」
一瞬だけ視線を落とす。
「だが――」
「開業医の言っていたことは、当たっているようだな」
貴利矢が少し眉を上げる。
「あいつが?」
飛彩は短く答えた。
「ああ、混合型の可能性が高いと言っていた」
貴利矢が不思議そうに聞く
「混合型ってなんだよ」
そしてすぐに視線を永夢へ戻す。
「話はあとだ」
迷いのない声。
「今すぐ検査する」
永夢はうつむいたまま、荒い呼吸を繰り返している。
飛彩はスタッフへ指示を出した。
「検査室を準備しろ」
CRの空気が一気に緊張する。
貴利矢はその様子を見ながら、小さく息を吐いた。
(……やっぱり、ただ事じゃねえな)
そして車椅子を押し、永夢を検査室へ運び始めた――。
貴利矢に付き添われて運ばれた永夢は、検査室のベッドに横たわると力なく腕を伸ばした。
目はかろうじて開いているが、体にはほとんど力が入っていない。
永夢はぼんやりと天井を見つめていた。
呼吸は浅いまま。
そして、かすれた声で小さく呟く。
「……なんで……」
少し息を吸う。
「……急に……こんな……」
貴利矢がその手をそっと握った。
「エム、大丈夫だ」
「今、大先生が調べてる」
だが永夢の肩は、わずかに揺れるだけだった。
腕に針が刺され、血液がチューブへ吸い上げられていく。
「……っ」
心電図の電極が貼られるたび、永夢の肩が小さく震えた。
血圧計が腕を締めつける。
小さく息を詰める。
その様子を、飛彩は黙って見ていた。
モニターに検査結果が映し出される。
赤血球。
白血球。
血小板。
ヘモグロビン。
並ぶ数値を見て、飛彩の目がさらに細くなった。
どれも正常値から大きく外れている。
飛彩は画面を見つめたまま、小さく呟く。
「……白血球の形態が異常だ」
検査結果の中に表示されたデータ。
そこには、通常とは明らかに違う細胞の存在が示されていた。
貴利矢が顔を上げる。
「それって……」
飛彩は短く言った。
「白血病細胞だ」
検査室の空気が、一瞬止まる。
飛彩の目がわずかに鋭くなる。
「……確定診断をする」
静かな声だった。
医師たちが器具を準備する。
細長い針。
骨髄穿刺の器具。
飛彩はそれを整えると、ベッドの永夢へ近づいた。
「骨髄穿刺を行う」
永夢の肩がわずかに震える。
弱々しい声で問いかけた。
「……どうしてですか……」
息が浅い。
「ただの……寝不足だって……」
飛彩は目を細める。
そして淡々と言った。
「一応、検査するだけだ」
その言葉に、貴利矢が横から口を挟む。
「大丈夫だ、エム」
永夢の手をそっと握る。
「自分がついてる」
永夢は小さく頷き、体をベッドへ預けた。
呼吸は浅く、肩がわずかに震えている。
飛彩は針の位置を確認する。
「動くな」
静かな指示。
針がゆっくりと皮膚を貫く。
その瞬間――
「……っ!」
永夢の体が強ばった。
息を詰め、指先が震える。
貴利矢が手を握り直す。
「エム、息吐け」
「もう少しだ」
飛彩は針の角度を微調整しながら言う。
「骨髄液を採取する」
吸引が始まる。
鈍い痛みが腰の奥に走った。
「……っ……」
永夢が小さく唸る。
肩がわずかに震える。
「我慢しろ」
飛彩は淡々と言った。
「あと少しだ」
数十秒。
長く感じる時間が流れる。
そして――
「……採取完了」
針が抜かれる。
永夢は肩で浅く息をしながら、力なくベッドに沈んだ。
貴利矢がその手を握ったまま呟く。
「よく耐えたな、エム」
飛彩は採取した検体を確認する。
骨髄液の入った試験管。
それを見つめながら、モニターへ視線を移した。
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