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⒈
「ひっぐ、ぅっ……んぇ…」
また失恋した。もう何回目になるのか、僕でもよくわからないくらいだ。思い返すたびに胸が締め付けられて、心の奥がぽっかりと空いてしまう。部屋の隅で、薄暗い照明に照らされながら、自室の寮でひとりぼっち。誰にも見られないように、誰にも知られないように、ただ静かに泣いていた。
涙は止まることなく頬を伝い落ちて、まるで自分の弱さを嘲笑うかのように、心の傷を一層深くしていく気がした。情けなくて、どうしようもなくて、けれどそれでも涙が止まらない。そんな自分に苛立っていた。
すると、何か。扉が開く音がした。
「なーに、泣いてんの!また失恋?」
声の主は同じ寮に住む親友、常闇トワだった。彼女の明るくて少しおどけた口調に、思わず肩の力が抜ける。今日もまた、慰めに来てくれたのだろうか。トワの存在は、どんなに沈んだ気持ちのときでも、少しだけ心を晴れやかにしてくれる魔法みたいだった。
トワとは幼い頃からの付き合いだ。小学生の頃からの幼なじみで、もう9年にもなる。数え切れない思い出がふたりの間に詰まっていて、時には喧嘩もしたけれど、いつだってお互いの一番の味方だった。そんな彼女の前で、自然と涙が溢れてしまったのだ。
気づけば、無意識のうちにトワに抱きついていた。トワの温かい体温と優しい手の感触が、どうしようもない悲しみの波を少しだけ和らげてくれる気がした。泣きじゃくる自分をただ受け止めてくれるその親友の存在に、心の奥底から感謝していた。
私は、常闇トワ。うーん、一人称が私って、ちょっと慣れないけど…まあいいか。トワの名前は常闇トワ。この今、トワが優しく撫でているのは、天音かなた。昔からの親友で、幼なじみと言ってもおかしくないくらい、ずっと一緒にいる存在だ。
かなたは今、トワに泣きついている。顔を隠してひどく悲しそうにしているけど、何があったのかはすぐにわかる。今日もまた、好きな先輩に振られたのか、それとも別のクラスの男子に想いを断られたのか。そんなことを考えながら、トワはそっと彼女の頭を撫でた。
からかうような言葉をかけてはみるけれど、内心ではまるで違うことを考えている。トワの方が、かなたを幸せにできるのに。トワの方が、かなたを本当に愛せるのに。そんな気持ちが胸の奥でじわじわと膨らんで、切なさとともにこみ上げてくる。
「大丈夫、かなた。次はきっと、いいことあるよ」
と、軽く笑いながらも、その言葉に込められた願いは誰にも気づかれないように、心の奥にそっとしまった。
⒉
「…でも、また振られちゃったんだよ?」
かなたの声は、まるで雨粒が静かに落ちるように弱々しく、かすかに震えていた。涙の残るその瞳はまだ赤く、まぶたの端が少し腫れているのがわかる。拗ねたような表情の裏には、傷ついた心をなんとか隠そうとする、そんな小さな強がりが見え隠れしていた。
トワは、そんなかなたの横顔をじっと見つめていた。照明のやわらかな光に照らされたその表情は、今にも崩れてしまいそうなほど繊細で、頼りなく見えた。けれど、不思議と放っておけない。彼女の弱さを知るたびに、愛おしさは増すばかりだった。
「ほんと、鈍感なんだから。あの先輩、あんまりかなたのこと気にしてなかったんだよ。……素直すぎるのも、考えものかもね」
少しだけ意地悪な言い回しになってしまったかもしれない。だけど、これ以上優しくすると、きっと抑えきれない何かが顔に出てしまいそうで、トワはわざと軽く笑って言葉を流した。
かなたは、唇を噛みながら視線を落とす。
「……そうかな。でも、僕やっぱり…悲しいよ」
か細い声だった。まるで、自分でもどうして泣いているのかわからなくなってしまった子どものような。恋をして、傷ついて、それでもまた誰かを好きになってしまう。その繰り返しに、自分でも呆れているのかもしれない。
トワは、ゆっくりと手を伸ばして、かなたの頭をそっと撫でた。指先が髪に触れるたび、彼女の震えが少しだけやわらぐのが伝わってくる。その小さな変化に気づいたとき、自分がかなたの「居場所」になれているのかもしれないと思えて、ほんの少しだけ胸が温かくなる。
「でもね、かなたのそういうところ……トワは、好きだよ。まっすぐで、優しくて、泣き虫だけどちゃんと強くて」
言葉を選ぶたびに、鼓動が少し速くなるのを感じる。すぐ隣にいるのに、どうしてこんなにも遠く感じてしまうのだろう。自分の想いが届いていないことを知っているからこそ、トワの言葉には、無意識にブレーキがかかっていた。
かなたがふと、顔を上げてぽつりと呟く。
「……トワはさ、好きな人とかいるの?」
その瞬間、トワの心臓がひとつ、大きく跳ねた。普段なら笑ってごまかせるのに、どうして今日は、こんなに素直にドキッとしてしまうんだろう。ほんの少しだけ視線を逸らして、無理に平静を装いながら言葉を探す。
「……いないって、ことにしておく。そっちのほうが、楽だし」
言い終えたあと、かなたの反応が気になって横目で見ると、彼女は小さく笑っていた。その笑顔に、トワの胸がまたひとつ、ちくりと痛んだ。
夜は深まり、寮の窓から見える街の灯りが、ぼんやりと滲んでいた。どこかの部屋からはシャワーの音が微かに聞こえ、どこかの時計が一つ、静かに時を告げていた。そんな何でもない夜の中で、ふたりだけが、互いの鼓動と体温だけを頼りに、そっと寄り添っていた。
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