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「説明できないが、問題だと判断する」
午前九時三十二分。
定例の異常値確認ミーティングは、予定より七分早く始まった。
理由は単純だった。
誰も雑談をしなかったからだ。
1
議事録担当が、淡々と読み上げる。
・月影真佐男
・更新後挙動:基準内
・応答速度:平均+0.03秒
・成果指数:改善
・クレーム:なし
ここまでなら、
会議は三分で終わるはずだった。
だが、
次の一行で、空気が止まる。
・備考:判断開始点が特定不能
「……特定不能?」
誰かが、
確認でもなく、疑問でもなく、
ただ音として発した。
2
分析担当の村瀬が、画面を切り替える。
グラフはきれいだった。
波形も整っている。
ノイズは基準以下。
「数値上は問題ありません」
それを言い切ったあと、
村瀬は一拍、間を置いた。
「ただ……」
この「ただ」が、
この会社で最も危険な接続詞だ。
3
「“遅延”が、定義できません」
遅延は、ある。
だが、遅延理由がない。
通信障害ではない
演算不足でもない
意図的操作のログもない
それでも、
返答が一瞬遅れる。
しかも――
その遅れは、
成果に影響していない。
4
会議室に沈黙が落ちる。
成果が出ている以上、
異常と呼ぶ根拠は薄い。
だが、
説明できない。
この会社において、
説明できない=危険だ。
5
上席の佐久間が口を開く。
「定義を見直しましょう」
それは
原因を探す、という意味ではない。
言葉を作り直すという意味だ。
6
ホワイトボードに、
新しい項目が書き加えられる。
・遅延(再定義案)
→ 成果に影響しない判断停止を含む
誰も反論しない。
成果に影響しない、という注釈が
不快だったが、
それ以上に、
この現象を言葉に閉じ込める必要があった。
7
村瀬が、
別の資料を呼び出す。
「同様の挙動が、
他にも一件あります」
名前は伏せられている。
・佐伯
・中期指標:α-7
・現在:参照禁止候補
室内の温度が、
一段下がる。
8
α-7。
それは、
存在してはいけない指標だ。
成果を損なわず、
意味だけが増える。
管理できない。
潰すしかない。
9
佐久間は言う。
「関連付けは?」
村瀬は、
ほんのわずか、言葉を選んだ。
「直接的な因果は、
証明できません」
「だが?」
「……同時期です」
10
結論は、
最初から決まっていた。
・“遅延”を異常行動として明記
・判断開始点不明瞭を危険兆候に追加
・α-7 を禁止指標に指定
・関連行動者を重点観測対象へ
合理的だ。
論理的だ。
そして――
すべてが後追いだった。
11
誰かが、
ふと呟いた。
「……でも、
成果は出てるんですよね」
その瞬間、
全員がその声を無視した。
成果は、
ここでは免罪符にならない。
12
議事録の最後に、
こう記された。
本件は
“意味の揺れ”による
初期異常と判断する。
「意味」という言葉に、
括弧は付かなかった。
だが、
この会議のあと、
社内用語集から
その単語は静かに削除された。
13(締め)
会議は終わった。
だが、
誰一人として
「問題を解決した」とは思っていない。
ただ一つ、
全員が共有していた感覚がある。
説明できない何かが、
もう、こちらを見ている。
それが
人なのか、
数値なのか、
選ばれなかった判断なのか――
誰にも分からない。
だから本部は、
次の会議でこう決めることになる。
「削除か、更新か」
「その二択に戻そう」
――戻れると、
まだ信じていた。