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「なんで! 反対しただろ?」
「でも私は理解して欲しいってお願いしたよね?」
今さら何を言っているのだろう。
言い争いのとき、園香ははっきり伝えたはずだ。
彼は失望していたし、園香はそれでも仕方がないと思っていた。
「理解なんてしていない。僕は絶対反対だ」
頑なな態度に園香は溜息を吐いた。
「どうしてそこまで反対するの? 瑞記はあまり家に帰って来ないし、家にいるときも私と一緒に何かする訳じゃないし。私がいなくても何も問題ないと思うんだけど」
はっきりと想い合う夫婦じゃないと言いたかったが、それは言い過ぎかと踏みとどまる。
「結婚したら妻は家に居て欲しいと思ってたんだ。園香だって賛成したじゃないか!」
「結婚するとき、私は専業主婦になると言ったの?」
園香の苛立っていた気持ちが一気に冷え込んだ。
もし初めにそのような約束をしていたのだとしたら、瑞記が不満に思うのも頷ける。勝手に仕事を決めた園香が悪い。
「言ったかどうかまでは覚えてないけど、僕が仕事はしないで欲しいって言ったら、分かったって辞めたんだ。納得していたってことだろ?」
「……私は瑞記の意向で退職したのね」
「そうだけど、無理強いはしてない。園香は嫌がってなかったよ。今みたいに僕に逆らわなかった」
園香は目を伏せた。
結婚をしたのは今から八カ月前。結婚の話合いをしたのは恐らくそれより前。
(当時の私の考えを知りたい)
瑞記が無意識に口にする、“逆らわなかった”や“僕は絶対反対”は上から目線で、園香を下に見ていて、不快でしかない。
結婚前に隠していたとしていも、性格というのはふとした拍子ににじみ出るものだ。
(瑞記は感情的なところがあるから、完璧に隠していたとは思えないもの)
今、彼のよい面を見つけられない。どうして結婚を決意する程好きになったのか。
(……まさか、脅されていたとか、弱みを握られていたってことはないよね?)
そんな考えが浮かんだが、すぐに打ち消す。
彬人が、園香の方が結婚に乗り気で急いでいた様子だったと言っていたことを思い出したからだ。
となるとやはり瑞記が変化したのか。
結婚していざ生活してみると合わなくて、瑞記が園香を嫌になったのかもしれない。
正直な彼はその気持ちを隠せず、酷い態度を取るようになった。
考え込んでいる園香に、瑞記が言い募る。
「はあ……もういい加減にして欲しい。僕は自分の仕事で精一杯なんだよ。家庭のことで煩わせないで。こんなことが続くようなら離婚も考えるから」
うんざりとした気持ちが込められたその言葉に、園香は勢いよく顔を上げた。
瑞記と目が合うと、彼はにやりと得意げな笑みを浮かべる。
「分るよ。離婚は嫌だろ? だったら……」
瑞記がそれまでとは打って変わった上機嫌で言葉を続けようとする。けれど。
「離婚でいいわ」
園香は瑞記の言葉を遮り、宣言した。
「……は?」
瑞記が口を開けたまま何度も瞬きする。
(もう我慢できない。離婚になっても仕方ない)
今日の日中までは離婚の決意は出来ていなかった。
だけど、下に見られて、園香を思い通りにする為に離婚をチラつかせる瑞記を見ていたら、もういいやと思ってしまった。
(むしろ、離婚したい!)
周りから悪く言われる可能性はあるが、それは甘んじて受け入れる。
一度口に出したら、止まらなくなった。
「瑞記は私のことが気に入らないみたいだし、でも私は自分を曲げて瑞記に合わせることが出来ない。お互いの為にも別れた方が良さそう。離婚に同意します」
園香が堂々と告げると、瑞記は予想以上に激しく動揺した。
顔色を変えて、落ち着きなく視線を彷徨わせる。
「な、なんで離婚って……おかしいだろ? 簡単に言うなよ!」
「離婚を言い出したのは瑞記でしょ? 私は同意するって返事をしただけ」
「だからって……ああ、くそ!」
瑞記は柔らかなウェーブがかかった髪をぐしゃぐしゃと掻きむしる。
園香は戸惑いながらその様子を眺めていた。
(この態度は何なの? 訳がわからない)
離婚を嫌がらずに同意したことでプライドが傷ついたのか。それとも自分の思い通りにことが進まなくて癇癪を起しているのか。
それにしては、動揺が激しい気がする。
かける言葉を捜していると、瑞記は園香を睨んだまま、ダイニングチェアーから立ち上がった。
乱暴な音を立てて椅子が後ろに倒れる。
「もういい! 当分顔も見たくない!」
瑞記はそう叫ぶと、食べかけのジンギスカンを放置して玄関に向かう。
「瑞記、待って!」
(話し合いの途中なのに逃げるの? こんな中途半端な状態で?)
園香は慌てて追いかけ、彼の腕を掴む。
「瑞記、ちゃんと話を……」
「煩い離せ! 離婚したいって言ったのは園香だろ?」
瑞記は憎々し気に園香の手を振り払う。
「い、痛い……」
勢いあまってよろける妻に見向きもせずに玄関を開けて出て行った。